人を幸せにする人になろう

車を洗い・・・

◆今朝はちょっとゆっくり目だったので、気になっていたことをひとつこなす。柏原市歴史資料館で開催される大坂夏の陣がらみの展示で、玉手3の発掘で出土した鉄砲玉2点の貸し出し。車塚の調査中、大学の行事がある時以外は行かないので、持っていきますと約束していた。現場のあと、大学に戻る元気がない時、家に直行すると18時くらいには戻れるので、どこかで持っていこうと思いつつ、できないでいた。いよいよ会期も迫り、今朝、持ち込んだ。ついでの話も。
◆で、洗車に入る。車塚の車置き場は雨が降るとヌタヌタで、時々、タイヤが空回り、そこを押してもらってなんとか脱出した時もあったが、そうなるとタイヤが空回りして跳ね上げた泥が思い切り車体に飛んでくる。汚い車を洗車をして、現場が終わった感があります。
◆それと土日に向けて段ボールを買いに行った。確かにカミサンの言うとおり、金で解決、業者に頼む方が楽ではあるが、金もなく・・・。

卒業パーティー

◆19時からでした。心斎橋あたりに出かけるのは、年に1回のこのときくらい。2次会まで参加し、大和路線で帰る。が、 やはりというか、志紀までは覚えてるんですが、ハッと起きたら電車は高井田を出ており、河内堅上まで行ってしまいました。戻り電車なし。トボトボと1時間弱、歩いて国分まで戻りました。卒業コンパはいっつも飲み過ぎる。

24日、大阪城の測量

◆翌日は自分のところの卒業式。朝、出かけようとして、カレンダーを見て、そう今日・明日は大 阪城の測量だった!。8:30には到着し、45分くらいには業者さんも来て、9時過ぎに大阪市の方も来られ、無事に始まりました。あいかわらずの外国人観光客。安倍君も大阪城に来て、中国や韓国との関係を考える時間を持てばいいのに。
◆本丸でも北の、一段低い山里丸をのぞく全域の1/500作成。今後の外回りのこともあり、GPSによる基準点を要所に残すとのこと。

3月23日、学位授与式

◆卒業式は24日。23日は自分の学位授与式。かつて卒業式も修了式も出てませんが、出てみよか,
と京都岡崎に行きました。修士と博士だが、修士は計2179名だそうです。専門職修士というのもチンプンカンプン、それと伝統的な学部だけでなく、エネルギー、地域研究、情報、生物化学、地球環境、といった新分野ができている。
◆昨年10月から総長が代わり、評判の悪いM氏からゴリラ研究の山際さんになり、最初だったからか、どんな論文が出ているのか、けっこう決裁の資料で報告を見たようで、紹介していた。あの会場に、いったい何人入っていたのかな。3000人くらいだろうか。金屏風を前に記念写真を撮っている人も多いが、式が終わると、夕方に大歴の委員会もあるもんで、そそくさと退席。その時に振り返って会場の写真を撮りました。なので後続する各研究科の授与式には出れず、学位記はまだもらってません。

2015年3月22日、誕生日、三田

◆そうです。ひとつ年をとりました。
◆チラシを作るため(ずいぶん遅いのですが)朝、三田に行 き、九鬼なんとかの近代の家屋の写真を撮りました。帰ってきてチラシを作り、印刷する。

新大学プランと大学ミュージアム

◆2月27日に公表された。原案に対し意見書を出したが、研究科長が発言してくれ、わずかに文言が加わったようであ る。ほぼできあがっている資料なので、大幅な変更は無理だろうが、もっと個々の部分に即した具体の変更案を出さないといけなかったと反省する。ともあれ、できてしまっている。基調は前に書いた?通り、理系に大きく偏っている。変更されたのは地域貢献のところの見出しの、歴史、文化、という言葉のよう。
◆それと、大学博物館が加わった。これは、別の動きの反映であろうが、ここに大学博物館という、前になかったものが盛り込まれたのは、確実な一歩である。いま必要なのは、これにむけての検討を実際に進めることであり、執行部をその気にさせ、検討をせよと言わせることである。そのためには、役員会で 文・理科長あたりが発言をしていく必要があろう。

まあ、そんなんで

◆次に高山寺貝塚に行く。それから駅前に駐車し、歩き始める。梅酒専門店。かまぼこ通りで、ご ぼう巻きと天ぷらを買う。名物はなんば(南蛮)焼というものだが、1個 1000円以上する。ウナギ。あとは省略するが、前日にカミサンの同級生にもたった名刺の裏を紹介しておこう。
◆平成の合併で田辺市は肥大化した。合併はよくない。が、それはそれとして、市街地は人が少なくなり、一方で新興住宅地は広がる。ドーナッツ。また谷間に入れば、いわゆる限界集落も多いことだろう。あったかいし、一定の田地のあるところは集落がまだまだ元気だが、奥に行くほど厳しいだろう。旧市街の町屋の空いた所など、どことも飲食店をはじめ活用を盛んにやっていはいるが、しかし人が住んでいないとはじまらない。要 するに、旧市街に人を集めていく政策は取れないものだろうか。それは一 方で、限界集落を救えないということでもあるが、なかなか今からでは無理という面もある。人口が減っていく以上、それはあらがえない。
◆大都会を含めて、バブル期あたりで肥大化した居住地は、いずれ縮小し、人口にみあったコンパクトな居住環境を作りだしていく必要がある。
◆17時に田辺を出て戻る。なかなか楽しめました。うちの大学も、COCとやらで紀南と関わりがあるそうだが、あまり知られていないみたい。カミさんの大学は、ちゃんと公式に提携しているようで(和大もそうなんだろう)、そのへんが違うようだ。そういう連携というのは、結局は地元のやる気が大事なんだろうし、大学側にはどこまで本気かが問われるのだろう。そう簡単に、短時間でなにかができるわけではないだろうが、腰を落ちつけてやっていく必要があるのだろう。

秋津野ガルテン

◆奇絶峡に立ち寄る。簡単な説明があり、石を持ち出すことに対して、当時の村長が景観を守ろう と努力したのだとか。大岩がごろごろし、なかなかきれいなところである。
◆で秋津野ガルテン、というのは、旧小学校の活用するプロジェクトが2003年に立ち上がり、農業を体験する宿泊施設としたもの。みかんが1年中実り、ジャム作りなどをやっているのだとか。運営はNPOなんでしょうか。校舎の中は、そういう研修室があるが、またミカンの展示施設もある。ここでケーキとお茶を食べたが、お母さん達が子供を連れてやってきて、テーブルでひたすら話をしていた。ほかにもけっこう客が訪れており、そういう施設として、まあ成功している様子である。 
◆地域にとってのシンボルのひとつである小学校を、統廃合や移転したのち、簡単に壊してしまうのでなく、地域の人々が考え、地域の特性を示し、また外からの人をよびこむものに変えていく、という試みは、ほかでも参考になるのだろう。

紀州備長炭記念公園

◆田辺市街地から奇絶峡のある谷筋をさかのぼったところに、備長炭記念公園というのがある。備 長炭とは、備中屋長左エ門だったか、が、江戸向けに備長炭と名前をつけたウバメガシの白炭である。がその前に、備長炭ラーメンという黒い麺のラーメンを食べる。
◆それから展示を見る。なかなか体系だったいい展示である。210円取るが、こんなんも入り口で引き返す人がいるのはもったいない話。無料にして、出入り口の所にカンパ箱を置いたらいいのにと。よくできた展示だが、見てもらってナンボでしょう。入ると、職員さんが寄ってきて説明したそうであったが、申し訳ないが、説明不要オーラを出す。映像はやはり導入としても、ひと通り理解する上でも有効であ る。伐採の比率を変えていることとか、切っても10年でまた10㎝程度に成  長するようで、このあたりの龍神山系のウバメガシについても、計画的な伐採を循環させている。戦後、アホみたいに針葉樹を植林し、もはや世話することもなく、切っても金にならず、放置されているところが圧倒的に多かろう。焼き肉、串焼きなど、炭火焼の用途がなくなることはないだろうし、値崩れのないように調整しつつ、炭焼きを少しずつ拡大させることはできるだろう。さいわい、後継者も出てきているようで、途絶することはなさそう。脱臭用とか、燃料以外の利用を考えているようだが。面白い展示だったので、図録を1冊購入した。
◆そのあと、屋外で、実際に炭窯が5~6基程度作ってあり、順番に窯入れをしている。この日も2基は操業中であった。とはいえ蒸し焼き段階で、どんどん火をつけているのでなく、封をしている状態だったが。展示を見てから窯をみると、また勉強になる。

闘鶏神社

◆そのあと、神社。手水鉢に炭が沈めてあるのが田辺らしい。7月末には田辺祭というのがあり、山 車が何台も出て、この神社に集結するらしい。歴史民俗資料館でも、このほかにも指定された無形文化財としての祭りなどがたくさん上がっている。
◆ちなみに弁慶は、真偽不明ながら田辺出身とされており、また熊野別当のタンゾウ君の息子とされ、源氏に味方するように説得したという話になっており、神社の中に銅像が建っている。
◆三栖廃寺跡。資料館では金堂の位置も表示してあったように思うが、現地は塔跡のみ整備されている。南面のみ発掘で検出された瓦積基壇を用い、ほかは新しい瓦で基壇を復元している。まわりは梅林。梅の花はとうに終わり、梅の実の収穫にむけて、行き届いた手入れがなされてて、きれいである。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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