人を幸せにする人になろう

久津川車塚2017年8月1日(火)最高気温35度 第1週

◆参加者 城陽市担当者、工藤さん、自分、大澤(市大M1)、園原・吉村(立命M1)、田口(奈良大4)、市川・林田・山崎(立命3)、池口(同大3)
◆まず、シートを全開し、調査区周囲の清掃。土嚢つくり。そのあとシートの一辺を土嚢で押さえる。
◆調査区壁面の整形。上から。洪水層も、造り出しあたりでは黄色粘土一括のように均質だったが、ここでは水平堆積が明瞭で、いろいろ分層できる。上半分が造り出しで見られた黄色粘土だが、その下に砂と黄色粘土の互層になっており、下部には厚みのある砂層、そして下位の粘土層になる。下位の粘土層も西壁では上がオレンジ、下がグライ化した明青色。そして濠内堆積の紫灰色砂質土が顔をのぞかせている。調査区幅6.4m、広い!。
◆そして、重機掘削の際に指摘されていたように、北側が高まっている。重機で洪水層を取っていって、 紫灰層を出そうとしたわけだが、調査区に斜めに北側が高く、南へ傾斜をもっている。上層の明青色粘土も西北隅で上がる。その上のオレンジも砂層も上がる。むむ!、陸橋ちゃうか。重機掘削で検出している紫灰色濠内堆積土の肩ラインは、後円部の中心方向に向いている(正確ではありませんが)。和田先生がおっしゃっているように、古墳築造時に陸橋が何本も掘り残して作業道として使われ、最後は撤去する、しかし完全に濠底同一レベルまで下げられないで、陸橋の名残の高まりが残っているものがある、という事例になる。濠内堆積土がかぶっており、下に予想される高まりは古墳時代オリジナルだろうから、考えられるのは陸橋で、かつ上のように削り残しの高まりと予想するのが妥当だろう。
◆壁面清掃は15時まで。サクレを食べた後、東側の墳丘側の壁面清掃にかかるが、そのまま、下段 テラス削平面の削りに移行する。周濠側へ地山を出していく作業を進め肩部に到達。肩部あたりは埋め戻し土のようなのでバチる。
【今日のひとこと】発掘は楽しい

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前方後円墳が好き
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性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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