人を幸せにする人になろう

大学の桜が開き始めました

◆右の写真は24日の朝でしたが(早い樹でほかはまだまだだった)、25日の陽気を経て、本日、26日にはずいぶんと開花が進んでいました。

今年の『市大日本史』レースが始まった

◆今年は4月24日には校了にすることが目標。
◆書評が書けるか書けないか・・・
◆さて次は『ヒストリア』4月号の綏靖陵の報告の原稿。どの学会誌よりも早く出しているんですよ。みんな知ってますか。半年後とか1年後に載るところがほとんどです。
◆結局、綏靖陵の報告で21時までかかってしまった。とほほ。

2018年3月23日、結局は市大日本史

◆ようやっと丸1日空いた時間ができた。あれもこれもと思いつつ、『市大日本史』の自分の原稿を仕上げ、交流の広場や、論文一覧や会務報告や、業績一覧の自分の分とか、そんなことをやっておりました。9時出勤、22時まで、13時間。
◆本日24日、朝8時には研究室、今日は14時間労働である。今日は大歴の仕事です。

54歳となりました

◆3月22日。この日は卒業式。1日、『市大日本史』の仕事をしていました。大会報告1本、コメント 1本、論文2本を入稿した。いま届いている原稿の大きいのはこれで済み(翌日は、自分の大会報告原稿1本も入れた)。
◆夕刻、歴史学謝恩会に出かける。

妻はそんなこと言ってません

◆森友の小学校建設、「前に進めてください」と某婦人。
◆首相は、お前そんなこと行ったのか?。いえ言ってません。で、国会で、そんなこと言ってないと回答。それがまかり通るのが、この国の国会である。

富雄丸山の新しい図

◆航空レーザー測量図のチラシをもらう。円丘部直径110mはちょうど80歩。造り出しの出は5部。墳丘長さは85歩のようである。

介護保険料

◆大阪市はほぼ8000円だそうです。
◆こういうの新聞社が問い合わせないと一覧ができないんですかね。国の省庁は、何をするところなんでしょうか。

もりとも

◆首相夫人付きのどこぞの省庁の役人が、イタリアに逃れている。

もひとつ

◆遺跡の規模を比較しました。

次は府中遺跡

◆です。 まあしかし、遺構の時期とかもわからんわけです。4世紀にひとつ画期があるようです。
◆弥生中期後半がある。後期は希薄。庄内も少ない。布留1くらいの土器も出ているが、まとまった量は布留2くらいらしい。自然流路を利用しながら区画溝的なものを作り、祭祀場が現れる。その時期の遺跡の中心は、なのでコの字形の溝の東側ということになる。V字溝と柱穴の話も面白かったが、それどれやねん!。わたしらにはまったくわかりません。
◆これが5世紀の中ごろまで。中頃から後半になると、府中でも北の調査でやはり祭祀関係かと思われる土器がまとまって出ているんだそうです。6世紀の話も聞いたが忘れた。6世紀前半までは遺物は出るが、後半はほとんどない、という話だったように思う。そして7世紀はほぼ見当たらないと。
◆報告書は時間がかかるだろう。しかしせっかくの再整理事業。報告書を動かしつつ、『市史』の記述よりもっと詳しい遺跡の概要をまとめた概報を出してはどうだろうか。そういうことを掘った範囲でしっかりまとめてほしいですね。
◆「地域研究なくして文化財保護なし」と言っておいた。府中遺跡の消長からどのような地域史像を考えていくか、それ自分たちの仕事ですよ、と(データを出すのが文化財職員の仕事ではない)。それによって、この遺跡は重要だとか、この遺構はなんとか残すべしとか、狭義の保護も、広義の文化財保護にもつながる。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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