人を幸せにする人になろう

男狭穂塚は作りかけでは

◆男狭穂をじっくりと観察する。これ途中でストップしたんやろ うと思う。だとすると、平坦部で基本盛土の中期大型前方後円墳の築造行程を知る一級資料じゃないかと。後円部について多重に割り付け、前方部側を除いて周濠を掘削して後円部を完成させる。堀の端がスロープ状になっていることも示唆的。一方で片側の前方部も、いくぶんの成形がなされる。次は前方部。しかし前方部の周濠を割り付け、周濠を掘削した痕跡はない。その直前でストップしたのかなと。これがメサホを上まわる巨大前方後円墳を築造したのだとすると、何が考えられるんだろうといろいろと当てはめてみたが、執政王墓系はうまく乗りません。結局、仲津山かなと重ねたのが図です。170歩235mの前方後円墳を造ろうとしていたのではないか。
◆しかしそこでストップがかかる。なぜでしょうね。でかすぎ。承認されていたものが取り消されたのか、勝手にやってたのか、それは知らん。結局は130歩180mのものに造り直した、と。途中まで造り上げていたものを、整えることは許されず、放置された、と。でもオサホからも埴輪が出てるんですよね。それで時期差はないと。だとしたら、最終的には利用したわけだが、どない埴輪を並べてるんですかね。
◆それと次がないこと。まあどこでも規制されるわけだが、しかしもう1代分くらい前方後円墳があってもいいし、そうでなくとも大型円墳が続いてもよさそうだが、ほぼばったりと。備中的ですね。「激烈な弾圧」?。
◆これもレーダーで帆立貝との結論が出ているようです。が、崩されたにしても、前方部前面側の周濠が掘削されていないのは、やはり問題。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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