人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
季刊邪馬台国
◆いろんなことがドン詰まりになっています。
◆メールを処理するのが仕事みたいなの、いやですね~。
科学技術の軍事利用
◆本音が出てきましたね。軍事開発をやれと。憲法違反ですな。国際紛争を解決する手段として戦争を永遠に放棄する、と日本は宣言したわけだ。武器はいらん。
◆見直しが必要なのは国会議員とか内閣の方。代議員制の適切な議員定員はどのくらいなのか、民意を反映する選挙制度はどう改良すべきか、など、考え続け、提言したことがあるのか。それこそ既得権益を汲々と守るわけだ。
◆見直しが必要なのは国会議員とか内閣の方。代議員制の適切な議員定員はどのくらいなのか、民意を反映する選挙制度はどう改良すべきか、など、考え続け、提言したことがあるのか。それこそ既得権益を汲々と守るわけだ。
森ノ宮キャンパス
◆2025年、文学部は森ノ宮に移る。61歳ですな、ははは。28年の定年退職まで4年を森ノ宮で過ごすことになる。で、この間、設計案が示され、修正が重ねられてきた。教員部屋や日本史の学生・院生関係の部分とは別に、考古学実習室に加え、博物館担当なので(いつまでやるんですかね、定年まで?)博物館実習室という、やや特別な部屋の責任を負っている。使うことになるのは後任なので、使いやすい部屋を作っておく必要がある。いまは配置と面積くらいだが、部局の理解もあり、おおむね要望に沿った修正をしていただいている。
◆考古学のスペースは、後発ゆえ、必要なスペースを、その都度、文学部棟の空きのところで確保してきたが、3か所ばらばらだった。それを統合したものとしていただいた。
◆考古学のスペースは、後発ゆえ、必要なスペースを、その都度、文学部棟の空きのところで確保してきたが、3か所ばらばらだった。それを統合したものとしていただいた。
2020年11月8日、有松
◆11月7日(土曜日)、18:45に職場を出て、長居で御堂筋線に乗り換え、新大阪に向かう。早く着いたのでドトールで待ち合わせ。20:09のぞみにする(26番線)。
◆1時間で名古屋着。在来線で金山へ。21:30にはホテルに入り、外に呑みに行く。素材屋。日本酒、手羽先、みそ串カツ、サンマの刺身など。
◆テレビのリモコンなし。黒木瞳は久留米か。翌日未明?、ペンシルバニアなどでバイデンが勝ち、大統領にというニュースとなる。
◆11月8日(日)。8時にホテルを出て、北口側のカフェ・ド・クリエでモーニング。名鉄で有松に向かう。8:41の準急で、9時前には着く。駅のコインロッカーにカバンを入れ、カメラだけもって歩き始める。鉄道と平行して走る東海道筋の町。地勢はわからんが、東方の山地側の高台、海沿いの西側も高まっていて、この間が地溝帯のように細く窪んでいて、扇川が流れている。この川はどっちに流れているのだろうか。そこを旧東海道は通っている。
◆旧東海道を南北の新道が分断していて、街並みが東西に分かれている。まず東側へ進むが、まだ店などは開いていないので、桶狭間に向かう。2kmくらいで古戦場公園に着く。途中、大学があり今日はオープンキャンパスのよう。そのあたりが、信長軍が雨の間、今川勢に接近して待機していた場所なのだという。古戦場公園は、公園内で、清州城など、桶狭間にかかわる地点が配置され、ARで戦いの様子を見れるようだが、そこまではぜすに引き揚げ。
◆戻ると、絞りの店なども開けつつある。有松は、東海道53次の池鯉鮒(ちりゅう)宿と宮宿(熱田神宮)の間に作られた町だそうである。米軍捕虜収容所が近くにあったらしく、空襲されなかったとの説明を聞く。有松には3町あり、ある山車小屋の展示室に入る。そのうちのひとつ(いやこれは1世代前の現役でない文化財指定された布袋山車)。そこで絞りの映像を見る。糸を巻く技法(「やたら三浦」「匹田三浦」)、針を入れて絞るものなど。
◆そのあと、有松・鳴海会館という絞り普及のための会館。2階は300円有料。マスクとてぬぐいを買う。作務衣買わず。そのあともいろいろ絞り屋を見つつ、昼飯。「やまと」一期一会。2階。町屋は名古屋近郊で住んでいる人が多く、空き家は少なく、続けているところは絞りを作っている。棚橋というところに展示あり(アフリカ輸出)。中濱屋に入り、昔ながらのやりかたを守っている話を聞く。いまは絞るのは海外で、染めるのが有松で、それを有松絞としているものが多いようで、それへの違和感と、自分らは自分たちで絞ることにこだわってやっているとの話を聞く。お値段がぜんぜん違います。
◆西側に進む。薬屋になっていたところがガイダンス施設。解説ボランティアさんの基地。話を聞いていると、案内をしてくれることに。壊されようとした1軒は、デイサービスとして残された、と。伝建になったのがH28というから2016、比較的新しい。西端に近い〓家住宅が住む人がなくなったものを名古屋市が引き取り、公開している。が、譲り受けたまま荒れていて、入り口付近のみで、座敷には上がれない。公開施設として修理するには多大な経費がかかるのであろう。コーヒーを呑む。
◆有松美術館めぐり?と銘打ち、期間限定の公開をやっていて、「笹加」屋に入る。江戸末期のものなど、この店に残っている古い仕立てられた着物が掛けてある。ず~と解説してくれる。普段は、物販をやっているところだけなのだが、特別公開で脇の入り口を入り、展示を見て、物販のところまで建物内を進む。反物のまま並べてあるところでは、実物を示しながら説明を聞く。途中で母親も顔を出す。手ぬぐいなどを購入して出る。
◆鳴海宿に向かう。途中、左京山。道路が鍵の手になっているところの手前に、ごっつい屋敷がある。緑区生涯学習センターに入ると、明治30年くらいの写真が展示してあった。屋敷が2軒相対していたとか。そのうちのひとつが千代倉という富豪の屋敷だった(今はない)。鍵の手の角に、菊屋茂富という和菓子屋があり、購入。生涯学習センターはその先。
◆鳴海駅から名鉄で有松駅に引き返す。鳴海駅のエキナカのスーパーに立ち寄り、八丁味噌、ふ、みそ煮込みうどん、などを買う。
◆有松でコインロッカーから荷物を取り、名古屋駅へ。近鉄切符売り場に到達したのは16:05くらい。17時の「ひのとり」にする。飲み屋に向かう。刺身、クルマエビ、大あさり。金シャチ(名古屋の地ビール)はなく、三重の地ビール。近鉄の乗り場で缶チューハイと手羽先を買い、17:00発、18:37八木着。目の前に急行。国分19:00前?。
◆1時間で名古屋着。在来線で金山へ。21:30にはホテルに入り、外に呑みに行く。素材屋。日本酒、手羽先、みそ串カツ、サンマの刺身など。
◆テレビのリモコンなし。黒木瞳は久留米か。翌日未明?、ペンシルバニアなどでバイデンが勝ち、大統領にというニュースとなる。
◆11月8日(日)。8時にホテルを出て、北口側のカフェ・ド・クリエでモーニング。名鉄で有松に向かう。8:41の準急で、9時前には着く。駅のコインロッカーにカバンを入れ、カメラだけもって歩き始める。鉄道と平行して走る東海道筋の町。地勢はわからんが、東方の山地側の高台、海沿いの西側も高まっていて、この間が地溝帯のように細く窪んでいて、扇川が流れている。この川はどっちに流れているのだろうか。そこを旧東海道は通っている。
◆旧東海道を南北の新道が分断していて、街並みが東西に分かれている。まず東側へ進むが、まだ店などは開いていないので、桶狭間に向かう。2kmくらいで古戦場公園に着く。途中、大学があり今日はオープンキャンパスのよう。そのあたりが、信長軍が雨の間、今川勢に接近して待機していた場所なのだという。古戦場公園は、公園内で、清州城など、桶狭間にかかわる地点が配置され、ARで戦いの様子を見れるようだが、そこまではぜすに引き揚げ。
◆戻ると、絞りの店なども開けつつある。有松は、東海道53次の池鯉鮒(ちりゅう)宿と宮宿(熱田神宮)の間に作られた町だそうである。米軍捕虜収容所が近くにあったらしく、空襲されなかったとの説明を聞く。有松には3町あり、ある山車小屋の展示室に入る。そのうちのひとつ(いやこれは1世代前の現役でない文化財指定された布袋山車)。そこで絞りの映像を見る。糸を巻く技法(「やたら三浦」「匹田三浦」)、針を入れて絞るものなど。
◆そのあと、有松・鳴海会館という絞り普及のための会館。2階は300円有料。マスクとてぬぐいを買う。作務衣買わず。そのあともいろいろ絞り屋を見つつ、昼飯。「やまと」一期一会。2階。町屋は名古屋近郊で住んでいる人が多く、空き家は少なく、続けているところは絞りを作っている。棚橋というところに展示あり(アフリカ輸出)。中濱屋に入り、昔ながらのやりかたを守っている話を聞く。いまは絞るのは海外で、染めるのが有松で、それを有松絞としているものが多いようで、それへの違和感と、自分らは自分たちで絞ることにこだわってやっているとの話を聞く。お値段がぜんぜん違います。
◆西側に進む。薬屋になっていたところがガイダンス施設。解説ボランティアさんの基地。話を聞いていると、案内をしてくれることに。壊されようとした1軒は、デイサービスとして残された、と。伝建になったのがH28というから2016、比較的新しい。西端に近い〓家住宅が住む人がなくなったものを名古屋市が引き取り、公開している。が、譲り受けたまま荒れていて、入り口付近のみで、座敷には上がれない。公開施設として修理するには多大な経費がかかるのであろう。コーヒーを呑む。
◆有松美術館めぐり?と銘打ち、期間限定の公開をやっていて、「笹加」屋に入る。江戸末期のものなど、この店に残っている古い仕立てられた着物が掛けてある。ず~と解説してくれる。普段は、物販をやっているところだけなのだが、特別公開で脇の入り口を入り、展示を見て、物販のところまで建物内を進む。反物のまま並べてあるところでは、実物を示しながら説明を聞く。途中で母親も顔を出す。手ぬぐいなどを購入して出る。
◆鳴海宿に向かう。途中、左京山。道路が鍵の手になっているところの手前に、ごっつい屋敷がある。緑区生涯学習センターに入ると、明治30年くらいの写真が展示してあった。屋敷が2軒相対していたとか。そのうちのひとつが千代倉という富豪の屋敷だった(今はない)。鍵の手の角に、菊屋茂富という和菓子屋があり、購入。生涯学習センターはその先。
◆鳴海駅から名鉄で有松駅に引き返す。鳴海駅のエキナカのスーパーに立ち寄り、八丁味噌、ふ、みそ煮込みうどん、などを買う。
◆有松でコインロッカーから荷物を取り、名古屋駅へ。近鉄切符売り場に到達したのは16:05くらい。17時の「ひのとり」にする。飲み屋に向かう。刺身、クルマエビ、大あさり。金シャチ(名古屋の地ビール)はなく、三重の地ビール。近鉄の乗り場で缶チューハイと手羽先を買い、17:00発、18:37八木着。目の前に急行。国分19:00前?。
2020年11月3日、展示室オープン
◆10月29日(木)・30日(金)と列品。金曜日は10:30まで展示室に詰め、昼休みも詰め、修論中間 報告会のあとも、展示業者が引き上げる19時過ぎまでつきあっていた。担当の人と感慨深く話をしながら、ながめていました。
◆11月2日(月)、この日、朝の会議を失念していてすっぽかし。午後から最終の調整に展示業者が来る予定になっていて、こちらで製作するレプリカを打ち直して待機。3限の考古学実習を20分早く切り上げて、履修生に協力してもらい差し替えてきた。
◆で11月3日(祝)、開設オープニング式典。関係者のみのコじんまりし
たものだったが。朝9時前から紹介の動画撮影。1番バッターで、9時スタートだが少し前に来るように指示を受けていた。概略を話する。使われるのは30秒程度だろう。11時から、学長や同窓会長などによるテープカット、それに続き内覧会。展示業者の方も3人来ていて、「けっこう情報量の多い濃密な展示になった。でも解説文はわかりやすかったですよ」と言ってもらえた。さて、ほんとのミュージアムの話はいつ出るでしょうね(ちょっと考えが違うところもあり)。すぐに次のステップに動き出すようなら、やることになろうが、将来目標として先送りとなれば、やるのは次世代ということになる。
◆11月2日(月)、この日、朝の会議を失念していてすっぽかし。午後から最終の調整に展示業者が来る予定になっていて、こちらで製作するレプリカを打ち直して待機。3限の考古学実習を20分早く切り上げて、履修生に協力してもらい差し替えてきた。
◆で11月3日(祝)、開設オープニング式典。関係者のみのコじんまりし
で明日(2020年10月30日)
◆明日は、9:00から10:30まで展示室。一方で、こちらが作る複製の製作(予算が限られているもんで)。水曜日にPDFは準備した。やっぱり水曜の夜に印刷すべきでしたかね。が、それなりの紙に精細な印刷をしたいので、情報編集室が閉まっているので無理。
◆10:30から修論中間発表会がスタート。昼休みには展示室でしょう。午後は17時まで発表会の続き。この間、展示室では、業者と施主側の大学で検査が14時からだが、立ち会えない。まあこれは事務の人でよし。まだなのが森の宮の屈葬人骨。これは医学研究科の安部先生がならべる。
◆10:30から修論中間発表会がスタート。昼休みには展示室でしょう。午後は17時まで発表会の続き。この間、展示室では、業者と施主側の大学で検査が14時からだが、立ち会えない。まあこれは事務の人でよし。まだなのが森の宮の屈葬人骨。これは医学研究科の安部先生がならべる。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。