人を幸せにする人になろう

生き急ぎ

◆木津での講演会の最後、なんだかご一緒したお二人からの私に対するメッセージをいただく形になった。なんであんなことになったか、どういう司会からの質問の振りだったかは忘れたが。まず「長生きしてほしい」と。わたしのアバウトさをしっかり指摘いただきつつ、認めてくれる面は認めていただいた。考古学的事実から歴史を語ろうとしている、と。日頃から努めているところである。What happened in history そこにどこまで肉薄できるか、ただそれだけである。歴史的な意義とか理論とかは関心はない。なんで久津川車塚古墳があり、180mもの巨大前方後円墳が築かれ、そして芭蕉塚のあと消えていくんだろう、どこまでそれが説明できるのか、といったことに挑戦し続けたいものである。遺跡にもとづく歴史学を追究したい、と思っている。そういう志向性があり、そういう人も必要なんだ、と認めてくれはりました。そして長生きしてください、と。
◆でもね。ある必要性からある本を読んだんですけど、専門家というのはそうだ、事象を説明できるようになりたい、資料に即して自分の考える歴史像なりを構築したい。そうやって、なるほど、と思われる脈絡を語れる、これがプロである、と。が、そこに資料と理解の緊張関係をどこまで保持できるか、ということ。ある見方や理解を学説として出す、そうするとそれに縛られるわけです。むろん、手堅く確実なことをコツコツ積み上げ、訂正を要しない人もいるだろう。が、わたしなんかは、元来、感性的で、実証はアバウト。ころころ見方も変わる。このことを友人にも指摘される。なので、そもそもダメなんだけれど、しかしいい線いっているところも、たぶんあると、これはまあ自分くらいは信じてやりましょう。だけど、その本質にかかわるものほど、変えられなくなる。いままでの研究が瓦解するから。実はその危機感はあります。
◆話が脱線しましたが、その本では、一定の筋道や理解や脈絡を説明できるようになることが、次の段階には、それにもとづく解釈になっていくと。そういう頭になってしまっているわけだ。難しいですね。ある見方なりで、事例にあたっていき、それが通用することで事例を増やし、より確からしいものにしていくという深化と、ヘタをすれば別の見方をしなければならないのに、その線で理解してしまおうとする、きわどさがある。そのへん、資料に向かう常にフレッシュな頭で観察する姿勢というか、オヤ違うなと思ったら柔軟に組み立て直すみたいなことが、どこまでできるかですね。それができなくなったら引退すべきですね。
◆で、もうおひと方からは「生き急いでるように見える」と・・・。そうですね、なにもかもできんし、いろいろ委ねて、ゆったりと進みたいもの。50を越えて徹夜して、タバコをプカプカ吸って資料を作りパワポを作り。いみじくも、その日の朝、カミサンに「死ぬで」と言われたところ。自分でも自覚はあり、たぶんやられるとしたら心筋梗塞やろな、と思っている。早く死んでは、そこで終わってしまい、長生きしてこそ、やりたいこともやり続けられるんだし。持続するようにしないといけませんね。でもまあ、ストレスかというとそうではあっても、こういう機会をいただくことで、いろんな勉強ができ、楽しくやってはいる。
◆すいません。木津の講演会だけで、長々と。が、あの最後のいただいた言葉は、ほんとにありがたいものでした。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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