人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2021年7月4日(日)御坊・湯浅
◆湯浅の再訪も目的だったが、いちばん行きたかったのが、湯浅の広川をはさんだ南にある広(広川町)。戦国期畠山の守護所だとされているところ。広は、一方で、南海トラフ地震による津波被害と、高い側への避難を誘導し被害を抑えた稲村の火、またそのあと海浜堤防の築堤に尽力した、濱口悟稜で著名なのだそうな。
◆湯浅にむかって右にカーブするところを直進したら、そのまま広に達する。途中、濱口悟稜の屋敷を転用した稲村の火の館があったが入らず(入ればよかった)。その横の観光案内所には立ち寄る。で、そのまま西に進むと守護所時代にさかのぼると思われる浜沿いの街区に入る。うろうろしていると、一旦浜まで出てしまい、北上し、東に折れて南に折り返す。養源寺(ここが守護所跡らしい)からまち並みを進む。
◆海沿いの海浜堤防が国史跡になっているんですね。それと日本遺産。写真がない・・・。
◆湯浅にむかって右にカーブするところを直進したら、そのまま広に達する。途中、濱口悟稜の屋敷を転用した稲村の火の館があったが入らず(入ればよかった)。その横の観光案内所には立ち寄る。で、そのまま西に進むと守護所時代にさかのぼると思われる浜沿いの街区に入る。うろうろしていると、一旦浜まで出てしまい、北上し、東に折れて南に折り返す。養源寺(ここが守護所跡らしい)からまち並みを進む。
◆海沿いの海浜堤防が国史跡になっているんですね。それと日本遺産。写真がない・・・。
2021年7月4日(日)御坊・湯浅
◆朝9:00過ぎに出る。ガソリン少ない。南阪奈に羽曳野ICから乗ることにし、外環でガソリン入れ、高速道路で御坊に向かう(みなべも 視野に入れていたが)。1日に院生の発表で守護所の話を聞いたので、見に行きたいと思ったもの。
◆御坊ICで下りる。まずは歴史民俗資料館に向かう。日高川南岸。まったくちゃんとした展示施設でした。橋本市の展示がやや悲しい。町はずれの丘陵地のスポーツ施設の一画にある。まとまった面積の必要なスポーツ施設は町では土地の確保が難しく、離れたところに土地を求めないといけないのだろうが、歴史民俗資料館は町中に移してほしい。
◆堅田遺跡の資料などを、ここで見ることができます。役所にいた時に調査があって、御坊に来たことがある。が現場は終わっていたのか、現場はなく、屋内での協議でした。
2021年6月30日、古文書整理
◆日本経済史資料の点検確認、通し番号211~263まで。
◆今日は7月3日(土曜日)、朝からいま17:30までかかって今週分の雑用を処理した。9日〆切の発表資料を作成するつもりだったが、ああ、これはどうなるのだろうか。
◆今日は7月3日(土曜日)、朝からいま17:30までかかって今週分の雑用を処理した。9日〆切の発表資料を作成するつもりだったが、ああ、これはどうなるのだろうか。
あと2つ新聞記事を
風俗業を認めない
◆それとは別に、この6月1日の記事。まっとうですね。売買春禁止の厳格化と、売春する側を罪に問わず、更生させる仕組みを充実すべしという意見。むろん買春側は罰せられる。それでよい。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。