人を幸せにする人になろう

けいたいさん

◆継体はやはり王族で、息長氏とみるべきではないとのこと。ワカノケフタマタがおり、オオホド王がいて、オシサカオオナカツヒメがいると。倭国王が重要な拠点に王族を分封するということは、古墳時代にあると考えるべきなのでしょう。太田茶臼山は、森田さんの言うようにオオホドとみるのが妥当なんだと思います。応神394没、継体527没、単純な割り算で、1世代25年。オオホドはほぼ450年前後没となり、茶臼山にふさわしい。フタマタは425くらいで、墓山とかがいいのかもしれません。
◆三島の王族墓といえるのは茶臼山で、誉田御廟山型というのが妥当なら、フタマタ王家の次世代のオオホドは反正の段階に三島に封じられたということになる。王族の分封ということを考える上で、茶臼山は重要な位置を占める。
◆問題はそのあとで、1世代のみ。妹が允恭のキサキとなるも、三島の王としての地位は次世代では認められないということ。オシサカオオナカツヒメが允恭キサキであるので、一定の優遇が続いてもよさそうだが、そこは厳しい対処といえようか。三島県というのも、茅渟県などを考えれば、オオホドを送り込んだが、直轄化に移行し、領地は取り上げられ、三島県を設け、その管掌は県主にまかされると。フタマタ王家としては、オシ王、ウシ王と続くものの、オオホド後はどこへ行ったのか。田中大塚がどうのこうのという議論があったが、あれは何だったか(読み直そう)。近江に移されたのでしょうか(フタマタ王家の奈良南部の領地であるオシサカは、ナカツヒメ後も伝領されていくのでしょうが)。
◆即位前の継体は、どこにいたんでしょうか。やはり近江なんでしょうかね。近江各地や北陸や尾張との関係が深く、婚姻関係を結ぶが、王族としての出自は三島にあり、山城を含めてオオホド王との関係も引き継がれているのでしょうか。恵解山は上石津ミサンザイ型で、久津川は誉田御廟山型とみているが、その上には太田茶臼山があって、密接な関係を保持していたとみられ、允恭即位後、退転はするものの、そうしたつながりは完全になくなるわけではないのだろう。継体が担ぎ出されることにより、三島県を王権拠点にしたと。
◆継体は日常、どこで政務していたんだろうか。隅田八幡の鏡で503にオシサカにいると。磐余宮は即位後20年も経ってからだと。入れなかったというが、そうではないと。一方で、今城塚こそ、王宮か王墓という議論において、大和じゃなく、権力基盤と思われる地に王墓を営んだとみられる事例になり、河内の王墓だって、王宮伝承のある奈良南部じゃなく王墓造営地こそが本拠地だという根拠として考えてきた。が、本拠地は三島と考えながらも、大和に入れなかったわけじゃないという議論、そして6世紀に奈良南部が中心になってくるイメージから、権力基盤は三島にあるが、奈良南部にいるんだろうと漠然と考えてきた。が、森田さんは三島やと思っているのだと思う。その主張を読んでいると、そうかもしれないなと。自分の勢力基盤という意味のみならず、畿内のなかで東西日本をつなぐ要所にあるのが淀川流域の三島で、大和・河内という古い王権に対し革新的な意義がある。
◆継体にとって、三島は権力基盤ではあるが生まれ育った場所ではなく、王位に就き大和の御田を与えられるも、もっと疎遠である。王権を支える中央豪族は、それぞれ大和にも河内にも本拠をもつ。大伴は大和築坂はわからんが最終的に住吉に引きこもる。物部も中河内と布留。大臣や大連とともに合議するとして、その前は河内であったわけであり、それが三島になるだけか。継体の王宮として、樟葉・乙訓・綴喜はあっても三島はないとの意見はあろうが、それらよりも三島のどまんなかの方がふさわしい。大伴も物部もその他中央豪族は、三島に必要な場合にはせ参じる、それでよいのではないか。継体については、そう考えるようになった。
◆次の世代である。とはいえ、安閑は即位するも排除されるわけだが、継体生前の話である。マガリ大兄とセンカという2人のメノコヒメを母とする子がいる。で、安閑未完陵である河内大塚山は松原にある。センカはよくわからないが、宣化陵は大和の畝傍山の西にある。王墓の所在地こそ本拠地との論理からすれば、安閑の本拠地は丹比である。そこは古市の本拠地でない、やや西に寄った位置であることが意味深長か。しりきれとんぼです・・・
◆いや~、近畿にいる者としては、吉備や日向のこともやれば面白いのですけど、それより近畿の古墳のあり方から話を作っていくのが本務だと改めて思うわけです。古墳の年代もかなり詰まっている、倭国王墓との関係について墳形はやはり有意。そういうことをふまえ、また記紀を参照すれば、もっと立体感のある歴史像を打ち出すことができるのでは、そういうことに一所懸命にならんとあかんな、と思う次第。どこから手をつければいいのか、しんどいですが。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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