人を幸せにする人になろう

2月18日、宮崎

◆やっぱり西都原のことはなかなか書けません。18日、重藤さんと空港からホテルへ送ってもらう。一休みしてから、柳d77dd562.jpg沢先生と一緒に、オデン屋に連れていってもらう。その時の1コマを。けっこう焼酎を飲みました。宮崎では呑んだ後、うどんで締めるのだそうです。この釜揚げうどんが、実においしかった。
◆翌日、まず〓号墳。どうやら弥生末期の墓の可能性があるというもの。高さはあまりなく、しかし押しつぶされた状態の壺形土器が検出されており、頂部の半分は当初の高さを留めているらしい。大正の発掘では何も出ず、掘り進めてストップしている。掘った跡には文字を刻んだ石を置くらしく、それが検出されている状態を初めて見る。あいにくの雨。しかし、台地内側方向にのばしたトレンチでは初期須恵器と思われる甕片が散乱する。
◆もうひとつ、〓号墳。墳丘は丈高で、盗掘坑が横穴式石室風にくぼみ、鬼の窟に後続する、西都原では2基目の横穴式石室墳ではないかというもの。周溝が検出されていたが、問題は埋葬施設。ひとまずどういうものがどの程度残存3c6b7458.jpgするものか、という確認までは現状変更として認められているらしい。どう掘りましょうfeae04fb.jpgか、というところ。まあ、盗掘坑はほぼ石室を示しているので、羨道中央部あたりを主軸直交方向にトレンチを入れ、残存する側壁の上端を検出するのがいちばんテットリ早いだろう。こりゃ楽しみですね。
 

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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