人を幸せにする人になろう

日本語の科学が世界を変える

◆というものを、必要あって、この数日読んでいました。著者は日経サイエンスなど、世界の科学 論文を日本に紹介する仕事に長く携わってきたライター・編集者。確かに、個々の分野の世界にいる先端の研究者よりも、多くの分野で、どういう仕事が大きく前進させたのか、広く知っているということだろう。
◆欧米の論文は面白くない、日本人の書いた論文は面白い、のだそうです。長くこうした仕事について重要論文を紹介してきた経験から、その背景について考えている。幕末から明治はじめ、西欧で発展を遂げつつある科学を、いちはやく吸収し、用語の意味を塾考し、適語を生み出していく、そして日本語の教科書を書き、教育を行う。明治30年頃には早くも世界的な研究をなす人が出てきた、確かにすごいことですね。江戸期の識字率の高さもベースにあるだろう。明治以降の教育制度も。民主主義とか自由とか、むろん明治政府の家父長制の強化のなかで、いまもって十分に浸透してはいない面もある。とはいえ、文字を読み、志あれば勉強して、自ら考えるという、イエ制度とは別に、みなが学校に行き、そこで日本語で学べた。これは日本人個々を育て、総体としての国力を増進するのに、大きな意味をもったにちがいない。これ、江戸幕府が自作農を生み出したことが、身分制はあれ、大きな社会分断というより平準化をもたらし、力を発揮できる社会を生んだのと同様に重要なことでしょう。日本語による科学教育の普及は、むろん帝国大学に行ったり、海外留学に行けたトップとは差があれ、限られた知識人が科学を独占するのでなく、一人ひとりに一定の義務教育を施し、高度成長期までは農業人口がなお多かったにせよ、学術や工業、商業、いわゆる近代化にともなう担い手を広く生み出したといえる。
◆同僚のT先生も、歴史で同じようなことを言っていたように記憶するが、あいまい。つまり、日本語の科学、というのがミソ。意味には2つある。ひとつめは、実際のところ、21世紀現在の諸国の大学など高等教育で、英語の教科書を使っているところが、おそらく多いのであろう。日本は、日本語の教科書で科学を研究している、そういうこと。このへんは、是非、データがほしいものです(中国や韓国でもそのようですよ)。理系の世界で英文で論文を書く、まあ仕方なしにやっているわけで、そういうのもなかなか直らないのだろうが、何より重要なのは、学生が日本語で学び、研究者も日本語で思考し、学会等で議論できる。当たり前のように思うかもしれないが、世界的にはまれな、そういう条件にあること。
◆2つ目は、日本語で科学することで、英語やキリスト教世界の考え方とは、違う発想が可能となる。それが多くの世界的な研究を生み出している、ということ。この両方を言いたいようです。著者も、それを証明することは難しいが、感じているという。1神教、善悪2元論、といった思考文化が、柔軟な観察や発想を阻害している面があるのではないかと。
◆カミサンいわく、著者もふれているが、そういうことに加えて、研究の仕方の差がもたらしている面もありそう。はやりの学問に多額の経費を投入し、研究者もむらがり、ある分野が大きく前進する、という面はあるが、パタッと終わるのだそうです。本人が面白いと思うもの、人と違うことをやりたい、という、もっとも大事なところが欠落しているよう。日本人のノーベル賞受賞者が口をそろえて言っているように、基礎教育が大事なんでしょうね。はやりすたりでなく、諸分野にわたって裾野を広く、学生を育てていく、そのなかから独自性をもった研究が生まれてくる、ということだろう。むろん、昔のJSTの大型研究費のように、申請内容の達成の確実性でなく、未開拓の可能性についてじっっくり選ばれる、そういうメリハリも一方では大事。広く、そしてこれはというところにちゃんと研究費をつける、ということ。いまは、やたら「選択と集中」が誤って導入され、消化しきれない予算が、出来レースの申請につぎ込まれ、雲散霧消するものが多すぎる。
◆面白い研究をやろう。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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