人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
北野耕平先生がなくなる
◆北野耕平先生が亡くなられた。先生とは、玉手山7号墳を掘っているときにはじめてお会いし、それから報告書をまとめる段階で、かつての墳頂部の埴輪列の写真を提供いただいたり、知見のメモをいただいたりした。あのときの手紙を大事にもっておこう。1号墳の報告書、印刷屋によれば校正は17日だとか。1日で点検して、あとは印刷。余裕で協会に間に合うと思っていたが、こればっかりはどうしようもない。4月に入稿したときには、GWまでに校正を出して欲しいといったが、時間がかかるというので、いたしかたなし。北野先生に見てもらうことができなかった。
◆今日のお通夜、できれば行こうと思ってたが、市大日本史の最終で、1日が終わる。栄原先生退職関係の行事の始末もなんとかついた。で、吉川弘文館にとりかかる。挿図の図や写真をGW中に全部リストアップし、GWあけに取りかかってもらう予定だったが、これもずれ込んだ。明日、一日あれば写真は終わるだろう。図はいま作成中。
◆だが、明日は北野先生の告別式にどうしても行かねばなるまい。明日朝、市大日本史の通しの念校が届けられるので、1時間で最後の赤が直っているかどうかを点検、富田林に行き、また大学に戻って仕事かな。
◆月曜日はバイトのみなさんの日。先週から2人体制としたが、さらに増強する予定。イラストレーターが使えるパソコンを3台用意しなければならん。科研で発注したデルのデスクトップは1週間前に届いたが、セットする余裕なく置いてある。明日のうちにそれをセットアップし、今のデスクトップをバイト用にして、さらにもう1台調達しなければ・・・。まあなんとかなるか。
◆今日のお通夜、できれば行こうと思ってたが、市大日本史の最終で、1日が終わる。栄原先生退職関係の行事の始末もなんとかついた。で、吉川弘文館にとりかかる。挿図の図や写真をGW中に全部リストアップし、GWあけに取りかかってもらう予定だったが、これもずれ込んだ。明日、一日あれば写真は終わるだろう。図はいま作成中。
◆だが、明日は北野先生の告別式にどうしても行かねばなるまい。明日朝、市大日本史の通しの念校が届けられるので、1時間で最後の赤が直っているかどうかを点検、富田林に行き、また大学に戻って仕事かな。
◆月曜日はバイトのみなさんの日。先週から2人体制としたが、さらに増強する予定。イラストレーターが使えるパソコンを3台用意しなければならん。科研で発注したデルのデスクトップは1週間前に届いたが、セットする余裕なく置いてある。明日のうちにそれをセットアップし、今のデスクトップをバイト用にして、さらにもう1台調達しなければ・・・。まあなんとかなるか。
5月3日放浪の旅
◆敦賀で1時間ほど時間があるので、気比大社、戻ってきたらあまり時間なく、駅弁。そこから北陸線で、近江塩津から米原へ。伊吹山がよく見える。
◆米原から新快速で大阪、環状
◆和歌山駅で駅ソバを食い、和歌山線で橋本-五條-高田、高田から王子、そして高井田へ戻ってきた。高井田駅は21:30くらいだったか。
◆実に楽しい1日であった。
よく働き人生を楽しもう
◆まあよく働く・・・。こんだけ働いていたら、落ち込むこともないわな。仕事があることはいいことだ。GW、できれば全部、大学に出勤して仕事をすれば、滞貨が一掃されるかと考えていたが、アホみたいに働くのもね~。それで死んでは、なにが幸せかわからん。働いて給料もらうのは幸せになるためであって、定年になったらあ~しよう、ではなく、稼いだ収入を自分の幸せのために使うべきだ。旅行に行けばいいし、ボーリングに行けばいいし、旨いモンを食えばよい、ガストでそう思った。人生を楽しもう。
◆今年度は博論を絶対に書かなあかんからそうも言ってられないが、すこし人生観を変えて、研究室で仕事ばっかりするのでなく、別の行き方をもちたいもの。だいたいやることは決めている。農業だ。今年は今月、和歌山に田植えに行くことも決まっている。たぶん、あとは刈り入れまで何もしないだろうが、いずれ、毎週日曜日は畑!という暮らしを導入しようと思う。いまならまだ体は動く。いまのうちに主要な畑モノについての栽培経験を積んで、一生、やっていきたい。
◆もうひとつは(前にも書いたかな)、どこか、香芝でと思っているが、古い空き屋を購入して移り住み、自分でりフォームすること。これ楽しそうでしょうーがない。京都の町屋に若者が入居してやっているのをみると、うらやましくてしょーがない。カミさんは、こないだ、京都駅南にゴッツいイオンができるので、不動産でもっているマンションはすごく便利になるから、定年後は京都に住もうか、と。だがな、オレは抵抗がある。というのもオレは大阪の人間になったと思っているのだ。地の人間ではないが、これからもずっと大阪にいるぞ~、と思っているのだ。京都の「わたし品があるでしょ」というイメージには、憧れはあるが反発もある。大阪のゴテゴテしてるのが、自分には合っている、と勝手に思っている。
◆今年度は博論を絶対に書かなあかんからそうも言ってられないが、すこし人生観を変えて、研究室で仕事ばっかりするのでなく、別の行き方をもちたいもの。だいたいやることは決めている。農業だ。今年は今月、和歌山に田植えに行くことも決まっている。たぶん、あとは刈り入れまで何もしないだろうが、いずれ、毎週日曜日は畑!という暮らしを導入しようと思う。いまならまだ体は動く。いまのうちに主要な畑モノについての栽培経験を積んで、一生、やっていきたい。
◆もうひとつは(前にも書いたかな)、どこか、香芝でと思っているが、古い空き屋を購入して移り住み、自分でりフォームすること。これ楽しそうでしょうーがない。京都の町屋に若者が入居してやっているのをみると、うらやましくてしょーがない。カミさんは、こないだ、京都駅南にゴッツいイオンができるので、不動産でもっているマンションはすごく便利になるから、定年後は京都に住もうか、と。だがな、オレは抵抗がある。というのもオレは大阪の人間になったと思っているのだ。地の人間ではないが、これからもずっと大阪にいるぞ~、と思っているのだ。京都の「わたし品があるでしょ」というイメージには、憧れはあるが反発もある。大阪のゴテゴテしてるのが、自分には合っている、と勝手に思っている。
死ぬまで適度に働く
◆子供が増えない。年金は不安だ。医療費は増加の一途、税収は落ち込んだまま福祉関係予算が伸び続ける。少子高齢化を急激に回復させることは無理。そのためには、リタイアしたあとも、年収は大幅に減るとしても、仕事をし続けることだ。むろん65歳までの正規雇用、若者の失業率を回復させることとともに、だが。年齢に応じ、さまざまな雇用を設定する。正当な報酬は必要だが、しかしリタイア組みにとって、会社を離れ、することがない、生き甲斐がない、というよりも、安価であろうが働き、世の中のためになり、そして頼りない年金に上積みができる、ということは何よりではないか。年金を減額するわけにはいかないが、破綻はこれで回避できよう。労働によって、税収や消費ものびるだろう。
◆社会の再生産のためには、富の分配が不可欠だ。要は安心して生きることのできる社会、それによって、世代を超えて社会が継承されていく。一定の働きをして報酬を得る、それを60歳や63歳や65歳を超えても持続させるのだ。ただでさえ失業率が高く、不景気で仕事の奪い合いになるとの声もあろう。だが、ワークシェアだ。かつ、総必要労働量は一定ではない。みなが働くことで、活動することで、さまざまな付帯して諸活動が生まれ、金が各所に落ちまわっていくものだろう。総量のシェアのみならず、みなが活動することで全体として労働機会も増えるに違いない。
◆昨日、幸福度を設定して国の施策を決めていくニュースがあった。ブータンの取り組みや、国内の世田谷区だったかの取り組みも紹介されていた。なにより、リタイア組も昔と違ってまだまだ働けるのに定年をむかえ、なにか社会の役に立つことを望んでいる。
◆年寄りや元上司がエラそうにしているのは、下の者には迷惑だろう。さっと第2の人生に切り替える人もいる。それまでの仕事とは完全に縁を切る人もいる。チョイスなのだ。言いたいのは、経験を重ねた人はまだまだ社会にとって有用であり、よりよい社会の構築の上で、ともに働き継承させていく、同種の仕事でなくても、とくに子供や若者に接する職場などで、日々接することは、これから成長していく者にとっても有用だし、社会にとっても重要なことだと思う。責任のある正規雇用・役職はここまでよと一定年齢で線を引くことは必要なことだと思う。一方で、それを超えた世代は、自分の子供も独立し、自分ら夫婦が食っていける収入があればよいのだ。人によりさまざまな選択がむろんあるが、選択肢としては死ぬまで年相応に働くことのできる社会の構築、こういうものを作ってはどうだろうか。
◆社会の再生産のためには、富の分配が不可欠だ。要は安心して生きることのできる社会、それによって、世代を超えて社会が継承されていく。一定の働きをして報酬を得る、それを60歳や63歳や65歳を超えても持続させるのだ。ただでさえ失業率が高く、不景気で仕事の奪い合いになるとの声もあろう。だが、ワークシェアだ。かつ、総必要労働量は一定ではない。みなが働くことで、活動することで、さまざまな付帯して諸活動が生まれ、金が各所に落ちまわっていくものだろう。総量のシェアのみならず、みなが活動することで全体として労働機会も増えるに違いない。
◆昨日、幸福度を設定して国の施策を決めていくニュースがあった。ブータンの取り組みや、国内の世田谷区だったかの取り組みも紹介されていた。なにより、リタイア組も昔と違ってまだまだ働けるのに定年をむかえ、なにか社会の役に立つことを望んでいる。
◆年寄りや元上司がエラそうにしているのは、下の者には迷惑だろう。さっと第2の人生に切り替える人もいる。それまでの仕事とは完全に縁を切る人もいる。チョイスなのだ。言いたいのは、経験を重ねた人はまだまだ社会にとって有用であり、よりよい社会の構築の上で、ともに働き継承させていく、同種の仕事でなくても、とくに子供や若者に接する職場などで、日々接することは、これから成長していく者にとっても有用だし、社会にとっても重要なことだと思う。責任のある正規雇用・役職はここまでよと一定年齢で線を引くことは必要なことだと思う。一方で、それを超えた世代は、自分の子供も独立し、自分ら夫婦が食っていける収入があればよいのだ。人によりさまざまな選択がむろんあるが、選択肢としては死ぬまで年相応に働くことのできる社会の構築、こういうものを作ってはどうだろうか。
少子化対策など
◆いつも車のカーナビで報道番組を流しているが、今日のフランスの少子化対策の話は面白かった。GDPの3%を子育てに注ぎ込み、さまざまなサービス、そして手当、この2本建てで、1.6%だった出生率を2%に回復させたフランスの紹介だった。日本政府もそれくらい調べてるんでしょうね。テレビ番組の企画の方が進んでいるのでは悲しいぞ。
◆1ヶ月くらい前、子供の医療費無料を打ち出した、どこかいなかの自治体に移り住む若い家族が増えているとの番組も見た。24時間体制もセットだったかな。ともかくも医療費の心配がないというのが、幼い子供をかかえる母親には、たいへん心強いことであるのだ。こうした制度を導入している自治体がわずかだが増えつつあるという。
◆その前、朝日のグローブでカナダの特集があり、興味深く読んだ。大国アメリカの隣国として、どう生きるかという話だった。確か多民族国家を作り上げているという話があった。アメリカはとにかく大国で、いろんな民族がやってくるが、アメリカナイズする、アメリカに従え、というのに対して、カナダは、学校での外国語教育を含めて、出身の地域の言葉や文化をそのまま持ち込むコミュニティが成り立つ制度設計をして、それに成功しているという話だったように思う。
◆それと外交的には、調整役としての役割に努めているという話だったか。NPOの活動も活発だということだったか。不確かです。それを読んで思い出したのは、かつてユネスコの水中文化財保全の条約制定の会議にパリに行ったとき、いちばん感銘したのがカナダの態度だったことを思い出した。アメリカはユネスコから撤退しているくせに会議に出席し、いろんないちゃもんをつける。そうしたまとまりにく状況を打開するような提案を次々打つ積極的な発言をするのがカナダ代表だった。
◆1ヶ月くらい前、子供の医療費無料を打ち出した、どこかいなかの自治体に移り住む若い家族が増えているとの番組も見た。24時間体制もセットだったかな。ともかくも医療費の心配がないというのが、幼い子供をかかえる母親には、たいへん心強いことであるのだ。こうした制度を導入している自治体がわずかだが増えつつあるという。
◆その前、朝日のグローブでカナダの特集があり、興味深く読んだ。大国アメリカの隣国として、どう生きるかという話だった。確か多民族国家を作り上げているという話があった。アメリカはとにかく大国で、いろんな民族がやってくるが、アメリカナイズする、アメリカに従え、というのに対して、カナダは、学校での外国語教育を含めて、出身の地域の言葉や文化をそのまま持ち込むコミュニティが成り立つ制度設計をして、それに成功しているという話だったように思う。
◆それと外交的には、調整役としての役割に努めているという話だったか。NPOの活動も活発だということだったか。不確かです。それを読んで思い出したのは、かつてユネスコの水中文化財保全の条約制定の会議にパリに行ったとき、いちばん感銘したのがカナダの態度だったことを思い出した。アメリカはユネスコから撤退しているくせに会議に出席し、いろんないちゃもんをつける。そうしたまとまりにく状況を打開するような提案を次々打つ積極的な発言をするのがカナダ代表だった。
GWです
◆まあ、仕事はやまほどある。今日29日、家族4人とも出勤および学校。新学期が始まって1ヶ月立ち、ほっと一息つける休日をむかえて嬉しい。なんの計画もない。4月初めに科研が通った時は、測量をしようと思ったが、忙殺されて、話を進める余裕なく、また先送りだ。まあ、仕事はある。ぼちぼち片付けて。毎日朝の4時まで原稿を書いていても終わらん・・・。まあ、なんとか負債を償還しよう。
◆今年度、ちゃんとホームページを立ち上げて、前方後円墳のデータをアップしたいと思っている。科研で、新しいパソコンも発注した。まだ来ないが、パソコンデータの引っ越しをして、新環境をつくるにも1日かかるだろう。このブログはどう継承しようか。
◆研究室から見ると、空は快晴だ。今朝4時頃、風がきついなと思ったが、前線が通過したのか、風雨があったようで、大学前の道にもメタセコイアの枝や葉が散っている。
◆これから『市大日本史』の最後の原稿を1日かけて完成させようと思う。
◆今年度、ちゃんとホームページを立ち上げて、前方後円墳のデータをアップしたいと思っている。科研で、新しいパソコンも発注した。まだ来ないが、パソコンデータの引っ越しをして、新環境をつくるにも1日かかるだろう。このブログはどう継承しようか。
◆研究室から見ると、空は快晴だ。今朝4時頃、風がきついなと思ったが、前線が通過したのか、風雨があったようで、大学前の道にもメタセコイアの枝や葉が散っている。
◆これから『市大日本史』の最後の原稿を1日かけて完成させようと思う。
明神山にのぼる
◆漠然と三郷までと思っていたが、途中で方針変更、対岸の明神山の稜線沿いに歩いて国分に戻ろうと。
◆散策道が整備され、多くの人が天気も良く山にあがっていた。まったく知らない世界を知ることはスバラシイ。なんでもルーティンだけでは脳に刺激がなく衰えるのだとか。通勤でも少しずつ道を変えるのがよいんだそうな。ともかく、未知の世界、明神山の頂上には神社があり近世にはすごく賑わったのだとか。そして周囲はパノラマ、大和も河内も見渡せる。
◆オレを家から引っ張り出してくれるカミさんに感謝。最近は、週に6日はみっちり働いて、日曜日はちゃんと休もう、と思っている。
◆天気良く、新緑が美しく、作物は育ち、カラフルな花が咲いている。
◆夕方、下の子が合宿から帰り、近所のあじときちりに行く。広告で商品が300円均一になり、かつ限定3日間は半額だから。4人でめいいっぱい飲み食いし、1.5万円だったが、7500円になった。
牧野の画像ができました
◆牧野古墳の石室について3次元計測の画像が仕上がりましたので、披露します。これを3Dでグルグルまわすに
は、さらに経費がいるようです。宇野隆夫さんはライカの機械を買ったそうで、計測から自分でやるそうです。新納さんは外注し、データを処理するところから自分でやるようです。わたしは悲しいかな、なにもできませんので、ここまでの成果物という契約で全部外注です。
◆ともかくも、花崗岩のひとつひとつの丸みや表面の起伏なども表れ、石材の加工度合いを見るにもいいのではないでしょうか。手測りで1週間2チームで泊まり込んでやってたりすると、計測経費とあんまり変わらないように思います。牧野では計測は1日だったし、正確さ、表現の緻密さ、あとあとの好きな加工、などを考えると、記録の仕方として有用だと思います。科研の萌芽で申請し、落とされたが、今年もどこぞで1コやろうと思う。
◆ともかくも、花崗岩のひとつひとつの丸みや表面の起伏なども表れ、石材の加工度合いを見るにもいいのではないでしょうか。手測りで1週間2チームで泊まり込んでやってたりすると、計測経費とあんまり変わらないように思います。牧野では計測は1日だったし、正確さ、表現の緻密さ、あとあとの好きな加工、などを考えると、記録の仕方として有用だと思います。科研の萌芽で申請し、落とされたが、今年もどこぞで1コやろうと思う。
栄原永遠男先生の退職記念パーティー
◆本日は、前から準備してきた先生のご退任を祝うパーティー。先生に大阪市立大学にお
招きいただいたわたしは、赴任時に出されていた宿題を10年たっても果たせず、申し訳ない限りである。
◆最終講義やこの種のパーティーの中でも、実に中身のあるよい会だった。
◆第1部の話は、この3月にうちの文学部の支援機構というところから出た雑誌『フォーラム人文学』のなかで栄原先生に聞くという座談会記録と重なるものだったが、改めてよくわかった。古代史をやろうとした背景、卒論の話、正倉院文書の話、etc。座談会記録も含めての印象深い話は多いが、過去はふり返らない、未来が大事、同窓会へも行かないといった話は、さすがである。書いた原稿はそこで終わり、次に進んでいるので、校正はきらいだとか。紫香楽宮の話なども、いろんな機会を大事にし、人との出会いを大事にし、そこからいろんな縁が生まれ、それが自分の研究にも返ってくる。難波宮の木簡があり、シガラキ
のあさかやま木簡の発見につながり、歌木簡を提唱することになり、和歌教室へ通って万葉集の研究をしたいという新たな目標につながる。そうした連鎖が人生を豊かにするのであろう。
◆広川先生の乾杯前の話もよかった。栄原先生は自分を客観視できる人だと。栄原先生が、卒論指導の際に言うことを聞いたことがある。いちど、自分を突き放して、考えているところが思いこみでなく、ほんとうにそう言えるかどうか考えてみなさいと。広川先生の発言は、栄原先生が今日の話のなかで、これまでの研究を分析されたことに対して言われたかと思うが、古代史学界と自分の研究についてのことはもとより、市大の歴史学について、文学研究科について、市大についてもしかり、だろう。どういう教育をめざさなければならないのか、とか、和泉市の合同調査とか、市大日本史学会の創設とか、COEの獲得とか、文学研究科長時代の舵取りとか、情勢をよく把握し、先手先手を打っていくことにつながる。オレは自分を客観視できているか、と自問してみる。う~ん、今日学んだことのひとつ。
◆栄原先生の魅力は、すごく気さくで、人間味があり、若い学生ととても仲がいいことだ。人間性なんでしょうね。「授業が嫌で嫌でしょうがない」とか、テレビが好きで、とか、エラそうなところが微塵もない。それにしてもメモ魔ですね。
◆終わって大学に行き、今日配られた先生の冊子をずっと読んでいた。とくに鎌田元一について書いているところを読んだ。おれは卒論も修論も鎌田先生に読んでもらったのだが、1983年、オレが入学の年に富山大から京大に戻られたのを知った。
◆最終講義やこの種のパーティーの中でも、実に中身のあるよい会だった。
◆第1部の話は、この3月にうちの文学部の支援機構というところから出た雑誌『フォーラム人文学』のなかで栄原先生に聞くという座談会記録と重なるものだったが、改めてよくわかった。古代史をやろうとした背景、卒論の話、正倉院文書の話、etc。座談会記録も含めての印象深い話は多いが、過去はふり返らない、未来が大事、同窓会へも行かないといった話は、さすがである。書いた原稿はそこで終わり、次に進んでいるので、校正はきらいだとか。紫香楽宮の話なども、いろんな機会を大事にし、人との出会いを大事にし、そこからいろんな縁が生まれ、それが自分の研究にも返ってくる。難波宮の木簡があり、シガラキ
◆広川先生の乾杯前の話もよかった。栄原先生は自分を客観視できる人だと。栄原先生が、卒論指導の際に言うことを聞いたことがある。いちど、自分を突き放して、考えているところが思いこみでなく、ほんとうにそう言えるかどうか考えてみなさいと。広川先生の発言は、栄原先生が今日の話のなかで、これまでの研究を分析されたことに対して言われたかと思うが、古代史学界と自分の研究についてのことはもとより、市大の歴史学について、文学研究科について、市大についてもしかり、だろう。どういう教育をめざさなければならないのか、とか、和泉市の合同調査とか、市大日本史学会の創設とか、COEの獲得とか、文学研究科長時代の舵取りとか、情勢をよく把握し、先手先手を打っていくことにつながる。オレは自分を客観視できているか、と自問してみる。う~ん、今日学んだことのひとつ。
◆栄原先生の魅力は、すごく気さくで、人間味があり、若い学生ととても仲がいいことだ。人間性なんでしょうね。「授業が嫌で嫌でしょうがない」とか、テレビが好きで、とか、エラそうなところが微塵もない。それにしてもメモ魔ですね。
◆終わって大学に行き、今日配られた先生の冊子をずっと読んでいた。とくに鎌田元一について書いているところを読んだ。おれは卒論も修論も鎌田先生に読んでもらったのだが、1983年、オレが入学の年に富山大から京大に戻られたのを知った。
博物館の整理
◆4月21日の朝日に、シリーズ〈文化変調〉第1部「ハコもの」の行方1、の記事を読みましたか。宮代さんですね。まあ、書いてある千葉県や埼玉県の話は前に聞いていたことではある。しかし、ちゃんと調べて身についたものでないので、改めて実際のところの一端をこれで知った。千葉県の文化課長は上野さんなんだ。
◆千葉県は10館→5館に。だけどね、中央博っても、面白くなかったけどね。バカでかく、総花的で・・・。千葉県も全国のトップを行く緊急調査量を誇っていたわけだ。地区センターもなくなったんだっけかな。山武もなくなったように聞いたような気がする。膨大な縄文土器・弥生土器、土師器、たちをかかえているんだろう。それらは中央博物館に反映しているんだろうか。千葉県は例えば古代の集落研究でも先進地だった。そういう集落研究は進んでいるが、そういう展示はなされているんだろうか。皆無ではないだろうが、バカでかい総合博物館はあるが、自然史がけっこうなスペースで、考古の展示はさっぱり記憶にない。
◆バブル期までに計画され建て続けた博物館。そういうことを所管する文化課、千葉県では専門職が課長になる。彼らの出身は掘り屋、で自分たちが県文化財センターで掘り続けてきたものが、どれだけ県民に還元されたであろうか。博物館には博物館の論理があり、概して考古資料は汚いと言われる。専門館を建てるか、展示スペースを確保するかはともかく、調査事務所での展示といったのでなく(それもやるべきだが)、もっともっと考古資料を並べてほしいのだ、そういう機能をもつちゃんとした施設を確保してほしいものだ。そうか、ぜんぶ市町村に移管しているならモノがないわな。千葉ってどうだったっけ。
◆オレは博物館に勤務したことはないが、毎日、大工をして展示ケースを作り組み立て、ガラスを買ってきて入れて、できたら土器をならべて、パネルを作って掲げる、とっても楽しいと思うけどな。
◆大阪でも、府教委・センターがかかえる遺物を全部市町村に返還したらどうか。どことも学校の統廃合で空いている学校があるのではないか。おんぼろでもいい。そこを確保し、遺物を運び込み収蔵庫とし、展示スペースをすこしずつ作りあげていく、というのはどうだろうか。大きな企画展はいらないが、ミニ企画を1シーズン1回程度はやる。基本は常設で、ただし作りっぱなしでなく、常にやりかえられていくもの。どっか拠点を決め動かず、ず~と育てていく。資料はたんまりある。
◆問題は人かもしれないが、しかし、まずは場所。新設なんてしなくてよい。既存のものを博物館とする。限られた予算の中で、自分らで外壁のペンキも塗って中の改装もして、作っていけばいい。
◆けっこう國學院のごてごてした展示(4回生の時に1回いったきりだが)は好きである。ひとつの小さな部屋、ひとつ目の展示ケースを据えるところから始まったろう。収集資料が増えるごとに増設していったに違いない。そうやって作っていけばいい。学校はちょうどいいではないか。ひとつの教室で1テーマが埋まれば、次の教室を、次は古代寺院で行こう、という風に。コーディネイトする力があれば、なんぼでも市民や生徒の力を借りることはできるのではないか。公民館的博物館というところか。
◆莫大な調査をやって蓄積した出土品、倉庫に眠っているよりも、空き学校を利用して、報告書に掲載したような資料は、ぜんぶ並べてしまえ。
◆千葉県は10館→5館に。だけどね、中央博っても、面白くなかったけどね。バカでかく、総花的で・・・。千葉県も全国のトップを行く緊急調査量を誇っていたわけだ。地区センターもなくなったんだっけかな。山武もなくなったように聞いたような気がする。膨大な縄文土器・弥生土器、土師器、たちをかかえているんだろう。それらは中央博物館に反映しているんだろうか。千葉県は例えば古代の集落研究でも先進地だった。そういう集落研究は進んでいるが、そういう展示はなされているんだろうか。皆無ではないだろうが、バカでかい総合博物館はあるが、自然史がけっこうなスペースで、考古の展示はさっぱり記憶にない。
◆バブル期までに計画され建て続けた博物館。そういうことを所管する文化課、千葉県では専門職が課長になる。彼らの出身は掘り屋、で自分たちが県文化財センターで掘り続けてきたものが、どれだけ県民に還元されたであろうか。博物館には博物館の論理があり、概して考古資料は汚いと言われる。専門館を建てるか、展示スペースを確保するかはともかく、調査事務所での展示といったのでなく(それもやるべきだが)、もっともっと考古資料を並べてほしいのだ、そういう機能をもつちゃんとした施設を確保してほしいものだ。そうか、ぜんぶ市町村に移管しているならモノがないわな。千葉ってどうだったっけ。
◆オレは博物館に勤務したことはないが、毎日、大工をして展示ケースを作り組み立て、ガラスを買ってきて入れて、できたら土器をならべて、パネルを作って掲げる、とっても楽しいと思うけどな。
◆大阪でも、府教委・センターがかかえる遺物を全部市町村に返還したらどうか。どことも学校の統廃合で空いている学校があるのではないか。おんぼろでもいい。そこを確保し、遺物を運び込み収蔵庫とし、展示スペースをすこしずつ作りあげていく、というのはどうだろうか。大きな企画展はいらないが、ミニ企画を1シーズン1回程度はやる。基本は常設で、ただし作りっぱなしでなく、常にやりかえられていくもの。どっか拠点を決め動かず、ず~と育てていく。資料はたんまりある。
◆問題は人かもしれないが、しかし、まずは場所。新設なんてしなくてよい。既存のものを博物館とする。限られた予算の中で、自分らで外壁のペンキも塗って中の改装もして、作っていけばいい。
◆けっこう國學院のごてごてした展示(4回生の時に1回いったきりだが)は好きである。ひとつの小さな部屋、ひとつ目の展示ケースを据えるところから始まったろう。収集資料が増えるごとに増設していったに違いない。そうやって作っていけばいい。学校はちょうどいいではないか。ひとつの教室で1テーマが埋まれば、次の教室を、次は古代寺院で行こう、という風に。コーディネイトする力があれば、なんぼでも市民や生徒の力を借りることはできるのではないか。公民館的博物館というところか。
◆莫大な調査をやって蓄積した出土品、倉庫に眠っているよりも、空き学校を利用して、報告書に掲載したような資料は、ぜんぶ並べてしまえ。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。