人を幸せにする人になろう

大学史ネタばかりですが

◆木曜日の打ち合わせの時に、博物館実習室に保管していた、70年前のキャンパス展、三木茂とメ タセコイア展、山根徳太郎難波宮発見展、大阪市立大学と戦争展、のパネルを大学史にもっていく。
◆むこうでもいろんな資料を発掘してくれていて、模型があると。どれどれと見ると、なんじゃこれは?、でもこれ使えます。バブル期に構想された将来像の模型だそうです。文系総合棟は30階建て?、もっと?、超高層化プランだったようです。
【追記】2017年7月27日(木)に行くと、仮置きで展示されていました。
◆まあ、そんなんで、それなりの覚悟を決めてやらないとできないので、週1回くらいは展示にあてていくこととした。ドツボにはまりつつあります。現・大学史資料室長は、「いつでも室長職、替わりますから」と。「いや、絶対しません」と言ってますが。
◆7月26日は人骨の打ち合わせです。

大学史の通史

◆大学史資料室の入り口右側の長い壁を、通史のパネル展示としようと考えています。年表はいち おう下に配置しつつも、目線のところには、とりあげるべきもろもろ、学園紛争もそうだろうし、そういうのを散りばめていくイメージ。プラス上の方にはキャンパスの写真を置いていくという案。
◆年史類で、取り上げるべきことがらの候補を上げていくのが次の課題。できれば実習生を担当に割り振って夏休みに少し調べてもらい、10月にスタートダッシュをかけたいとは思うが・・・。ちなみに、ハードカバーの『百年史』、125年の『写真集』があるのだが、近年では、もっとコンパクトにした冊子(とはいえ180頁ある)が作成され、これ入学者全員に配布しているのです。既に2回の改訂がなされ、写真は最新のもの。こんなことやってるところもほとんどないわな(学生が読まないにしても)。なので、これで、ざっと洗い出し、ということになる。鞄に入れて持ち歩きますか。

放散虫ラジオラリア

◆理学部の八尾先生が著名で、全国に弟子がいる。が、いまの理学部は継承していない。先生の専門によって入れ替わっていく世界。で、資料コレクションがあるが、あとの人間にとっては邪魔。これが大学の資料の現実。受け皿としての博物館があればいいが、そうでないところでは外の博物館等に一括寄贈されてしまう。三木茂の植物標本もそうである。
◆しかし八尾先生の仕事は、学生等も博物館の展示で考えており、それやったら模型が提供できる ので、ならべようと。目に見えないくらいちっちゃいのだが、それをCTスキャンでデータを取り、拡大して3Dプリンターで模型を作るのである。その第1人者が実はカミさんなのである。既にいっぱいあるのだが、「作ったるで」と快諾してくれた。
◆大峰などの山にはこの放散虫の固まりであるチャート層があり、本になっている。前に、八尾先生の弟子である『石の考古学』の著者からいただいたもの。で、それを取りだしてきてパラパラと。一般向けに書いた本であるが、なかなか地質の話は難しい。図も難しい。咀嚼し、誰でもわかるようにするのも難しいですね。

2017年7月21日、教授会、懇親会

◆10時からJムークの打ち合わせ、11時から教室会議、1330から教授会。けっこう盛り上がり、黙っ ておれず、2回発言してしまいました。いよいよ平成31年からの教職課程認定の関係で、セメスター15回にするのか、時間をのばすのか、といった議論でした。発言の趣旨は、これまでも2年間、あーでもないこーでもない、とある委員会で議論してきて教授会にも報告されていた、というのとはレベルが違って、いよいよどうするかだ。なので、最後は幹部の判断としても、研究科としてちゃんと議論して意見表明していかなあかん、という至極あたりまえのことを言ったまで。
◆で、そのあと恒例の懇親会。庶務委員として、1ヶ月前に予約を入れたくらいで、あとは会費を入り口で取り、飲み食いするだけ。ですけど、この日は、日中の議論が盛り上がったもんで、 そのことに関してあれやこれや議論ができ、なかなか楽しかった。その成果物が、右(アジアのMさん案)。

2017年7月20日、大学史展示打ち合わせ

◆翌日、2日酔いで出勤し、大学史の展示計画の打ち合わせ。平面図に加えて、各壁面のスケッチを 描き始める。で13時から打ち合わせ、2時間ほど。修正が加わった点など、直していかないといけない。こういうのもね、ボランティアやからね。専属じゃないんで・・・。
◆ランタンリルンの本を借りてきて読みました。 7227m。大阪市大隊が初登頂。1961年、雪崩で3人が死亡。1964年、ルートを変えるも失敗。この間、ネパール政府による登山禁止。1978年に成功、というものです。これでパネルを1枚作ろうと。まあ、それだけですけど。

2017年7月19日Tさん来たる

◆この日、呑み会が重なり合同とする。約20名。ひとつは「大阪の歴史演習」履修生との前期打ち 上げ、+ペルーのTさんの一時帰国おかえりなさい会。
◆もひとつ、本日をもちまして前期の授業がすべて終了しました。ということで、気持ちよく呑み会に突入。
◆19時、天王寺アポロビルに始まり、あまり覚えていないが2次会、あびこに戻っての3次会、とあいなりました。

2017年7月22日、大学設置基準

◆15コマ、あるいは14コマ時間増か、という昨日の議論に対し(ブログとしてはアトサキになっています)、立命館の先生の論文があると聞 いていて、反論できるかと読んでみたわけです(これは昨日)。で、それを自分でメモにしないと認識できないので、まとめていたんですが、午前中にやってたファイルが保存されていない!。あ~あ、でももう作り直す気力もないし。
◆外国では13コマくらいということ、それを例えば1科目2単位という場合、それに要する学修には試験が含まれるという一般的理解からすると、授業を15週でやるというなかに試験をやっていい、ということが導けるのは確かなんですが、それでは現行の理解を覆せないな、と。無理やな、と。むろん、どこが大事か、といえば、自主的学修時間が1科目2単位に対して60時間もありゃしないというところにあり、そこをどうするかが根本問題だとする、中教審答申は正しいわけです。が、自主的学修時間をもたせるためには、それだけ丁寧に授業を構成・工夫する必要があり、1科目のコマ数も欧米並みに13コマでいい(時間じゃない、修得が大事)との発想があってもいいわけだが、そこは文科省がそういう方針に転換したわけではない。
◆もちろん、大学設置基準にコマ数が書き込まれているわけでなく、中教審答申でやれ(30時間の確保は答申であって設置基準ではない)、というのもヘンな話ではあるのだが、試験時間をのぞいて30時間という看板は下ろしていないわけだ。もひとついえば、35週の学期を定める大学設置基準、15週の前期と15週の後期の授業にプラス5週という大学設置基準は、文科省の理解も、まあ一般的な理解でも、15週の授業のなかでの定期試験でなく、その外のプラス5週のなかで定期試験をする、と解されるわけです。なかなかそこは崩せないわけです。
◆なので、中教審答申の、1科目2単位であれば、試験を含まず30時間(15コマ)を確保せよ、ということに、決まり上は反論し得ないな、と。なので、15コマとするか、14コマで時間数を増やすか、とならざるをえないのは必然だな、と。昨日は、根本的に対抗できるかも、と思ったが、そうはいかないということを学習した。
◆まあ、しゃーない。それなら、形式的な整序とともに、教育の実を上げるために、その枠内で、数だけヤル、時間だけヤル、でなく、工夫し泳いでいく手段を考える(ウソとかだますという意味ではない)、というのが、やるべきことかな、と。

うそつき(3)

◆もうひとりのおっさん。まあ、これだけデマカセで適当な発言をしていれば、24日にはボロが出るか。 毎日新  聞さんがまとめたものです。
◆なぜ1月4日に、内閣府は「広島県・今治市」に区域を限定したのか。赤旗の記事です。

 その理由を山本氏は6月13日の参院内閣委員会でこう説明しています。「今治市の提案は事業の早期実現が見込まれると判断した」「今治市からは必要な教員も確保しているというように聞いている」


◆新設を考える京都産業大学と支援する京都府に対し、今治市は、うしろめたいので某大学とハッキリさせず、でも教員は確保していると伝え、そのことが実現性が高いとして、地域を絞る根拠とした、というデタラメもはなはだしい説明。カケの名前を伏せる今治市、今治市がタイアップしている某大学では教員確保も目処がついているという説明で「今治市」を指定する、この無茶苦茶な論理。それこそが、名前を出すまでもなくカケだった、カケ獣医学部新設にむけて最大限の努力を内閣府が傾けたことを示すだろう。カケで決まりじゃなかったという辻褄合わせが、この行政的に突っ込みどころ満載の現在の説明を形成している。
◆決まる前から、ボーリングを開始し、四国電力への電気工事を今治市が肩代わり。土地を無償譲渡させ、経費100億円近くを愛媛県と今治市が負担するバックアップ体制を強く指示、カケ負担額とも調整。山本のおっさんが、獣医師会に乗り込む前に決定済み。そこまでの話が整って、「決まりや」と伝えに言ったわけでしょ。決まるかどうか制度的にはわからん話について、ここまでの話を整えていることが、官邸の責任で絶対やるから試算しろ、と命ぜられたことを示している。

うそつき(2)

◆しかし12月2日の不開示に対して、おかしいやろと叩かれ、あるとせなしゃーないという事態とな る。さてどうしようか。
◆陸自にはないと説明した手前、破棄しとけ、として「わからなかったが探したら統幕にあった!」、「発見した!」と公表。それが2月7日。
◆そうすると、なんでそんなもんがわからへんねん、という批判が当然来る。
◆「大発見!」は12月26日という。朋美ちゃんが統幕での発見の報告を受けたのが1月27日という。こういう筋書きはどこまでほんとうなのか。管理上の不備や隠そうとした行為などは担当の責任で、大臣は被害者、みたいな神話を捏造し、2月7日、公表しますと公表したのかな。そして、けしからんことだから、監察をしますとポーズを取る。
◆さて今問題になっている、陸自内のファイルの存在を、陸自は大臣に伝え、これは「個人が収集したデータ」で陸自の公文書じゃないことにし、開示しないという方針とする会議にも大臣は列席していた、という問題。これは何なんでしょうね。
◆3月15日に陸自にもファイルがあるという報道がなされたように、内部告発により、新聞へリークされ、その存在はいずれ報道されるという事態となり、これにどう対応するかという会議だったのかな。で、事務次官が基本方針を出し、公文書としてはないのだ、あるとされているのは「個人の収集物」(こんなんで世の中通るのか)、だから非開示(あるとは認めない)。「またまた大発見!」と発表する必要はない。大臣はないと通してくれて問題はない、と。
◆新聞の解説によれば、内部監察の方向が、関係担当者の処分という原案になっていて、そりゃないやろ、お前知っとったやないか、と反発が強まっているんだとか。大臣をかばい、現場サイドの処分で乗り切ろうという方針に、現場サイドは反旗をひるがえした。2月15日の会議に「お前、おった」、「いやそんな会議知らんわ、ファイルの存在の報告もない」との水掛け論が続くのか。が、もはや大臣を続けられないだろう。内部が守ろうとしないだろうから。
◆それと、問題の渦中の3月、南スーダンからの撤退への反発もあるらしい。一定の任務を果たしたとして、命じられた側のホコリや安全への配慮じゃなく、何かあっても困るし即撤収、と官邸サイドで即決実施されたことへの「不信感」が根っこにあるらしい。

うそつき(1)

◆うそを重ね自爆してくれ。
◆南スーダン問題は、安保法案を通し「かけつけ警護」任務を付与した、政治的重要問題である。9月に情報開示請求があり、12月2日に防衛省が「陸自が廃棄した」として不開示決定する。もちろん、その後「発見」する陸自および統幕内にそれをまとめたファイルがあることなど、幹部はみな知っているだろう(そもそも「廃棄」したなら罪に問われるべき問題だろう)。
◆12月時点で、幹部は、お飾り大臣には「廃棄」した、と説明していたか、あることを伝えた上で、大臣もないことにして開示に対応しないという方針決定にかかわったのか。が、「廃棄しました」、「そうですか、それなら開示もなにもないですね」というマンガみたいな話が通るのだろうか。普通は「そんなことないやろ」、「それで通ると思ってるのか」、「もっとましな説明を考えろ」、というのが大臣でしょうね。そんなアホではさすがになかろう。
◆2月に陸自にあることを大臣に伝えたという、今度の報道からすると、それまで、大臣は「破棄」して陸自にはない、という幹部のウソを呑むしかなかったのか???。統幕に上げたファイルがあることは大臣も幹部も共有しながら、これは出すわけにはいかないから、あるはずの陸自で「破棄されてしまっていました」と、12月頭はひとまずそういう対応を選んだのか。

プラグイン

カレンダー

02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 4 6 7
8 11 12 14
15 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索