人を幸せにする人になろう

北枕か南枕か

◆久津川の石棺がどう考えても南にかなり寄っているのは間違いないので、中心主体ではないとみ るほかはない。
◆ぷらす、北枕か南枕かという問題があるのだそうです。久津川古墳研究を丹念に読まないといけませんが、発見時は北枕、梅原さんが大正に再び開け、この時、骨はあったんでしょう、南向きだと。で、梅原さんは発見時の記録が間違いなんだとする。まあ、こういう違いを指摘するからには、梅原さんが北と南を間違ったとはみなしにくい。石棺を移動する時、礫とか人骨はどうしたんですかね。読まないと。で、聞きに来ていたオバサンが質問にやってきて、泉屋でなんかやっているらしく、どっちだとお考えですか、と。いや~、そんなん知りません。
◆でやりとりをしていると、大学時代に新博物館を作るとき、解体してあった長持形石棺を運び込み、組み立てる時にお願いして石棺の略測をしたんです。それが城陽市史の時に使ってもらったんですが、なんとなく底石底面が北の方がわずかに広そうなんです。そうすると北枕になりませんかと、そのオバサン。なるほど~、と教えられました。しかし微妙です。松岳山のような明らかな広い狭いではなく、基本は直方形とも思われるので、有意かどうか・・・。ひとまず、原図を探し出さないといけませんね。
◆崖面に露出しているのは上側で、これが北側。南側が突起が作り出されている方で、これが南小石室側なんです。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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