人を幸せにする人になろう

学期が始まるとなにかとあわただしく

◆先週金曜日に、博物館資料保存論の1回目(担当は頭だけ)、本日火曜日は、考古学通論、そして5限の博物館実習Ⅰの初回でした。なんと35人。多い!。例年、20名強くらいの数で適度なのだが、35名はちとしんどい。今日は教室だが、次回以降は実習室にしようと思っていたが、35名は入れないな~、と。
◆明日は3つ(うちひとつは博物館経営論で、これも頭だけ)。安定飛行になるまで、学期始めは、なにかとあわただしいですね。

陵墓の取り扱い2016年3月28日 毎日新聞配信

◆「歴代の天皇や皇族の陵墓の保全管理に伴う調査について宮内庁は28日、単独で実施してきた前例を転換し、新年度から陵墓のある自治体の教育委員会や考古学研究者に協力を要請する方針を示した。調査の成果は地元教委と共同で発表し、幅広く国民に伝える。
 同庁は、歴代の天皇や皇后、皇太后などを埋葬した場所を「陵」、それ以外の皇族は「墓」として管理し、総数は898基に上る。研究者も含め一般の人が陵墓の前で参拝することは可能だが、立ち入りはこれまで原則認めていなかった。同庁書陵部は陵墓である墳丘の崩壊などを防ぐ目的で調査を行い、例外的に研究者を現場に入れて見せることはあったが、調査への参加は認めていなかった。
 今回の方針転換は、陵墓周辺の古墳などで調査実績のある地元教委や研究者の知見を得て調査レベルを向上させ、保全管理に生かすのが狙い。調査成果はこれ まで同庁の報告書に掲載されてきたが、幅広く国民の目に留まることはなかった。今後は地元教委と共同で発表し、埴輪などの出土品も一般公開する方針。」
◆いや~前進しますね。

4月9日 豊中歴史同好会

◆朝から堺にでかける。その話を書く余裕はいまはなし。
◆午後、豊中歴史同好会でしゃべる。河内大塚山古墳の話。塚口先生にいちばん前に座られると、なかなかしんどい。が、あまり気にしないように、あくまで一般の方々にしゃべるように心がける。安閑が535年に殺害された、といっておけば簡単ながら、まあそんなことはわかりはしない。こっちも辛亥の変に引きずられている面がある。いかにおかしなことが起こっているか、かつ535を転換点として、大伴は後退し、蘇我が台頭してくることが理解できればいい。空位年2年が挟み込まれていることも、きわめて不自然なことである。
◆最近はそんな風に書こうとしており、そういう意味では歯切れがよくなく、最後ちょっと、結論が不明瞭のように受け取られたかもしれない。まあ、別に気にしないでおこう。
◆で継体の没年に3つ説があることは図示したが、こっちの結論の図は作っていなかったので、作ってみました。

そう6日は難波宮研うちあわせ

◆3年間やってきたシンポ。1年目はいきなりシンポだったが、2年目からは研究会を組織して準備をしてきた。議題は、成果を出版する話と、この研究会をどう継続していくか、という2点。自分らが発表した話の目次立てはすんなり決まるも、1書とするには、前後とか、コラムでの内容の補充とか、そういうことも必要で、目次立て原案をわたしが作ることになる。冒頭文を書いてみたいという気持ちはあるが、やりとげる自信もなく、表明はしていない。研究会は、出版に向けての打ち合わせに近い形で、頻度を落としてやりましょうということになった。難波宮・京の設計など、実はみな言いっぱなしで、本来は議論して誰かが書かねばならない。そういう課題もあり、打ち合わせだけでなく、そういうものも必要と思っている。まあ、じんわりと。

7日は日本史の新歓コンパ

◆7日は朝、考古の学生・院生で前期の研究会等の予定を立てる。木曜日で固定していたかったが、学部生にも入ってもらうとなると、火・水・木はしんどく、月曜日午後となった。持ち帰った久津川車塚古墳の2014埴輪の作業についても組み込む。そういえば上原本の整理も完了しておらず、その作業の話はまたせねばならない。
◆この日、大依羅神社に行き、依羅池古図の写真撮影に出かける。ごく近所で、作業は30分ほどで終了し、掲載許可もいただいた。この原稿、4本のうちの1本である。
◆15時からガイダンス。日本史院生ガイダンス→歴史学共通ガイダンス→日本史学部生ガイダンス →18新歓コンパとなる。16人の日本史コース新2回生のうち、3人が考古学をしたいとのこと。終了後、『市大日本史』の合同調査の原稿の調整をやってしまおうと、酒は呑まずソフトドリンクにし、終了後、22時前までになんとか0校を打ち出し、院生室に投げ、帰る。

8日の金曜日、新学期が始まる

◆原稿4本をかかえるも、できるはずもなく。一方で、いつものように市大日本史の編集が始まって いる。4月の空いている時間のほとんどはこれで暮れていく。プリンタトナーの消費も。ここ何年か、進捗状況の表を保存しているので、今年は早めとか遅めとか確認することはできるが、いまはそんな状況にはなく、いまある原稿を調整の上、どんどん印刷屋に入れないと始まらない(未着の原稿も多い)。
◆そんなんで、5日6日は市大日本史の仕事をしていました。前に一度掲げたが不備多く取り下げた、市大日本史学会の今年の大会のチラシが完成したので掲げておきます。
◆本日8日から授業開始。4限の資料保存論(第1回目だけですけど)が最初になる。

なかなかに

◆けっこう仕事がたまっていて、先行き不安。が、学期が始まる前、また始まって当初のうちに、 順番に片づけるべし。物理的時間が必要なので、朝早く来て、仕事をする時間を確保せねばならない。夜はもうなにもできません。
◆まずは大歴の現地見学検討会の仕事をなんとかやっつける。今年は貝塚でやります。水間鉄道に乗るのも楽しみです。

科研が通った

◆ようです。4日出勤し、あ~あ通知文がボックスにはないと・・・。が、研究機関には一覧が来ているのかも知れませんが、各自で確認するという方式になっているんですね。その連絡メールが一斉配信されておりました。おそるおそる見ると、交付申請入力せよ表示が出ていました。
◆デスクトップPCが、近年の画像の容量やらで動きがとろくなっていたので、まずはPCの更新ですね。ノートも。ともに5年以上は使っている。またソフトの移動やら、データとか、PCの引っ越しはめんどうくさいが、早めに導入しよう。そして横穴式石室と横口式石槨の3次元計測の計画を立てないといけない。

2016年4月3日KR研

◆久津川車塚研究会(勉強会+整理作業進捗確認)の初回である。2月28日に打ち合わせ兼打ち上げを行ったが、遺構のトレースの割り当てをやって、おおむね3月までに平面図はできあがってきている。そのまま立面図、次に埴輪と進めてもらう予定。その時に、月1回顔を合わせ、作業を進めていく上での目標にしてもらうとともに、勉強会をやっていくことにしたもの。
◆1回目は、城陽市の担当者にこれまでの車塚古墳の調査についてまとめてもらうのと、まあやらなあかんやろということで自分がやることにし、この2本。キャンパスプラザ京都で、日曜の午後に開催。車塚の過去の調査を集成した図面は以前からもらっていたが、これまで27次にわたっており、それぞれ報告書原本にあたらないといけないとはいえ、そうもいかないし、概要の話が聞け、カラー画像も投影してもらったので、およそこれまでの主立った調査区の内容を知ることができた。報告書の図版はほぼモノクロだし、これら35㎜スライドから起こしたカラー画像データを用いて、『測量調査概報』を構成して、便利な本を作っておきたいと考えている。今年度からは年度末に概報を作っていくことになるが、これとは別に、測量調査による新しい図をこっち側で作り、そこで『久津川古墳研究』だの、上の城陽市の調査成果を盛り込み、いま進めている史跡整備のための確認調査以前の認識をまとめておきたいというもの(16頁)。とはいえ、測量、終わってないですよね。

埴輪洗い続き

◆3月29日 自分、長友、道上、山口、土井明、大澤、土谷、吉村、安藤、木下。この日、ピースの 件で、午後は抜ける。大阪城は花見客でいっぱいでした。まだ早めですけど。
◆3月30日 自分、道上、阿部、土井、吉村、木下。智辯学園、準決勝でサヨナラ勝ち(13:00)
◆3月31日 自分、長友、道上、阿部、大澤、園原、吉村、木下。智辯学園、優勝。この日、作業している空間横の桜が開花(写真)。2014年度分終了し、2015年分にかかる。
◆4月1日 自分、長友、道上、土井明、阿部、大澤、園原、土谷、吉村、伊藤、木下(写真)。雨。お湯を入れてもらうと心地よい。
◆5日間、よくやりました。けっこう進みました。次はGW。2014年度分を持ち帰ることにする。13 箱(浅2+中2+深9)。プラス2015年度未洗い分を2箱(実習で作業予定)。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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