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人を幸せにする人になろう

御勝山古墳

◆なかなか難しい。ちょこちょこ発掘され、略法というのがあるらしいが、図書館にはなかった。 また公園整備の関係の調査は、どうやら未報告らしい。その前に、いまの図と梅原図を重ねると、道路があわない?。梅原図の北は磁北なんだろうが・・・。また梅原図の昭和初年より、さらに墳丘は削られているようだ。後円部をそういう目で重ねると、前方部は真南でなく、振れをもつ。これまでは、なんとなく前方部はほぼ南という思い込みがある。そもそもが大坂夏の陣で後円部は改変されてしまい、また前方部は早くに削られ、学校になっていた。
◆造り出しがある。鰭付円筒が出ている。あんまり前方部を拡大できない。となると、まあ石塚山古墳になる。3段築成の下段は埋まっているので、地上に顕在化していたのは中段以上。石塚山は左右非対称なので、その推定下段径を中心においたものが破線。で、周濠の輪郭が黒。これも左右非対称にあわせた輪郭なので、左右対称位置に置いてやった。
◆いかがでしょうか。【追記】前方部側面の実線が秀忠時代の遺構ようなので、造り出しと直に結んだラインが側面とはいえないので、傾きを調整した。
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2022年11月13日(日)、四校交流会

◆奈良女・三重大・京都府大との、合同卒論発表会。今回はうち、大阪公立大学が会場でした。ずっと天気が良かったのに、天気予報通り10時から雨が来て、これが本降り。が、夕方までには止んだ。35名くらい集まったのかな。体調不良で報告者1名が来れなくなったが、3人が報告し、学生・院生らからの質問も活発で、いつものことながら、他大学の学生さんの研究の話が聞けて有意義でした。
◆ついでながら140周年記念展示室を見てもらいました。担当部署に、人数分、図録をくれといってもよかったかな、と思いつつ。熱心に見ていただきました。
◆スマホをもっているのだから、写真の1枚も撮っておくべきでしたね。懇親会は予定していたが、このところの明らかなコロナ増加傾向のため、直前で断念することに。お店には申し訳なかった・・・。
◆次回まわってくる時は、森ノ宮ですね!。

2022年11月12日(土曜日)

◆12月の中四国前方後円墳研究会(島根)の資料の締め切りを大幅に超過し、どんずまりまできた。切られてもやむをえない ところ、引っ張ってしまい、多大な迷惑をかけてしまった。なんとか出したものの・・・。

2022年11月6日、八木など

◆娘が帰ってきた。翌日曜日、職場に行き、次の研究発表の資料を作りたいのはヤマヤマだが、天 気もよく、出かける。車でなく歩こうと。
◆高井田から王寺に行き、西田原本まで。この線、河合大塚山の測量の時、泊りでない学生はここから歩いてやってきていた。こちらは西田原本線に乗ったことがなかった。そこから田原本の陣屋を下り、下ッ道を南下。寺川沿いで車も多く、歩くには適当でないが・・・。八木の辻。
◆そこから今井町。妹のところでコーヒーを飲もうとしたが、ライブコンサートをやっていた。
◆帰りはJRに乗ることにして、畝傍駅に戻るのをやめ、金橋駅まで横大路を歩く。無人駅。南に巨大イオンモールがあり、買い物をした若者が駅に多数いる。高田まで行き、近鉄大阪線に乗り換え、戻ってきました。仕事はまた明日から。

塚森古墳ほか

◆終了後、夕食をご一緒する懇親会の前に、宿禰塚古墳・塚森古墳・那波 野古墳を案内いただいた。
◆宿禰塚古墳はゴルフ場の所有地内にあるもので、造り出し付き円墳(左上)。須恵器が出土していて著名。1990年に業者が測量した50㎝コンタの図面が公開されている。このたび市指定にするのだそうです。測量の話も出て、考えてもいいかな、と。
◆次いで塚森古墳(右上)。帆立貝。5世紀後半として大型。しかし小方部は削られてない。都市計画図しかなく、ちゃんとした測量がこれまで行われていない。現状は写真の通りで、立木がいっさいない。また、ちょうど草刈りがなされ、墳丘が丸ごとよく見える。測るにはもってこいですね。いまならドローンなんでしょうが。
  ◆最後に那波野古墳(下)。墳丘は傷んでいるが残存部からすると円墳だそうです。確かに岩屋山段階に入っているのかなと。石材が、表面はともかく、上下面や側面など、四角く加工しているようであり、ブロック状の石材として積んでいるのがよくわかる。まだ墳丘も大きく、薄葬令の前なのだろうと・・・。そこは意見が一致しませんでしたが。さらに若狭野古墳という、さらにあとで、1枚石で組んだものがある。これもまた見に行きたいものです。

2022年11月5日、相生

◆甲崎古墳という前期前方後円墳が発見され、意見を求められたことがあり、講演を引き受けたも の。なんとか資料を木曜日に出し、金曜日、パワポを整え、当日も直前までキャプションとかを補訂し、なんとか90分しゃべりました。この図は、資料を送ったあとで作ったもので、完全ではないが、当日出したもの。尺度の切り替えはTK216だろうと思います。

行燈山型前方後円墳

◆相生で甲崎古墳というのが見つかりまして、5日に話をしないといけません。その甲崎古墳というのは行燈山型と考えられ、播磨のほかの事例などを配列した図を作ってみました。

播磨の前方後円墳

◆ちょっと規模について並べてみた。

記事№5700 野田院後円部

◆善通寺市野田院古墳の報告書を見ていると、板石を実に見事に後円部の円弧に沿ってならべてい る。これで尺度をやるべしと。で、やってみると、出入りはあるが、ほぼ15歩(ちょい+)。15歩でもいいのかなと円弧を置いてみた。

2022年10月29日、考古見学会2

◆茨木市立文化財資料館。なかなかよかった。第38回テーマ展は、いいものをひととおり並べるもので、考古資料もなかなかよい。銅鐸鋳型のホンモノ、安威の石釧や将軍山の埴輪、太田廃寺の瓦、茨木城の建具など。企画展の水カン、もよかった。
◆最後は、七尾瓦窯によってから吹田市博。常設展もいいし、神崎川展がよかったです(図録を買い損ねた)。神崎川展 はでかく、企画展示室だけでなく、常設展の一部も入れ替えているよう。パネルに通し番号があり、常設展の一画から始まり、後半は企画展示室に続く。
◆焼き物のところの窯跡も、5世紀からの窯構造の変化を示しているのですね。地域の祭礼なども取り上げてあり、吹田の特質をふまえた展示として、よく考えられていることに改めて気づく。17時になり、外へ出るともう暗いが、ピンク火山灰の露頭があるとの表示があり見に行く。岸部駅まで学生を送って、終了。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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