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人を幸せにする人になろう

鹿児島―古墳の旅(12)東串良町唐仁大塚

◆まず唐仁=唐人で、唐人町があったということに、ハタとく。こりゃすぐわからなあかんわ  な。むろん昔はそんなこと知らず、単なる地名だとしか認識していないが、唐人町のことなど学んだ段階で、そういやトウジンオオツカや、と。
◆昔来たときは、神社でうっそうとしていて、参道沿いが低く細長い前方部とされていることについては知っていたとは思うが、前方部のことを当時どう理解していたかは覚えてない。うそ~、ほんまか~、というところか。110歩152mか。でっかい後円部は55歩76mというところか。台地を掘り下げた周濠も見事である。段築は不明瞭だが、やはり3段であるのでは。長持形石棺風で、棺身も刳り抜きで作っているのが面白い。石工は延岡だろうとのこと。
◆神社前の郷土館にすこし考古資料があり、おばあちゃん2人が番をしている。
◆150m級の前方後円墳の墳丘規模で、縦穴石槨に長持形風石棺、モノは最新の甲冑ひとそろいをも つ。埴輪なし。柄鏡形前方部という地域性を引きずるとはいえ、塚崎古墳群と交替するように、中期に入って突如現れる巨大古墳。その格付けと地域色の交点をどう考えればいいのでしょうか。オサホ・メサホに次ぐ巨大さと、しかし河内直でないギャップ。しかしそこにこそ、古墳時代の王権と地域首長の関係が表れていよう。
 ◆役所塚なども見る。200基近い古墳群。ここでもすべて史跡ながら、境界や所有者の問題があり、墳丘測量図の整備を含めて、地元で粘り強く、史跡の活用への取り組みが進行中である。
[東串良町]人口7000人
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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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