人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2024年3月30日 ソウル
◆昨日のことですね。朝は7:10集合。シンギル駅から地下鉄で、漢城百済駅まで行く。地下鉄で隣にすわったおじさんと英語で会話(悲しいが)。日本人とみて、こないだ?、ツアーで下関・広島・広島に行ったというから、こっちは大阪からだと言い、5日目で今日帰るのだと。漢城百済駅に行く方法を、間違わないよう熱心に話してくれる。ソウルの地下鉄は、各停と快速(急行)があって、石村で快速を降りて各停で漢城百済が順当なのだだが、オリンピック公園駅まで行ってひとつ戻るかと思っていたが、とにかく総合運動場で下りろと指示され、言われたようにするつもりはなかったのだが、3人が下りてしまい、ひとりはドアにはさまれる。3人と3人になり、わたしは下りるつもりがなかったので残った3人側。で、次の快速停車駅で下り、オリンピック公園駅と思ったが石村駅だった。地下鉄だが確定と快速があるので、時間調整などで止まっている時間などがあり、もどかしい。ラインで漢城百済で集合としていたが、まあ結局、各停に乗ろうとすると、下りた3人が乗っていたので再び合流。
◆8:30くらいに漢城百済博に行くが開館が9時なので、夢村土城をざっと見る(1周する時間はなく、風納土城も、石村洞古墳群も省略、中央博の時間を2時間程度は取る)。
◆新しくできた漢城百済博に行く。入口を入ると風納土城の剥ぎ取りが出迎えてくれる。TK23の須恵器というのは、並んでいたのでしょうか。探してみたんですけど。
◆地下鉄でイチョンに行き中央博。集合を13時として自由行動。こちらは何度か来ているので、3階からざっと見回り、1階を見て回るとちょうどくらい。彼らは通史的展示の1階を重点的に見て時間となったようです。
◆ソウル駅から空港線に乗ろうとするが、これまた直通は指定で満席、一般となる。まあ16:55発にはちょうどくらいでした。こっちは預ける荷物なしで来ているので、学生ら4人が荷物が出てくるのを待っているところで、あとは無事帰り着くよう言い、先に離脱する。これが19:30くらいのよう。みな無事に家にたどり着いたようです。
◆8:30くらいに漢城百済博に行くが開館が9時なので、夢村土城をざっと見る(1周する時間はなく、風納土城も、石村洞古墳群も省略、中央博の時間を2時間程度は取る)。
◆新しくできた漢城百済博に行く。入口を入ると風納土城の剥ぎ取りが出迎えてくれる。TK23の須恵器というのは、並んでいたのでしょうか。探してみたんですけど。
◆地下鉄でイチョンに行き中央博。集合を13時として自由行動。こちらは何度か来ているので、3階からざっと見回り、1階を見て回るとちょうどくらい。彼らは通史的展示の1階を重点的に見て時間となったようです。
◆ソウル駅から空港線に乗ろうとするが、これまた直通は指定で満席、一般となる。まあ16:55発にはちょうどくらいでした。こっちは預ける荷物なしで来ているので、学生ら4人が荷物が出てくるのを待っているところで、あとは無事帰り着くよう言い、先に離脱する。これが19:30くらいのよう。みな無事に家にたどり着いたようです。
2024年3月29日 公州
◆テジョンのホテル7:40出発。バス停に向かう。7:53、102番でバスターミナルに向かう。昨日とはまた違うターミナル。昨日は昔からの古いターミナルだったが、こっちは路線多く、電光掲示板が壁一面に設置された最先端のターミナルでした。あとから考えると、鉄道でユソンまで行くべきでした。8:55発のバス。公州まで5600ウォン。
◆9:05着。コンサンソンの入口手前でバスを降りる。まあ1周してみようかと、基本的に城壁沿いを反時計回りにまわる。史跡整備が進み、発掘調査のトレンチもいくつもあり、うちひとつでは内部の城壁の石積みを掘っているところでした。屋外だが、屋根をかけた四阿で画像を流しているところもあった。錦江に面した側にまわると、さすがに眺めがよい。ただし、途中、晴れ間も差していたが、城壁をまわっているころは雲が薄暗く立ち込め、ぽつりぽつりと雨粒も。
◆コンサンソンを出たところで、交差点向いのカフェに入り、栗饅頭を食べる(公州は栗が名産なんだとか)。さらに隣の店で栗ケーキを買い、タクシーで国立博物館へ。いうまでもなく武寧王陵の出土品が目玉。木棺が組み上げられていました。これはすごいですね。密封状態なら、木棺そのものの部材もけっこう遺存するのだ。国立博物館のリニューアルをぜんぶ調べてみる必要がありますね。
◆そこから山越え。国立博物館は丘陵地の北側、宋山里古墳群は南斜面。新しく、なんとかという展示館もできているが、まずは古墳群手前の武寧王陵展示館を見て、これは確かにあったなと思い出した。上に少しあがって武寧王陵の入口を見る。ひきかえし、新しい展示館を見る。駐車場があり、観光案内所があり、そこの女性がすごく親切で、荷物を置かせてもらい、さらにタクシーも呼んでもらった。タクシーで錦江を渡ったむこう側のバスターミナルに向かう。
◆15時にタクシーを呼び、予定通りバスターミナルに行く。が、ソウル便は売り切れ。1時間半くらいあとだが、グレードの高いバスにする。待ち時間の間に軽く食事(アルコールは販売していませんでした)。
◆金曜日の夕刻、ソウルに向かう高速道路は渋滞していて、着は1時間程度遅くなった。バスから外を眺めると、黄砂で空気が黄色がかっていて、夕日もかすんでいた。
◆ソウルの高速バスターミナル駅から、地下鉄を乗り継いで、ホテルに行く。その後は自由行動とする。女性人はコスメやら小物の店やら、お土産物やら、そこはソウルで夜遅くまで店が開いていたらしく、けっこう買い物を楽しんだよう。われわれはコンビニでビールとつまみを買い、部屋で軽く飲んで寝ました。
【追記】この日はカメラをフル充電したつもりが充電されておらず、スマホになりました。スマホ画像を移すのがこないだ失敗したので怖いので、まだやっていない。また後にします。
◆9:05着。コンサンソンの入口手前でバスを降りる。まあ1周してみようかと、基本的に城壁沿いを反時計回りにまわる。史跡整備が進み、発掘調査のトレンチもいくつもあり、うちひとつでは内部の城壁の石積みを掘っているところでした。屋外だが、屋根をかけた四阿で画像を流しているところもあった。錦江に面した側にまわると、さすがに眺めがよい。ただし、途中、晴れ間も差していたが、城壁をまわっているころは雲が薄暗く立ち込め、ぽつりぽつりと雨粒も。
◆コンサンソンを出たところで、交差点向いのカフェに入り、栗饅頭を食べる(公州は栗が名産なんだとか)。さらに隣の店で栗ケーキを買い、タクシーで国立博物館へ。いうまでもなく武寧王陵の出土品が目玉。木棺が組み上げられていました。これはすごいですね。密封状態なら、木棺そのものの部材もけっこう遺存するのだ。国立博物館のリニューアルをぜんぶ調べてみる必要がありますね。
◆そこから山越え。国立博物館は丘陵地の北側、宋山里古墳群は南斜面。新しく、なんとかという展示館もできているが、まずは古墳群手前の武寧王陵展示館を見て、これは確かにあったなと思い出した。上に少しあがって武寧王陵の入口を見る。ひきかえし、新しい展示館を見る。駐車場があり、観光案内所があり、そこの女性がすごく親切で、荷物を置かせてもらい、さらにタクシーも呼んでもらった。タクシーで錦江を渡ったむこう側のバスターミナルに向かう。
◆15時にタクシーを呼び、予定通りバスターミナルに行く。が、ソウル便は売り切れ。1時間半くらいあとだが、グレードの高いバスにする。待ち時間の間に軽く食事(アルコールは販売していませんでした)。
◆金曜日の夕刻、ソウルに向かう高速道路は渋滞していて、着は1時間程度遅くなった。バスから外を眺めると、黄砂で空気が黄色がかっていて、夕日もかすんでいた。
◆ソウルの高速バスターミナル駅から、地下鉄を乗り継いで、ホテルに行く。その後は自由行動とする。女性人はコスメやら小物の店やら、お土産物やら、そこはソウルで夜遅くまで店が開いていたらしく、けっこう買い物を楽しんだよう。われわれはコンビニでビールとつまみを買い、部屋で軽く飲んで寝ました。
【追記】この日はカメラをフル充電したつもりが充電されておらず、スマホになりました。スマホ画像を移すのがこないだ失敗したので怖いので、まだやっていない。また後にします。
2024年3月28日 扶余3
◆官庁ばかりというわけでなく、けっこう店はある。店を探してうろうろするのもしんどいので、隣のビルの地下に入る。なかなかいい店でした。楽しく食事。今日はマッコリ。
◆毎日の工程や、バス停やその時間など、すべて学生がセットしてくれる。前もって調べたこと、プラス、いまはスマホがあるので、その都度、調べてくれる。かつては、なかなか市内の路線バスなど乗れなかったが、いまは平気のようです。こっちは、状況に応じた変更等について相談しながら意見をいうが、基本的には学生らが考えた通り動くのみ。今回の韓国行きは昨年10月には決めた。おおまかな日程を決め、年内には飛行機を取り、年明けにはホテルを取る。学生らは分担して行程と行先の概要を調べたようである。
◆毎日の工程や、バス停やその時間など、すべて学生がセットしてくれる。前もって調べたこと、プラス、いまはスマホがあるので、その都度、調べてくれる。かつては、なかなか市内の路線バスなど乗れなかったが、いまは平気のようです。こっちは、状況に応じた変更等について相談しながら意見をいうが、基本的には学生らが考えた通り動くのみ。今回の韓国行きは昨年10月には決めた。おおまかな日程を決め、年内には飛行機を取り、年明けにはホテルを取る。学生らは分担して行程と行先の概要を調べたようである。
2024年3月27日 慶州8
◆慶州観光としては仏国寺と石窟庵もあるが、そこは時間次第と思っていた。無理に行くことはなく、市街地で十分見て回るところがあるので。仏国寺や石窟庵から戻る最終バスとかも調べてくれていたが、行かないことにする。で、皇龍寺だけは行こうと提案。おそるべき9重塔がここには立っていた。新羅の威信をかけた巨大寺院である(真興王14年(553)に造立が始まり、善徳王13年(644)に完成した。高麗朝にも隆盛を維持したが、1238年に蒙古軍の兵火によって焼失)。
◆遺跡地の一画に、ごっつい皇龍寺歴史文化館ができあがっていました。このシアター映像はなかなかのもんですよ。なんていうのですか、ステレオ動画で、眼鏡を借りて見る。モンゴル軍が侵攻して焼け落ちたのが1200年代のこと。遺跡は再整備公開の準備をしているのか、入れないようになっているよう。この文化館の2階から基壇を眺めた。
◆今日はここまで。朝からけっこう歩きました。バスに乗って市場に行き、屋台で楽しく各自欲しいものを頼んで食べる。コインロッカーに戻り荷物を出し、バスに乗ってホテルへ。
◆遺跡地の一画に、ごっつい皇龍寺歴史文化館ができあがっていました。このシアター映像はなかなかのもんですよ。なんていうのですか、ステレオ動画で、眼鏡を借りて見る。モンゴル軍が侵攻して焼け落ちたのが1200年代のこと。遺跡は再整備公開の準備をしているのか、入れないようになっているよう。この文化館の2階から基壇を眺めた。
◆今日はここまで。朝からけっこう歩きました。バスに乗って市場に行き、屋台で楽しく各自欲しいものを頼んで食べる。コインロッカーに戻り荷物を出し、バスに乗ってホテルへ。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。