人を幸せにする人になろう

3Dデジカメ

◆予算の残額確認。会計シ ステム上はけっこう残高があるようだったが、振り替え等で実質はやはりほとんどないよう。3万弱残の予算がひとつあったが、もう物品購入も困難なようで。
◆実は、伏見城にむけてフジの3Dデジカメを導入してみようと前から思っていたのだが、これ生産は終了しているが、いろんなところで叩き売られているらしく、1.5万のものを、めんどくさいので自費で購入した。これも必要な投資。
◆本番までに少し使ってみる必要がある。とはいえ、MPOというのか、3Dデータの保存形式があるようだが、立体的にみるのはおそらく簡単だろう。そのデータを処理ソフトでやってやれば、3次元データになるのだ。前に調べてもらったところでは、フジはカメラのデータを公表していて、ソフトはいくつかの業者が開発していて有料のよう。こうなってくるとチンプンカンプン。が、伏見城3年目の今回がラストチャンス。大がかりに測量屋の協力を得ずとも、簡単な石組みや、残石など、データを取っておくことは可能になる。
◆あとでどこまで使えるかは、また判断すればよい。陰影図の作成など自分ではできないが、データさえあれば、有効な部位のみ、ちょっとずつ発注していけばいい。
◆あとは、石があったとして、写真を必要な角度から撮影しておく要領だな。

出雲

◆一日雑用を片付けているが終わらず。気分転換に。
◆弥生博の、若き考古学徒、論壇デビューの第3弾で、うちのもうひとりの院生が発表する。それにむけての打ち合わせをした。途中、どうにも土器の話がわからず、いきなり島根県センターのI氏に電話した。2000年3月の送別会以来会っていないから、14年ぶり・・・。いろいろ教えてもらい、文献を送ってくれることに。ありがたや~。
◆出雲という言葉もよくない。例えば日野川流域の、米子から淀江の一帯は、なぜに伯耆なんでしょうね。あくまで7世紀後半の役人によるくくり。だから、地域名称として広域で出雲と言ってしまうと、なぜだか安来までになるが、地域圏のとらえかたとして適切かどうかは別問題。そして狭義の出雲といえば斐伊川流域である。
◆今日の話を聞いていると、けっこう面白くなってきた。これまでの報告を聞いていると、なにかメリハリがなかったが、こないだの墳墓の話から、やっぱり地域の個性とか地域差とか、なんとなく動きが感じられるようになり、彼女の修論で一緒に勉強することが、とても楽しみになってきた。論壇デビューはあり、これをいい機会として詰めてやり、一段上のステップにいけばと思う。
◆それと、やっぱり、こういう話になった時、グーグルアースを見ますね。地理観がなければはじまらない。地域社会の実態をとらまえるには不可欠ですね。

大阪城の資料は送る

◆3日午前でなんとか終える。14時から岸和田市で文化財保護審議会なので、それまでしか時間はな かったが、そういう制約下の方がキリをつけやすいですね。あれもこれも とやっている時間的余裕があればヤッチまうので。あとは、前日の土曜日にパワポを作ればよいかな。今週は、発表続きで始末のついていないことに時間を使う必要がある。
◆岸和田市の保護審は、ちょっとびっくり案件が・・・。そのあと天王寺に出撃、大阪府下の別案件の相談。
◆写真は、岸和田城の石垣の修理をしているというので、保護審のあと様子を見に行く。石垣を維持管理していくのは大変ですね。

結局は芝が原の挿図

◆文章は入稿したらしい。久世郡域の地図、アバウト作っていたものの、八幡とか大住とか宇治と かを含めた古墳のドットを落とすところまでいっておらず、枠取りしてもらっていた挿図1枚の作成をしてしまう(いま18:25)。
◆大阪城、同僚の中世史N氏から、3日22:00厳守というお達しが回ってきているが、ぼちぼち、やろ。

摂津富田

◆高槻市の市政なんとか周年の冊子をいただき、ぱらぱらめくると、寺内町富田の写真があった。 行ってみたい。

大阪城の資料

◆2011年10月1日の身内の研究会時に力を入れて作ったパワポが使えるとは思っていたが、紙の資料 を作るのが大変だと思っていたが、いまみると、A4で13枚もの資料を作っているではないか。万歳!。今日中にできるかもよ。
◆と思うと、気が緩み、部屋の片付けを始める。
◆早稲田大学の現場の案内が届いています。

文学部棟耐震工事も終わりに近づく

◆そうなのです。研究室は文学部棟に戻ったものの、北向きの窓の外には防音壁が一面を覆い、暗 かったのですが、昨日、トバリをはずすことが始まり、自分の窓のところも外が見えるようになりました。このところの部屋の荒れ様を含めてご覧あれ。

ゲツゲツカースイモクキンキン

◆3月2日の日曜日、朝9時、また研究室です。しばらく昨日の余韻にひたる。そうそう、懇親会後のことを。21時頃に終わり、3人でもう1軒。OさんとAさん。楽しい→ついつい呑み過ぎ→八木から五位堂行き最終→そこからタクシー→ブログを書く→飲み過ぎると早く目が覚める→5時起き→出勤。
◆昨夜のことをもうひとつ。懇親会終了時、M大学のY氏のご挨拶。が、お前の通説とする理解は古くって、みんなそんなこと考えてない、みたいなことを言われ、カチンときて・・・。酔いの勢いもあって、じゃあ辞書を書き換えてくれ、そうなってないやないか、みたいな大変失礼な発言を繰り返しました。表に出たところで頭は下げましたが、これは嫌われますね。反省しております。NHKの会長と同じ。本音だが、控えた方がよかった。
◆もうひとつだけ。7世紀史における意義のところは時間なく省略した。それはいいのだが、質疑の ところで追加発言が冒頭に認められ、その時に言っておくべきだったこと。1週間前の改新シンポでは強調したことだが、6世紀後葉に全国的な前方後円墳の廃止令が断行されていることと、むしろこっちなのだが、7世紀前半にそれまでの集落を一斉に立ち退かせて田地開発をやっていること、そういうことができる段階に到達している、その上に改新がある、ということだ。で、そうした転換がもっとも鮮やかなのが大阪市長原遺跡なのである。『和泉郡条里』でも図を示したが、長原古墳群→タンボみたいな図になっていたので、パワポでは集落を赤で示して、田地への転換を強調した1枚を用意していたのだが、見せる機会なく終わる。それを出します。大阪市のTさんの労作のおかげです。

たぶん

◆自分にとっては異業種の他流試合で、まあ反発は免れないと。「こいつは誰だ」というところ(お前は前期古墳とちゃうのか、というのも、先週も今回も聞いた)。それはそれでいい。問題は、自分 の言いたいことが、説得的にひとまず出せたかどうか、だ。が、まあそこそこは達成したらしい。
◆それならよい。T大学のS氏やレキハクのN氏は、さすがに第一人者で質問をいただくこと自体ありがたいし、指摘は明確だ。一方で、そうではない反発は、そもそもその質問に対する反論を発表したんだけどな~と思いつつも、それはそれで受け止める。
◆自分としては、この話は2012年の秋に終わっている。条里が7世紀第3四半期にはじまり、後半のなかでできあがっており、面的施工だということは明白な事実で、それへの反論につきあうつもりはない。五十戸域の方はといえば、反論必至だが、領域だとかそうじゃないとかの議論を継続するつもりはない。受け止めて考えて下さいというほかなく、あとは文献史の方での議論に任せたい。この世界で次にやりたいことは、河内の条里復元と郷域復元という実態の世界。理屈の空中戦より、イラレで、誰にも追随できない資料を作りあげることの方が、よほど有益だし、線を引くことで気付くことはいっぱいある。これO大学のNさんが、「鏡の写真しか見ないで図を描かないから研究が進まないんだ」といったことに通じますね。
◆そして和泉や河内などの歴史的展開にこそ興味がある。令の規定がどうのこうの、ということに立論上ふれたが、もういい。それは任せる。ただ、こう教えられたから、それが常識だからというのはやめてもらい、郷ってホントはどうなんだろうと、それぞれが考えて欲しいもの。
◆眠いので寝ます。第2日は欠席します。来週の大阪城石垣の準備をします。

条里制古代都市研究会大会を乗り切る

◆28日夜、宮崎から帰ってくるまでの間で、だいたいは作った。あとは、当日午前で仕上げてと 思っていたが、資料はちゃんと届いているか、ということが不安になる。メールチェックすると、案の定、京大に送ったが、ダメということがわかる。1日朝、カミサンに「尋ねておいてメールも見ず、勝手に送りつけるなんぞ、めっちゃ失礼」と言われる。資料がないのはまずいので、会場に届けられることがないとすれば、再度、刷るしかない。
◆で、大学に行き、ふたたび150部を刷る。水曜日に刷ったやつは、和泉の地図は両面カラーにしたんだけど・・・、まあしゃーない。事務局長のY氏から電話をもらい、すいませんでしたと謝り、でも、再度刷って準備できてますからと回答。あとは持っていけばいいわけで、これでカッコはつくと一安心。西大寺まで電車の中でパワポは直し、とくだんの問題なくスタート。
◆けっこう勇気のいる発表だったが、逡巡していても始まらない、ぶつけるほかなし(死して屍拾う者なし)。いちおう学会発表で、アジルのでなく「淡々と」と言い聞かせつつも、ついつい・・・。




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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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