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2026年8月12日(水)川西町下小松古墳群

◆朝はゆっくりめ。家の横を「米坂線」が通っている。
◆川西町の交流館に行く。なんでも元中学校だが、15年ほどしか使わなかったらしい。それを町の文化センターとして使っている。スマホを持ち出さなかったので、残念ながら内部の写真がない。下小松古墳群の資料を見に行く。丘陵上の古墳群とは別に、平地に天神森古墳という前期古墳があることを知る。75.5mの前方後方墳で、二重口縁の壺形土器が出土している。これ、国史跡にすべきではないだろうか。神社があり、開墾などで傷んでいるということなのだが、国史跡となっている下小松古墳群とあわせて、なんとかならんのだろうか。
◆学芸員さんが、丁寧に説明してくださり、会話も弾む。古代の郡衙跡も見つかっており、9世紀の木簡が出ている遺跡もある。
◆1階には川西出身の人物の展示もあり、井上ひさしもその1人である。

8月11日の夕刻、米沢に入る

◆写真は17:40、米沢駅。雨である。この日は、カミサンの友人である「マタギのおばさん」宅に泊まる。この人、本物のマタギ、である。大阪のオバチャンで、一流会社の研究員を退職後、1人米沢に移り住み、免許を取り、銃を買い、マタギのオッサンたちと、熊や鹿・イノシシを撃っている。
◆豊中に家はあるが、子供も独立し、山形に移り、家も購入し、薪ストーブをデンと据えている。山形は雪は降らないが、米沢はどっさり雪が積もるのだとか。まず家は、床を高くする。国道・県道は除雪が行き届くので、家の価格も国道・県道に近いと高い。市道の除雪の行き届き度の説明は忘れたが、私道を自分で除雪するのは難しい。除雪された国道・県道から遠いと、冬は閉じ込められる。なので、家屋の価格が異なるという。また、国道や県道に直接面しているのもダメ。除雪により路面はきれいになるが、取り除いた雪が両側に壁となって立ちふさがるから。国道や県道から少し入ったところがいい、そうだ。
◆午前1時くらいまで話をする。カミサンは途中で寝てしまい、2時間ほどは、相対で話をしていた。前に一度大阪で飲んでいるのだが、不思議な感じである。とにかく、マタギは逞しく、まあスーパーな人である。なにせ、山で獣を集団で追い込む体力がないと務まらない。
◆仕留めると、現地で解体する。2時間とか、かけて解体し、皮をはぎ、肉を取り、その思い荷を背負って下山しないといけない。食育の話にもなる。

山形城、霞城とも

◆本丸の現状は写真の通り。雨がけっこう降っており、足をのばさなかった。いま整備中で、入口付近は整備されているが、中の空間は人を入れていないようである。城内にあった公共施設を外に出しているのかもしれませんね。ようやく城跡として整備する環境が整い、調査をしつつ、公園整備の計画を立てているところ、なのかもしれません。
◆山形藩AI:「山形藩は、江戸時代に出羽国村山郡の山形城を本拠地とした藩です。初代・最上義光が57万石の大大名として立藩しましたが、のちにお家騒動で改易され、鳥居家・保科家・松平家・堀田家・秋元家・水野家など、譜代大名や親藩が目まぐるしく入れ替わりました。歴史と特徴 最上氏の繁栄:関ヶ原の戦いで東軍についた最上義光が、出羽国内に57万石の領地を得て最盛期を築きました。度重なる国替え:最上氏が改易された後は、重要拠点として譜代大名が頻繁に配置され、石高も次第に減封されていきました。幕末の動向:幕末期には譜代の水野家が治めていましたが、奥羽越列藩同盟に参加するなど激動の時代を迎えました。
◆ここで16時。そのあと、紅の蔵というところに行ってみたが、紅花を学べる施設ではなく、飲食店やら物販などの施設で、早々に引き上げる(16:27)。まち歩きとしては、七日町御殿堰など旧道沿いを歩こうと思っていたのだが、雨なので米沢に向かう。

山形市の郷土館

◆県博の隣は山形市の郷土館。旧済生会本館という。
◆AI:「山形市にある「旧済生館本館(三層楼)」は、明治11年(1878年)に建てられた国指定重要文化財の擬洋風病院建築です。現在は霞城公園内で「山形市郷土館」として一般公開されており、入館料は無料です。建築と歴史の特徴 三層楼の構造: 正面の中央塔屋が三層、全体として4階層のユニークな擬洋風建築で、親しみを込めて「三層楼」と呼ばれます。円形病室: 背面には中庭を囲む14角形の回廊と放射状の病室が配置されています。医学の歴史: 東北地 方でいち早く西洋医学を取り入れた病院兼医学校として発足しました。
◆ほんもののが並んでおり、貴重な資料があるのだが、展示がやや古く更新されておらず、保存上も問題があるように思われる。

県博の企画展:土木インフラストラクチャー

◆なかなかに面白い。が、もうひとこえ、スッキリした展示にできるのではないか。自然史系・人文系が協力してやっていることがよくわかるのだが。盛り込んだものがそのままで、相互に展示設計に対し意見を出しあって、よりいいものにする工夫がほしい。

大石田の模型

◆前に書いた大石田の川港の様子です。

山形盆地の条里

◆山形県内は、圃場整備がなされ、旧の地割がほとんど残っていないようである。そのなかで山形盆地の古い空中写真があり、条里地割の説明があった。さて、この地割、いつのものなんでしょうかね。

山形県博

◆山形盆地の古墳として、中期末の大之越古墳の副葬品 が展示されていました。それとは別に古墳時代前期の土器がある。古墳時代前期の倭王権の波及(ローマ)、それと古墳築造はイコールではないわけだ。

最上義光像

◆この3月に卒業した学生が3回生の時、演習で山形の戦国期の ことを報告し、いろいろと学んだ(ほぼ覚えてないが)。最上氏は山形を本拠とし、義光は、南の米沢の伊達、北方の有力者との間の勢力争いで勝ち抜け、関ヶ原のあと、57万石の大大名になったのだそうです。

山形城

◆城に行き、山形市の駐車場に行き、そこから城に入る。県博には県博の駐車場もありました。本丸中心部は整備中のようです。立派な城ですね。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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