人を幸せにする人になろう

ベルギーの旅(1)

◆カミさんの学会発表に同行しベルギーに(いちおう自分の課題もあるのですよ)。5月4日発、10日朝着予定。3日、大学で仕事をして、帰ろうとしてメールチェックすると、『市大日本史』の校正が7本くらい来ていて、とにかくダウンロードし、プリントし、家に戻る。旅行の準備といっても簡単。それから市大日本史の校正の仕事をし、スキャナーはないのでデジカメで撮影し、印刷屋に送り、寝る。
◆翌日、7:24分の電車でと思っていたが、出るのがやや遅れ、車で関空に向かう。順調だったが、8:27、岸和田の料金所を抜けてしばらく行ったところで車が止まる。GWおそるべし、やっぱり電車にしとけばよかった!・・・と思ったが、もう遅い。が、これは事故渋滞だった。泉佐野と泉南の間で2㎞と確かに手前で表示されていたのを思い出すが、それが伸びてきたらしい。これはまずい。パトカーが何台も現場へ向かう。
◆たぶん9:00頃、関空道分岐までたどりつき、そこからはスイスイ。その分岐箇所で「ここで出よ」の表示が立てられている。阪和道は完全ストップか。「ここで出よ」と言われても、分岐点の先に数珠つなぎの車がある。どうやって出るの?。あ~あ、GW5月4日快晴、行楽日和、みなさんの予定は大きく狂うことになるのだろう。関空道への連絡のところ、対面側も阪和道へ入ろうとする車が延々と止まっている。引き返したくてもバック不可。関空道も同じ。
◆りんくうタウンの駐車場に入れ、無事、空港にたどりつく。

市大日本史も大詰めで

◆5月3日、憲法記念日。小松山合戦のイベントに集まってきているらしい人を横目に、大学へ行 き、市大日本史その他。今年は約50頁減。このためか、いつもよりスタートが遅かったにもかかわらず、もう終盤に近づいている。じゃじゃこしい原稿がそう多くないこともある。また、サバティカルで授業なく、常に校正返りに即対応できたこと、入稿のテクニックの進歩など、いくつかあるのだろうが。
◆ともかくも、いつもより約1週間早くカタがついた。とはいえ、まだ終わりではない。個々の校正とともに、全体に目を配る必要はあるし、目次もこれからだし、完全校了まで気を抜かず・・・。
◆明日から海外逃亡します。だから急かしたわけでもありませんが、前にGWに丹後で測量していた時も、いないことを前提に対応してきた。早め早めに越したことはありません。

池尻15号墳

◆それから、池尻15号墳を見に平荘湖へ。カミサンには「結局、古墳なん」と言われるが。まあ美 しい4段積み。高校時代、この古墳には何度も通ったものである。
◆なお、地蔵寺古墳だったか、平凡社の地名辞典によれば、7世紀のものという。これも見に行かなあきません。こっちは見たことない。
【追記】地蔵寺古墳をネットで調べると、切石石室ではないが、かなり整ったものです。

志方八幡宮

◆そのあと、八幡宮へ。何度か来ているはずだが、ぜんぜんイメージが違う。もしかして鏡を撮影に来たこともあったかもしれないが・・・。いや~実に立派な神社なのです。看板を見ると、志方30ヶ村の氏神だとか、そりゃでかいわ。能が盛んだったみたいで、立派な能舞台がある。そして志方から西神吉、伊保の方をながめていた。

中谷美紀の生まれ故郷へ

◆そして姫路から実家の宝殿に戻ったのでした。で、志方城に連れて行ってもらうことに。観音寺 というお寺。神吉城もそうですが、織田方に敗れたあと、お寺になってい る。あとで調べてみると、志方城も本来はけっこう大きく惣構だったとか。いや~ぜんぜん知らなかった。どこまでわかっているのでしょうね。うちの中世史軍団に調べてもらおうか。
◆そして櫛橋氏の末裔の方が、4人の墓をまとめた墓石を立てている。もともとは別々にあったんですかね、それを片付けたのですかね。ちょうどこの日、大河でここ志方城が落ちた。
◆志方は、というか、加古川もカンベエに便乗し、「光のふるさと加古川」という幟を用意し、立てている。そして、真新しい看板がある。

山陽電車

◆森ノ宮でラーメンを食べ、大阪駅へ出て、新快速に乗る。明石で山陽電車に乗ってみるか、とい う話題がふと出たが、すぐに発車。次の西明石で実行することになる。降りよう!。
◆さて、山陽電車がどのくらい南で距離が離れたかは知らないが(スマホなぞなし)、まあ南に行けばぶちあたると。
◆案外早く線路に行き当たり、地名を見て、ここが藤江かと。で、どっちが駅やねん、という次の課題。線路をまたぐ高架の道路から両側をながめるも見えないが、藤江なら藤江駅があるに違いない、東はなさそうなので西へ。藤江駅行きのバスも走っているので、間違いない。そうしてたどりつき、東二見で乗り換え(和菓子屋をさがしたが見あたらない)、特急で姫路へ。まあ山陽電車に乗ることはほとんどない。ものごころついてからは、1回くらいあったのだろうか。大塩で、近大姫路大学はここか、とか風景をながめながら姫路へ。
◆姫路は高校までは時々は行ったので、JRがあって山陽百貨店があって、そこから山電が出ているとうのは知っていた。むかしは手柄山遊園まで行ってたんだろう(例の青年の家にのちのち泊まることになるのだが)。が、姫路駅前がまったく景観がかわってしまっている。京都駅、大阪駅、岡山駅なんかとまったく同じ。で~んとゴッツイビルがそびえ立っている。これ姫路駅 じゃない・・・。

翌4月27日の日曜日

◆実家へ帰る。まず、車を車検に出し、南大阪線であべの橋。そこかた、またまたロイヤルホ-ム センターでネジを買うというので、玉造で下りる。ゴブゴブで、幸村ロー ドというのを歩いていて、それはどこやねんと。日の出通商店街の通りが南北に通っていて、その一画だった。ちょうど、環状線の車両をまねた食い物屋ができたとニュースでもやっていたらしいが、それにもでくわす。

伊丹続き

◆ちゃんと勉強してみないといけませんが・・・。伊丹は戦災はなかったようで、かなり郷町の家屋が 遅くまで残っていたようです。その辺が実は知りたい。昔ながらの古い町、道は細くと。むしろ西側の阪急伊丹駅周辺がにぎわう。その頃に比べると、いまはずいぶんと様変わりしたという。伊丹空港からのびるゴッツイ東西道路が貫通し、その両側に高いビルが建ち並ぶ。道路が起点のようだが、それは意外に新しいのだとか。そうして郷町風情をとどめた家屋もひとつひとつなくなっていったのだろう。しかし、重要文化財の岡田家住宅とか、いまも残るものはまだあって、現在は、そういう遺産を大事にしていこうという取り組みが進む。
◆JR伊丹駅から西に延びる道は酒蔵通りと名付けられ、重点的に文化ゾーンにしているよう。寺院もあるし、古い建物を利用した瀟洒な店も多い。むろん今井町とか、古い町並みがごっそり残ると いうのではないし、民家がかなり失われた上での今ではあるが、昔ながらの都市の現代的対応の姿を見るような気がした。大きな車道は通るが、なかに入れば、残っているところの景観を維持し、また全体として歴史・文化をバックにしたおしゃれなゾーンを創り出していく、という方向は成功しているのではないかと感じた。
◆そしてお酒がある。教育委員会も長い道のりがあったのだと思うが、あちこちに看板はあるし、いただいたパンフレットもよくできている。実際のところ、裏方で見学会も半分だけで、いろんなところが見れていない。また見所だけでなく、町そのものを歩くのが楽しそう。再訪せねば。

4月26日、伊丹の現地見学検討会

◆車に荷物を積んででかける。地下駐車場に入れ、資料を午後の会場まで運び、JR伊丹駅に向か う。伊丹の町を歩くのはたぶん初めて。ず~と前に伊丹廃寺の瓦の整理に一日行ったことがあるのと、子供を連れて昆虫館に行ったくらい。
◆伊丹城(村重の時代に名前を変えたのが有岡城)からスタートし、西に向かい、城下町を継承する郷町の町並み。まず山陽道と有馬道の交点という交通上の要所らしい。そして猪名川べりの8mくらいの段丘崖を利用した築城。伊丹氏段階の町場もあるが、村重時代に大きく変えたという。そして廃城され、家臣団屋敷だったところにも町人が進出する。郷町について、午後、今井先生が話をしていた。東日本の農村のなかから町場へと発展してくるものと違い、畿内には町がすでにいくつもあって、それが江戸時代に町と村に行政上区分されたとき、この伊丹も行政上は村として把握されたに過ぎない。幕末で1万人を要する都市である。
◆そして酒造業。醸造したままのにごり酒は、すぐに酢になるらしいが、これを清酒にすることは、火を入れて変質しないものにすることとともに(ぜんぜん詳しくありません)、画期的な発明だったでしょう。それがほぼ1600年頃なのだそうです。どこが一番古いのか、それはわからないらしいが、ほぼ同じ頃で、そのなかで伊丹の酒造業が最も発展する。伏見や灘は後発とのこと。そしてこの酒造業によって江戸時代、城下町ではない町人の町として栄え、町人が独自の文化を育んだと、そういうことを学びました。

そのあとは国立公文書館

◆こっちも初めてだったが、とても面白かった。公文書館のエレベーターが中央にあるのだが、1 階の周囲が展示スペースとなっており、入り口から入って時計回りに見 て、また入り口に戻るという形。
◆サンフランシスコ講和条約の公布原本から始まり、自衛隊の創設とか、いよいよ本題の高度経済成長は、住宅公団、所得倍増、全国総合開発計画、黒4ダム、新幹線、名神高速道路、オリンピック、モノレール、新住宅市街地開発法(第1号が千里ニュータウン)、ミクソンショックなど。万博もたぶんあったと思うが、息子からメールが入り実験が終わったというので、終盤のところは流したが、最後のところに日本国憲法の公布原本があった。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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