人を幸せにする人になろう

2021年3月19日(金)、社会復帰

◆社会復帰。会議ひとつ。あとはモロモロ片付け。そして夕方、ようやく、明日の写真撮影の準備 に取り掛かる。けっこう接合が取れてしまったものが多く、その接合をやった。そして場所の準備など。
【写真】こないだ東横インに泊まった時、朝、王寺駅を撮ったもの。

2021年3月18日(木)川合、最終日

◆参加。自分。山﨑・吉田・清原・金井、東・岡本、計7人。
◆自分の動き。前方部南東隅→前方部墳頂東→前方部西1→伐採。後円部は北西部の穴埋め→後端部の下段テラスの記入、西くびれ部。
◆まあ、全体を見渡しつつ、それぞれは独自でやっている。細かい注文はあれ、それぞれ独自に動ける、動いて、基本は任せられる、これが大事であり、そういうM2が2人いてくれたことに感謝である。200mの前方後円墳を測った、という経験が、これから先、何がしか活きるであろう。また学部生は、次は班長で仕切ることになる。
◆今日の成果そのものは、明日、職場にて図面を整理して公表します。伐採ができていないところは残ったが、これは致し方なし。また4月に何日か出撃し、終わらせてしまいたい。
◆無事、ケガなど無く終了でき、何より。気分よく、呑みに行きました。まあ、コアメンバー4人くらいで、10日でだいだい終わらせたのは、誇りに思っている。

2021年3月17日(水曜日)川合ラス2

◆参加。自分。山﨑・吉田・清原・岡本。2班。
◆後円部班。P1。(1)道より上の崖面を含めたコンタをいくつか。(2)あらゆる地形点をすべて記入し、フレームを作成。(3)道より下の崖および崖下平坦面をやっつける。(4)道沿いの25㎝コンタをすべてやっつける。(5)後円部東側の中段以下を伸ばせるだけ伸ばす。
◆P3に据え替え。(1)墳頂部の窪みおよび等高線を入れる。(2)斜道部の25㎝コンタをまわす。
◆明日のために新規杭に脚をセットし、ターゲットの脚も。17:30終了。

ユキヤナギ

◆職場の前の道路に植わっている。3月12日の写真です。
◆また、チャングムを見ている。

川合大塚山古墳の測量もあと2日

◆やはり前方部前面に接する西側面については、篠竹密生部があり、残りそうである。後円部はな んとかあと2日で、黄色はすべて埋めてやる。前方部もあと2日でなんとか。最終日の前方部に2班投入するなら、同じ部分の図をもう1枚作り、分担範囲を決めてやるしかないかな。
◆16日までの成果を更新しておきます。

2021年3月16日(火曜日)川合

◆参加。自分・山﨑・吉田・清原・山口・伊藤・東。
◆午前は、ある自治体の会議。後円部は吉田・山口・伊藤。斜道部。そのあとP1で東側から古墳に入った部分の改変部。
◆午後、東さんが来て、後円部へ。山口さんと前方部西2枚目。こないだまで上段斜面裾あたりまでいっていたのを、中段テラス・中段斜面・下段テラス・下段斜面を入れる。とはいえ、南半部は笹で測量できず、北半部のみ裾まで行きつく。16時以降は東さんと。
◆前方部東は、山﨑・清原に引き続きすべてを任せている。

2021年3月15日(月曜日)川合

◆参加。自分・山﨑・吉田・清原・伊藤。
◆後円部班に入る。P10に立て、サラ紙を基本的に終える。下段テラスの地形点記入と新規杭の打設だけ残る。明日はP3.そのあとP1。

2021年3月14日(日曜日)川合

◆参加。自分。山﨑・吉田・中谷・清原・金井、ゲスト木下の、7人。木下は後円部、中谷は前方部 西。
◆前方部西。(1)Pなんとかに据え、中段裾、下段テラス、下段斜面を入れる。下に降りるほど、南北両サイドは届かず、未測量部を残す。(2)Pなんとかに据え、前方部頂前端部を入れ、次いで新規杭(P20)を打設し、そこから前方部西側面を下げて行き、立ち木のため特定の範囲ではあるが、中段裾まで降りてきた。
◆後円部は3枚目の紙にかかる。

2021年3月12日(金曜日)川合

◆参加。山﨑・吉田・清原・伊藤・金井。
◆わたしは入試業務に従事。5人で午前中、頑張ってくれました。雨がやってきたので、午後はやめ、城古老人憩の家で16:30までトレース作業をしてくれたとのこと。

教授会資料(2)

◆で、標題の話。赴任した頃、教授会には100人くらいのメンバーがいました(いま65くらい?)。かつ、教授会は月2回。それなりの厚みの教授会資料が人数分、用意される。教授会が行われる週の事務の負担は大きかった。最初は取っておいても、そのうち、まあこれは、その都度、必要なところを抜き、あとは捨てるものとなる。確認したいときは、事務室の教授会資料ファイルを繰ればよい。
◆この頃の、いまもいるある教員の言葉を鮮明に覚えている。「壮大な時間の無駄」。半分事実だし、半分は違う・・・、とも。民主的な手続きを丁寧に、というのがあったんだと思う。とんがっている若手教員はコワイというのもあったんでしょうね。悪いことではないが、しかし過剰だったとう面は確かにあるんだろう。
◆変化。たぶん谷先生のときに、月1回となる。
◆変化。5年前くらい?、教授会資料がPDFとなる(審議事項は印刷)。会議の前にはダウンロードしておく。紙の時代、会議のための膨大な紙が消費され、捨てられていた。資料はなるべくコンパクトにとう要請もあった(事務の負担)。それが電子データになることは、いいことなんだろう。が、どんどんページ数が増えていくわけです。全学の会議、研究科内部の会議、それらを教授会報告するにあたって、それぞれの会議に配布された資料ぜんずを上げるようになる。結果、500頁とか、600頁とか。あほですね~。
◆会議はすべてA4で1枚。これでいきましょう。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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