人を幸せにする人になろう

「過ち」とはなにか

◆「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」。なにか引っかかった。繰り返さないと誓った「過ち」とは0e3b32e5.JPG何かが明確なのか、というところに。常識的に考えて「戦争はしない」ということだろb98260b9.JPGう。が、原爆死没者に対し、核兵器が使われた「過ち」なのか、原爆投下に至る無謀な対米戦争をしてしまった「過ち」なのか、日中戦争以後の「過ち」なのか、戦前日本の軍国主義にもとづく戦争すべての「過ち」なのか・・・。
◆日本国憲法上は戦争を放棄することになったが、依然として、『坂の上の雲』を歓迎する声は少なくないわけだ。「アジア太平洋戦争は、無謀で慎重さを欠いていたかもしれないが、朝鮮併合、第一次世界大戦までは、間違ってなかったんだ、西欧列強はみんな同じようにやってもいたし」と考えている層はまだ根強くいるし、若者でも継承するヤツラがいる。
◆過ちとは何か。原爆の悲惨さは右翼でも共有できると思うが、なぜ原爆が投下されたのか、それをはっきりさせておく意味は大きい。むろん、大量殺戮兵器の使用はひどい。が、たいへんな数の死は、一方的な被害の訴えだけでは説得力はない。旧日本軍にやられた側はザマーミロとも思っているのである。加害とセットで、侵略戦争の果てにこうなったということを日本人が「過ち」として、核兵器の廃絶を訴えない限りは説得力はない。もっと言えば、アメリカの核の傘にいるかぎりダメである。
◆また、原子爆弾は悲惨であるのは自明だ(あとあとまで後遺症に苦しむことを含め)が、空襲で焼け死んだ多くの人、沖縄戦で死んだ人々と、人の死になんら変わりはない。これだけの人が死んでいったことを無駄にしないために、繰り返さないことを誓ったはずの「過ち」とはなにか。自虐史観とアホなヤツがわめこうが、卑屈でもいいではないか、過去の過ちをちゃんと認めることだ。中国軍の脅威をあおって自衛隊の軍備増強を進め、1人前の国は軍隊もつのが当たり前とする、自虐史観として攻撃する側の考え方こそ19世紀的に古く、そんなことが自虐の反対の威信や誇りなんかでないはずだ。アメリカから独立して、自ら世界平和にむけて胸を張って提言し動くことだ。自虐史観なんて言わせておけばいい。ただ、ゴメンナサイだけではだめで、それゆえに過去をふまえて、それを乗り越えて世界平和に気概をもって取り組み世界に認められる、そこまでの自発的行動こそが、ヤツラを封じ込めることになろう。

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雲楽
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男性
誕生日:
1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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