人を幸せにする人になろう

2010年11月01日

◆今日から釜山大博物館で勉強。9:30くらいか、なつかしい石積みの博物館へ行くと、安スンヒさんが出迎えてくれ6d23b1e2.jpgた。10:00過ぎには平郡くんも(今日は午後、2つ講義があるらしい)。昼は、釜山大正門脇にできたごっついビルの食堂街。
◆今日は國學院大學の吉田恵二先生夫妻も来訪されるとのこと。夕刻は宴会が設定されている。釜山大のスタッフは5人、申先生、金ドチョル、梁さん(前にも会ってるかな、女性)、それといま済州島に行ってるという人、新しく国立博物館から戻った裴(上になんとか、Bae、そうかペヨンジュンのぺさんだ)さん。そして博物館には安さんがいる、全玉年さんはいまは非常勤講師らしい。
◆で、釜山大は、いま勒島や福泉洞などの未報告資料の報告書作成をやってec501ee7.jpg453f1de0.jpgいて(10年以上かかるか)、新しい発掘ができないという。韓国文化庁は徹底している。
◆いろいろ話をしたが、いま02日の朝7時過ぎに書いているが、もうめんどうくさいので省略。01日の成果をかかげておこう。これ、既存の文献からのみで、日本でもできる作業だが・・・。大成洞にしても未発掘区がけっこうあるのだ、というより4地区で発掘をしていて福泉洞のように丘陵を丸はだかにはしていない。そのあたりのことを確認する必要がある。それと良洞里と福泉洞などは、主要な埋葬がど8b65ea6f.jpge90d46c1.jpgれなのか、代表格を教えてもらう必要がある。これに申先生の土器編年図をスキャンしてトレースしようかと思っていたが、むしろ、3つの古墳群の埋葬施設と副装品の画像を貼り込んでいく方がいいだろう。
◆さてと、18:00過ぎ、東莱のホテルで宴会、ちょっとびっくりだ。国学院の吉田先生とは大学・奈文研の先輩であるが、釜山大に村松君を留学させていて、そのお礼の挨拶に来られたという。村松君、すっかり忘れて0c386446.jpgいたが(ごめんな)、うちの玉3の測量と7号墳の発掘に来てくれていたのを思い出す。いや~、どこでつながるかわからんね。吉田先生には、佐紀陵山古墳の発掘について話を聞くことができた。
◆國學院から青木豊さんともうおひと方も、そしていま6ヶ月、北京大学の齊先生も非常勤講師で来られていて、大勢の宴となった。齊先生は京大にも短期で人文研にいて、岡村さんでなく(むろんよく知っている)、曽布川先生のところで勉強したという。で、吉田先生が1989年に北京大学に留学していた時から知っているらしく、日本語と韓国語と中国語が飛びかう。申先生と齊先生の会話が日本語であるのが面白い。
◆平郡君は、2年前に韓国の女性と結婚したというが、今日は授業後に忠清道に行って不在。日本人留学生はこのほか数人いて、関大から細川晋太郎くん、玉手3号の2008年に見学に行ったが、わたしはいなかったという。それから阪大の田中由理さん、今日は青木先生の案内をしていたという。平5c117c78.jpg郡君に田中さんの名前を聞いたときはわからなかったが、顔を見ると思いだした。どこかで、申先生が「わたしの娘です」と紹介してもらった(去年の九州博か、それ以前のような気もする。大阪府の博物館問題の時だろう)。去年、博士号を取り、1月から元興寺に就職するので帰るという。
◆2次会で、キムドチョルがべろべろに酔い、「岸本さん、わたしは韓式土器研究会で、あなたの編年を批判した」と言ってくれる。釜山大論文集に書いたことに反応してくれていること、一挙に親しくしてもらい、まったく感激する。

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雲楽
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男性
誕生日:
1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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