人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
ある一文
◆同僚に求められて書いたものだが、〆切に出さなかった。とくに理由はない。
なぜに軍隊をほしがるのだろう。なぜ原爆をもつための原発をやめられないのか。大国意識?、国家として当たり前?。なぜ安倍晋三みたいな人間が生まれるのか不思議だが、彼らばかりでなく、若い世代のナショナリズムが再生産されていることが心配である。
日本の安全保障は脅かされている、備えが必要だと改憲側は主張するが、脅威として語られていることの多くは虚構である。いまや、かつての日本のように、あからさまに他国を侵略することはほとんど考えにくい。第2次世界大戦の途方もない犠牲の上に、ベトナム戦争という悲劇を乗り越え、アジアやアフリカ諸国は独立し、(中略)、それぞれの国が対等に議論できる世界を作り上げてきたからである。
日本が攻撃を受ける要因があるとすれば、むしろ在日米軍や自衛隊の存在だろう。その示威行為は、一般に抑止力とよぶのだろうが、既に憲法9条の「武力による威嚇」に抵触するといえるかもしれない。ストックホルム国際平和研究所 (SIPRI)の統計では、2012年度、日本の防衛費は世界第5位で、4位の英国とほぼ同額の600億ドル(5.9兆円)であるという。いま語られる脅威は、知恵を働かせ外交的に解決できる問題であり、約6兆円もの金で買う抑止力など必要のない世界の平和をめざすことだ。
そのためには、そんな軍備競争から降りて、日本国憲法に謳われている平和主義、国民主権、基本的人権の尊重の実現に努力すること、平和で、自由で、人間らしく生きられる社会をめざすことにあり、それが世界平和に貢献することそのものである。世界の一員として日本がやるべきは、世界の国々が対等に議論する枠組みが、より機能するよう育てることである。日本国憲法の平和主義にもとづき、発言し行動することではあっても、軍事的決着の動議に賛成したり、まして兵隊を送ることではない。また、安全保障問題として日本が取り組むとすれば、東アジアの平和の構築であろう。
そう簡単な道ではないだろう。だが、それぞれの国が尊重される世界をわれわれは作り上げてきた。それを維持する仕組みをどうしていくか、長い挑戦は続くだろうが、各国が自己の勢力拡大や威信のために軍事力を保持する時代ではもはやない。(掲載にあたって少し手を入れました)
◆これを書いていて思ったのは、「安全保障問題として日本が取り組むとすれば、東アジアの平和の構築であろう。」というところ。まじめにやってはどうか。中国の軍事力の伸びが著しいとか、自分ところの軍備充実を棚に上げて脅威を喧伝し、競い合うのでなく、大まじめに、面子はともかくも、平和条約をもちかけたらどうなのか。そうでないというのは、真に平和を願っているわけでないということだ。平和であっては困る、ということなんだろう。
なぜに軍隊をほしがるのだろう。なぜ原爆をもつための原発をやめられないのか。大国意識?、国家として当たり前?。なぜ安倍晋三みたいな人間が生まれるのか不思議だが、彼らばかりでなく、若い世代のナショナリズムが再生産されていることが心配である。
日本の安全保障は脅かされている、備えが必要だと改憲側は主張するが、脅威として語られていることの多くは虚構である。いまや、かつての日本のように、あからさまに他国を侵略することはほとんど考えにくい。第2次世界大戦の途方もない犠牲の上に、ベトナム戦争という悲劇を乗り越え、アジアやアフリカ諸国は独立し、(中略)、それぞれの国が対等に議論できる世界を作り上げてきたからである。
日本が攻撃を受ける要因があるとすれば、むしろ在日米軍や自衛隊の存在だろう。その示威行為は、一般に抑止力とよぶのだろうが、既に憲法9条の「武力による威嚇」に抵触するといえるかもしれない。ストックホルム国際平和研究所 (SIPRI)の統計では、2012年度、日本の防衛費は世界第5位で、4位の英国とほぼ同額の600億ドル(5.9兆円)であるという。いま語られる脅威は、知恵を働かせ外交的に解決できる問題であり、約6兆円もの金で買う抑止力など必要のない世界の平和をめざすことだ。
そのためには、そんな軍備競争から降りて、日本国憲法に謳われている平和主義、国民主権、基本的人権の尊重の実現に努力すること、平和で、自由で、人間らしく生きられる社会をめざすことにあり、それが世界平和に貢献することそのものである。世界の一員として日本がやるべきは、世界の国々が対等に議論する枠組みが、より機能するよう育てることである。日本国憲法の平和主義にもとづき、発言し行動することではあっても、軍事的決着の動議に賛成したり、まして兵隊を送ることではない。また、安全保障問題として日本が取り組むとすれば、東アジアの平和の構築であろう。
そう簡単な道ではないだろう。だが、それぞれの国が尊重される世界をわれわれは作り上げてきた。それを維持する仕組みをどうしていくか、長い挑戦は続くだろうが、各国が自己の勢力拡大や威信のために軍事力を保持する時代ではもはやない。(掲載にあたって少し手を入れました)
◆これを書いていて思ったのは、「安全保障問題として日本が取り組むとすれば、東アジアの平和の構築であろう。」というところ。まじめにやってはどうか。中国の軍事力の伸びが著しいとか、自分ところの軍備充実を棚に上げて脅威を喧伝し、競い合うのでなく、大まじめに、面子はともかくも、平和条約をもちかけたらどうなのか。そうでないというのは、真に平和を願っているわけでないということだ。平和であっては困る、ということなんだろう。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。