人を幸せにする人になろう

で和泉市肥子町の調査

◆いまは詳しく書く気力なし。ひとまず撮影した写真を地図上に番号を記入するという一次処理ま で。これやっとかな、写真撮っても、どこかわからんで。GPSカメラっちゅうのも買ってみるか。で、3日間、お世話になった、中世史T氏作成の地図。これをもち、府中・肥子、そして泉大津の穴田などを歩いて書き込んだもの。緑が桑畑井の水かかりエリアです。
◆ここでもまた、実際に歩いてみると、1町平行に水路が通る。条里が中国の方式通り減歩分を加えた109mとなっている理由が理解できよう。耕地だけ区画して、水路はあと、ということはありえない。計画した水量があり、十分水がまわったかどうかはともかく、地割施工には水路掘削がセットとしてあったはず。むろん水の供給源については、さらに十分なものにする努力が続くだろうが、1町ごとの水路は、7世紀後半に施工されたはずである。和泉でも比較的平坦な、一定の広さのある部分では、例外なく1町ごとに水路がともなっている。条里地割といってしまうと、なんか畦だけのイメージがつきまとうが、そうでなくハナから水路がセットである、という認識を新たにすることができた。
◆現場が終わり、懇親会で余った酒などを搬入しに大学に来たが、いま18:53、今日は早く帰って寝て、金・土・日にバリバリ仕事をしよう。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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