人を幸せにする人になろう

もしかして前方後円墳?

◆地図を作っていると、段丘上にポコポコ高まりがある。住吉付近には、これらのいくつかが古墳 とみられていたことが地誌にある。で、杉本・山之内のところに、なにやら前方後円墳かもと思われる高まりがあるではないか!。気になる。

2021年7月17日(土曜日)、なぜだか住吉

◆いろいろあって、担当でない科目の外歩きにつきあうことになる。そうすると、まずマップを作 るところから始めてしまうのがサガ。で、作りました。
◆出番は最後。それまでの行程の部分でも、このマップを使ってくれるといいのだが・・・。よくできた図です。右側に昭和4年をもってきたので、この間の区画整理進行の様子も見ることができる。

古文書整理

◆7月7日(水)、日本経済史資料の点検確認、通し番号264~316まで。
◆7月14日(水)、朝から展示室に除湿器設置。そのあと、日本経済史資料の点検確認、通し番号317~358まで。
◆数日前、文学研究科プロジェクト研究が満額で採択されたとの連絡あり。まあ、もうやってはいるわけだが、これから本格稼働です。さて、定年までどこまでいけるか。

2021年7月13日(火曜日)、梅雨明けでしょうか

◆教員免許更新講習が廃止される。全国で費やされた膨大な労力・時間を、文科省よ、返してくれ。
◆原子力推進省である経産省は、原子力発電のコスト増、太陽光発電のコスト減で、原子力が高いことを、ようよう認めた。とはいえ、福島のみならず、いまある原発の廃炉費用、生み出した放射性廃棄物の未来永劫続く管理経費は、なお算入されてはいないのだろう。でも、将来のエネルギー構成の方針が、比較的最近出てませんでしたっけ。まともに先を予測せず、結論ありきで、御用学者に結論を出させたのは、ちゃんと見直すのだろうか。

ことのついでに

◆陵墓本とこの季刊考古学の間に、『考古学ジャーナル』が出た。これもまあ、制度化してないの で、コピーを送っていない。こうしてブログで公表する程度。そのなかで作った図を示しておきます。土師ニサンザイの年輪年代が困ったものだというもの。この年代観にもとづくNさんの被葬者論はこんなんになる、というのを示したものです。
◆Sさんから、昨年、この年輪年代データによって、あんたのは間違っているという指摘をもらっている。まあ、生きているうちに結果がわかるかどうかは???。
◆どうしたら決まるんですね。決まらないまでも、大成洞など、4世紀代の韓国の墳墓資料を整序して上限を、と前から思ってはいるが、できてません。津堂城山古墳の盛土の年代が光ルミネッセンスで決まらないかな~、と前からカミさんと話はしているのですが。
◆ひとつ告白。自分の被葬者論のなかで、ひとつ気になること。白鳥陵が軽墓とよばれているのがず~と気になってます。キナシカルノミコ、かもと。
◆さて、明日の授業の資料は印刷までしたので、8月の発表資料に取りかかろう。9日〆切を12日にのばしてもらったが、まだできていない・・・。

2021年7月12日(月)、梅雨明け間近

◆12時代、雷雨とともに大雨。今日は14時に病院で、12:45に職場を出ようとしていた。13時前、な んとか止んで、出かけました。結果、ピロリ0.0。完全にいなくなったよう。
◆さて、しばらく前に季刊考古学が10冊送られてきたので、各方面に送ったが、名前もなにも書いていなかったよう。科研のバイトの人にあて名書きしてもらったのだが。ちゃんと送付状を添えなあきませんが、このところやった記憶がない。書いたものを送るのが習慣化されておらず、その都度の適当でやってきて、昨年、著書を送ったのを機に、制度化せなな~、と思いつつ、以前のままです。今日、名なしですよとハガキをいただきました。ごめんなさい。

2021年7月6日(火)、蝉が鳴く

◆表題とは異なり7月10日(土曜日)。出勤し、今週のあと始末をしている。昨日、2つの編集委員会があり、その後始末をしていたら14時。そこから博物館実習の提出されたポスターについての返しをやってます。半分くらいまで来たが、これで17時前。あと3時間・・・。
◆あと2作品まで来た。現在、19:38。まあ、これで給料もらってるんで、せにゃならん。
◆終了!!!。20:06。8月の発表資料の作成は、今日も0でした。帰ろ。あはは。

日本近現代史の人は発言しないのか

◆夫婦同姓がいつ始まったのか、という指摘。19世紀末という。 こういうの、日本史の研究者は(うっ、自分も・・・)、なんで発言しないんですかね。当たり前だ、と思ってても、世間の人は知らない。

2021年7月4日(日)御坊・湯浅

◆海岸沿いの道に沿って北上する。栖原(たぶん前に塚田先生に聞いていたところ)。蓑田薬師の 看板。有田川下流に入る。川を越え箕島に。オークワで買い物をする。その近くに箕島高校があったので、写真を撮る。
◆そこからも海沿い、鉄道にそって北上。初島→下津、冷水(しみず)浦。そして海南市の大野。ここは広に移る前の守護所があったとされる場所。
◆海南東ICから帰る。帰宅したのは18時頃だったか。大島さんから宅配便が届く。ライフに買い物に行き、オリオンビールを飲んで早々に寝る。

2021年7月4日(日)御坊・湯浅

◆橋を越え湯浅に。埋め立て前の海沿いの南北道路から、山田川に沿う東西道路を東に進むと、観光駐車場 があった。そこから西端の角長までが町屋がよく残るメインの観光地のよう。
◆前に研究室で来たときは、かなり町をあるきまわり写真を撮った記憶がある。伝建になって間のない頃で、町の担当者に最初全体説明をしていただき、これからやってかなあかん、みたいな話をされていたように記憶する。
◆角長の醤油屋はひととおり前も見学したが、それを再度トレースした。銭湯を公開施設にしているところは、前は見てないかもしれません。これはこれで面白い。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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