人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2026年6月28日大歴大会考古部会
【大阪歴史学会大会(考古部会)】
開催日:2026年6月28日(日)
会 場:関西学院大学西宮上ヶ原キャンパス B号館203教室(考古部会)
アクセス:阪急電車今津線甲東園駅または仁川駅下車 徒歩12分/甲東園駅下車 バス約5分/JR西宮駅下車 バス約18分
プログラム:
13:30~14:30 部会報告
金井千紘氏「古墳時代中期における生駒山西麓地域の土師器の生産体制と地域間関係」
14:40~15:40 部会報告
笹栗拓氏「近畿中央部における古墳時代中期の地域開発集団―摂津東部・安威川流域の分析から―」
16:00~17:00 ミニシンポジウム(司会:廣瀬覚氏)
金井千紘氏「古墳時代中期における生駒山西麓地域の土師器の生産体制と地域間関係」
14:40~15:40 部会報告
笹栗拓氏「近畿中央部における古墳時代中期の地域開発集団―摂津東部・安威川流域の分析から―」
16:00~17:00 ミニシンポジウム(司会:廣瀬覚氏)
2026年6月4日(木)
◆昨日、車で行き、でかいホワイトボードを職場にもっていく。1164部屋に設置する予定。相模原の公団住宅に導入して、もう20年くらいになるか。子供らが絵など、いろんなものをこれに書き込んでいたのは、なつかしい。いまの家にあるには大きすぎ、森之宮の学生部屋が、杉本時代のようにあまり寄りついてくれないことが問題となっており、ホワイトボードをという話が出た時に、家にあるのを提供しますと申し出た。
◆昨日は、8時から0時まで16時間仕事をしました。いまは20:20に出て森之宮20:39の環状線に乗ることがほとんどで、よく働きました。久津川の仕事をやってました。
◆今日4日は、そうはいかないので、明日の大阪歴文研究会の仕事に邁進したいと思います。
◆昨日は、8時から0時まで16時間仕事をしました。いまは20:20に出て森之宮20:39の環状線に乗ることがほとんどで、よく働きました。久津川の仕事をやってました。
◆今日4日は、そうはいかないので、明日の大阪歴文研究会の仕事に邁進したいと思います。
下太田廃寺の瓦調査
◆姫路の下太田廃寺の瓦。所蔵者の大塚さんのもとに2度ほど訪れたような気がするが、もはや記憶は定かでない。その大塚さんからいただいた手紙が出てきた。兵庫県の古瓦の本を見ることで、大塚さんの名前を知ることができたと思う。また、武藤誠先生にも教えてもらったような。
◆まず1通目。年不詳2月に資料調査をお願いし、17日に訪れる約束をし、その時に拓本用紙を余分にもってきてもらえないかという依頼の手紙である。何年のことだろう。機会とすれば、1990年度の兵庫県史の時くらいしか思い浮かばない。が、県史の仕事以外で最初に行ったのかもしれない。この手紙、1枚目が欠落。
◆もう1通は、1991年の11月の手紙である。わたしが、いい資料なので、まとめてほしいとお願いしたようである。1年かかって原稿を書き、300部刷って関係者に配布したとある。その私家版をいただき、それに添えられていた手紙だろう。この本はどこにあるのかな。ナブンケンの図書室かな。
◆まず1通目。年不詳2月に資料調査をお願いし、17日に訪れる約束をし、その時に拓本用紙を余分にもってきてもらえないかという依頼の手紙である。何年のことだろう。機会とすれば、1990年度の兵庫県史の時くらいしか思い浮かばない。が、県史の仕事以外で最初に行ったのかもしれない。この手紙、1枚目が欠落。
◆もう1通は、1991年の11月の手紙である。わたしが、いい資料なので、まとめてほしいとお願いしたようである。1年かかって原稿を書き、300部刷って関係者に配布したとある。その私家版をいただき、それに添えられていた手紙だろう。この本はどこにあるのかな。ナブンケンの図書室かな。
城崎・小見塚
◆兵庫県の1925年梅原報告のコピーが出てきたので、スキャンして紙を捨
てる。1986.8.8というスタンプを奥付の頁に打ってますね。卒論時である。三角縁を出土した古墳の基本報告を、可能な限りコピーを取っていた。この時の文献コピーは、まだほとんど残っているはずだが、スキャンするのもメンドウだ。ぼちぼちと。
◆番号を振り、2色鉛筆で線を引き、まじめに読んでいる。われわれ世代は、とにかくコピーし、読んで、線を引いて、頭に入れていた。全国の、三角縁神獣鏡を出土した前期古墳のことを、こうして学んだわけだ。20代前半でやったことは、けっこう覚えているもんです。
◆のち兵庫県史で東博に鏡の写真を撮りに行き、地元に残る鏡片を撮り、画像上で欠落部分を合成して図版写真にしたと思う。
◆番号を振り、2色鉛筆で線を引き、まじめに読んでいる。われわれ世代は、とにかくコピーし、読んで、線を引いて、頭に入れていた。全国の、三角縁神獣鏡を出土した前期古墳のことを、こうして学んだわけだ。20代前半でやったことは、けっこう覚えているもんです。
◆のち兵庫県史で東博に鏡の写真を撮りに行き、地元に残る鏡片を撮り、画像上で欠落部分を合成して図版写真にしたと思う。
焼山古墳群
◆少しずつモノを捨てている。終活です。小野市史の時の資料の一束が出
てきた。まず瓦の封筒があり、小野市域の河合廃寺をはじめとする古代寺院の瓦について、拓本と断面図を作ってますね。そのコピーがある。原本は市史に渡しているんだろう。
◆それと焼山の資料がある。昭和32年に開拓が始まって、古墳群が壊されていった。6群あったそうで、保存協議の上、1群を残し、その段階で壊されずに残っていたものは記録保存の発掘調査を実施することになる。これが1958S33年。田中琢さんがナブンケンに入る前ということか。小野市史編纂の時、O川さんが須恵器をすべて実測してくれた。この遺構図のトレースも彼女だろうか。もう記憶が定かではない。
◆それと焼山の資料がある。昭和32年に開拓が始まって、古墳群が壊されていった。6群あったそうで、保存協議の上、1群を残し、その段階で壊されずに残っていたものは記録保存の発掘調査を実施することになる。これが1958S33年。田中琢さんがナブンケンに入る前ということか。小野市史編纂の時、O川さんが須恵器をすべて実測してくれた。この遺構図のトレースも彼女だろうか。もう記憶が定かではない。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。