人を幸せにする人になろう

久津川車塚8月6日(木)

◆自分、道上・原田・佐藤・大澤、城陽市担当者。本日は雲があるが、むろん暑い。
◆(1)造出南隅部の葺石完了。(2)造出上面の仕上げ、そこそこ削って距離はのびてきている。
◆(3)墓坑の東辺を確認。「掩体壕溝」の壁面に見える黄色砂の落ち込み。昨日の時点で墓坑とみるべきでした。あんな撹乱はない。で、造出上面の礫がなくなっているように、撹乱坑というよりはやや削り込まれた緩やかな凹部にはなっているんだと思いますが、昨日は撹乱としてやや掘り込み過ぎたようです。そこで矩形に墓坑ラインが出てきました。上面で検出できるのは限られた範囲で、あとは溝の斜面を下りて行き、掩体壕溝の西壁面途中を北へ抜けていく。だいたい、昨年検出した墓坑の東辺はこれでとらえた。
◆問題は、昨年は東西畦を越えた南側で造出上面から掘り込んだ墓坑ラインを検出したのだが、今回のラインとけっこうずれていること。本日追いかけた範囲では、前回の東西畦あたりで南辺が上がっていくように思われたが、まだ機械掘削の状態なので、先行きは未確認。畦は取っ払っているが、その部分をきれいにして、前回の墓坑ラインと、今回のラインがつながるのか、どっちかが間違いなのか。短辺側でぐいちになってつながることを想定してはいますが、畦の下を精査してなんとか早い目に決着を。
◆(4)協議して拡張することになった掩体壕北側の 部分の機械掘削で、造出北辺を検出。北向きに落ちていく斜面が色の違いで よくわかる。それと東端(作業員さんがいるところ)では後円部の墳丘(混礫赤色の地山)が出てきている。くびれ部は調査区外へ斜めに潜り込むだろうが、谷線上端はこの調査区のなかで検出できることがはっきりした。しめしめ。ただし、これも掩体壕にともなうかと思われる撹乱溝(右端)が通り、埴輪列はちょうど飛んでいるかもしれません。メジャーで略測すると、掩体壕ごしで斜距離だが、23m。そこまではいかないにせよ、19mでは済まず、もうすこし長くなりそうな雰囲気です。
◆いや~毎日毎日、ならし期間もなく、いきなりの本番です。今日は、オープンキャンパスの準備で大学に戻りましたが、泊まり込んでいるところはネット環境はありません。1週間ごとのまとめての報告になりそうです。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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