人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2017年9月4日(月) 第6週
◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分、長友さん、大澤(市大M1)
、園原(立命M1)、泉 (奈良大4)、相馬(近大4)、前田・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、上野(奈良大2)
◆(1)朝、曇りなので、20分ほど17-2トレをざっと掃除して写真撮影。ヤグラはないが、地上写真としては金曜日の木漏れ日より、はるかにいい写真になっているだろう。(2)図面にかかる。17-2は壁面→平面。17-1は葺石平面。昨晩、ファミマで103%PDFをカラーコピーし(97%縮小)、下図が何とか用意できた。
◆泉さんが仕切って、3回生に指示を出してくれる。M1の2人は午後からだったので、とても助かった(感
謝)。着々と図面は進む。金曜日は17-1の壁面を3回生にもたせたが難しく、石平面10分の1に切り替え、4回生以上が壁面の線引き、検討を進めてくれている(途中)。
◆渡土堤の墳丘側基部の礫出し、スロープ仕上げ。またブツが出る・・・。
◆丸山さんによる白い物質のサンプリング(顕微鏡→蛍光X線→年代測定という予定)。
◆本日10時から城陽市史跡整備委員会。1時間現地、1時間会議室。渡土堤を追加調査して全体像をつかむ必要性で合意される。いま出ているブツを養生し、来年、広く開けた際に全体を調査する方向。マスキングしてシリコンで固め、ウレタンで土圧から防備するのだそうです(元興寺)。上位機関とも相談ですが。
◆昨晩、ふたつのトレンチの西側からの立面オルソーを作るところまでやった(2:00)。平面がすぐ終わりそうなので、立面下図は明日朝、届けないといけない(午後からは院試)。
【明日】記者発表10時~。
〔来客〕廣瀬さん、大沢さん、丸山さん(骨かどうか)、長友父。
◆(1)朝、曇りなので、20分ほど17-2トレをざっと掃除して写真撮影。ヤグラはないが、地上写真としては金曜日の木漏れ日より、はるかにいい写真になっているだろう。(2)図面にかかる。17-2は壁面→平面。17-1は葺石平面。昨晩、ファミマで103%PDFをカラーコピーし(97%縮小)、下図が何とか用意できた。
◆泉さんが仕切って、3回生に指示を出してくれる。M1の2人は午後からだったので、とても助かった(感
◆渡土堤の墳丘側基部の礫出し、スロープ仕上げ。またブツが出る・・・。
◆丸山さんによる白い物質のサンプリング(顕微鏡→蛍光X線→年代測定という予定)。
◆本日10時から城陽市史跡整備委員会。1時間現地、1時間会議室。渡土堤を追加調査して全体像をつかむ必要性で合意される。いま出ているブツを養生し、来年、広く開けた際に全体を調査する方向。マスキングしてシリコンで固め、ウレタンで土圧から防備するのだそうです(元興寺)。上位機関とも相談ですが。
◆昨晩、ふたつのトレンチの西側からの立面オルソーを作るところまでやった(2:00)。平面がすぐ終わりそうなので、立面下図は明日朝、届けないといけない(午後からは院試)。
【明日】記者発表10時~。
〔来客〕廣瀬さん、大沢さん、丸山さん(骨かどうか)、長友父。
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2017年9月3日(日)
◆金曜日の昼に、カミさんにフォトスキャンの写真を撮ってもらい、午後、作業をしてもらった
が、上のトレンチは木漏れ日とかで、うまくいかない。そして2日午後にかけて双方で作業するも、ダメ。もうぐったりだし、すっきりしないし、気力もない・・・。しゃーない、と15時、現場に向かう。晴れだったが、夕方の西日で、東に影は出るが、全体のトーンは明瞭に出るだろうと。
◆18時、摂南大でマシンをまわし、上のトレンチもすっきりできた(右図→追記:マーカー1個の座標データ(標高)が少なからずおかしく(入力ミス)、この画像は修正されたが)。家に帰り、メッシュも切ってもらった。助かります!。
◆土曜日は体力的にも精神的にも「どよ~ん」としていたが、ぐっすり寝て、本日、日曜日はややすっきり。で、ちょこまかした作業をここまでしていました。
◆2箇所の調査区図を仕上げましたが、それを入れ込んだ全体図。そうなんです、推定中心から放射線を引くと、こういうラインになる(気にはなっていた)。それからすると陸橋の幅はでかいと想像できる(以前に出した図でもこの線ありますよ)。
◆さて、明日からの図面の準備をやります。
【追記】2030、平面図の準備はできた。これから立面のオルソを作る。
【追記2】疲れてきた・・・。かえろ。
◆18時、摂南大でマシンをまわし、上のトレンチもすっきりできた(右図→追記:マーカー1個の座標データ(標高)が少なからずおかしく(入力ミス)、この画像は修正されたが)。家に帰り、メッシュも切ってもらった。助かります!。
◆土曜日は体力的にも精神的にも「どよ~ん」としていたが、ぐっすり寝て、本日、日曜日はややすっきり。で、ちょこまかした作業をここまでしていました。
◆2箇所の調査区図を仕上げましたが、それを入れ込んだ全体図。そうなんです、推定中心から放射線を引くと、こういうラインになる(気にはなっていた)。それからすると陸橋の幅はでかいと想像できる(以前に出した図でもこの線ありますよ)。
◆さて、明日からの図面の準備をやります。
【追記】2030、平面図の準備はできた。これから立面のオルソを作る。
【追記2】疲れてきた・・・。かえろ。
9月3日の生データ
950出勤。データ移動。直子作業FSデータをHDから取り込み1033。1箇所の調査区平面図に文字を入れる。メールし、ブログも1316。10分の1の準備にかかるもなかなかそこまでいかない1405。17-2の20分の1を新しいオルソ画像に置き換え始める1420。17-2FSやり直しにかかる1515。100分の1成果図と等高線図を送り直す1716。17-2トレ、オルソ画像座標切り直し途中1750。完了1805。17-1方眼チェックにかかる1807。17-1はOKとする。図面割り付けを10部印刷する1835。17-1葺石10分の1割り付け完了1910。17-2図面割り、メール2009。ドラテ用意2015。17-2平面図下図PDF完了2024。デスクトップに移したデータをノートPCに戻し始める2032。
2017年9月1日(金) 9月に突入
◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分、長友さん、阿部(市大M2)、川北(京大M1)、山本(立命4)、市川・佐藤・林田・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、黒田・佐藤(立命2)、上野(奈良大2)。
◆朝から17-2トレ最終掃除。9:30から写真撮影(昼休みをはさんで午後か
らも少し継続)まで。快 晴で竹林の木漏れ日。よい写真は撮れない。月曜日、再度、撮影できるならしたいところ。昼休みに、フォトスキャン用の写真撮影。
◆17-1トレ。シートを開ける。諫早さんにブツを見てもらう。フォトスキャン用の何度目かの撮影。
◆午後から、いま図面にかかれる17-1トレの壁面(北壁・南壁・西壁)、17-2トレの壁面(北壁・東壁)に着手。17-1はオルソ画像を下図に、17-2は線引きして水糸を貼っての従来のやり方。17-1は、洪水層中に砂層がいくつも入り、できれば記入したいもの。が、下図にしている画像がいまひとつなので、なかなか難しそうだが。
◆ほか手が余った学生らは埴輪洗い。
◆渡土堤の上面も礫敷とみるのが妥当と・・・。
〔来客〕諫早さん、橋本さん。
◆朝から17-2トレ最終掃除。9:30から写真撮影(昼休みをはさんで午後か
◆17-1トレ。シートを開ける。諫早さんにブツを見てもらう。フォトスキャン用の何度目かの撮影。
◆午後から、いま図面にかかれる17-1トレの壁面(北壁・南壁・西壁)、17-2トレの壁面(北壁・東壁)に着手。17-1はオルソ画像を下図に、17-2は線引きして水糸を貼っての従来のやり方。17-1は、洪水層中に砂層がいくつも入り、できれば記入したいもの。が、下図にしている画像がいまひとつなので、なかなか難しそうだが。
◆ほか手が余った学生らは埴輪洗い。
◆渡土堤の上面も礫敷とみるのが妥当と・・・。
〔来客〕諫早さん、橋本さん。
2017年8月31日(木)
◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分(午後から)、長友さん、阿部(市大M2)、山本(立命4)、市川・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、上野(奈良大2)。
◆17-2。全体清掃。中段斜面も仕上げ、そしてやりにく礫敷面をとにかく
整える。周囲の片付けや 清掃も。
◆17-3。基底石は出たかと楽しみに午後行くと、拡張部の斜面部についても、埴輪片が途絶え、木漏れ日で土の色が見にくいこともあり、流土と考えて下げていっていいのかわからず、確証のないまま止まっている状態だった。まだ下げられるとは思ったが、南壁沿いに断ち割り土層を見ること、くびれ部の礫敷の高さを比較した。レベルは、最初の調査区の範囲で、もしかして礫敷?とした面で、くびれ部の礫面より30㎝高い。まだ下でいいのだろうか。断ち割りでは、見にくいながら、何枚かの土の単位が現れ、黄色い粘土ブロックを含む層、赤系の砂質土、そしてその上に黄白色流土が載るように見える。流土下が盛土面とすると、傾斜緩く、葺石はまったくない。葺石が基底石を含めて一切ない。およよ。
◆17-2。全体清掃。中段斜面も仕上げ、そしてやりにく礫敷面をとにかく
◆17-3。基底石は出たかと楽しみに午後行くと、拡張部の斜面部についても、埴輪片が途絶え、木漏れ日で土の色が見にくいこともあり、流土と考えて下げていっていいのかわからず、確証のないまま止まっている状態だった。まだ下げられるとは思ったが、南壁沿いに断ち割り土層を見ること、くびれ部の礫敷の高さを比較した。レベルは、最初の調査区の範囲で、もしかして礫敷?とした面で、くびれ部の礫面より30㎝高い。まだ下でいいのだろうか。断ち割りでは、見にくいながら、何枚かの土の単位が現れ、黄色い粘土ブロックを含む層、赤系の砂質土、そしてその上に黄白色流土が載るように見える。流土下が盛土面とすると、傾斜緩く、葺石はまったくない。葺石が基底石を含めて一切ない。およよ。
高齢者大学校
◆やりたくなかったんですけど、今年度いくつかもつことになってしまったもの。ですが、現場中はしんどいだけ。前日もなにもせず、倒れて寝て、翌日7:50に大学に行き、9:00まで準備。授業で使ったプリントを刷り、パワポに少し手をいれた。アネックスパルの駐車場に9:45、ぎりぎり10時開始。12:00過ぎに解放され、第2京阪で13:00前には現場に戻る。
2017年8月30日(水)最高気温31度
◆参加者。城陽市担当者、工藤さん、自分、長友さん、阿部(市大M2)、合田・松井(市
大3)、 市川・山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、上野(奈良大2)。
◆17-2トレンチ。葺石については、転落石として取れるものは取り、掘りあがった。調査区のもっとも上部は転落してなく、すぐ下から葺石の残存が始まるが、攪乱であちこち穴が開いており、それだけでなく、ずり落ち、上と下に石群があっても間はない部分も少なくない。終了後、調査区略図作成のためのフォトスキャン撮影(でもうまくいかない→右図)。
◆17-3トレンチ。17-2トレの葺石に集中しているが、整理がついてきて、あまり人が入れないの で、17-3トレに2人移動してもらう。昨日、表土のやや下までいったが、続きを下げていっても、上段斜面の裾が現れてこず、全体にフラットで、かつ埴輪の出土が止まり、黄色礫混じりの土(けっこう均質)に突入した。かなり浅いのでまだ下がるのでは
と思いつつ、上記のような状況。もしかすると礫敷面に到達している?、それを掘り過ぎつつあるのか?、とストップ。
◆現状の見かけの裾部に限定的に入れたトレンチだが、テラス面の範囲のようであり、上方へ1.3m拡張した。これでなにがなんでも裾部は入るだろう、と。
◆17-2トレンチ。葺石については、転落石として取れるものは取り、掘りあがった。調査区のもっとも上部は転落してなく、すぐ下から葺石の残存が始まるが、攪乱であちこち穴が開いており、それだけでなく、ずり落ち、上と下に石群があっても間はない部分も少なくない。終了後、調査区略図作成のためのフォトスキャン撮影(でもうまくいかない→右図)。
◆17-3トレンチ。17-2トレの葺石に集中しているが、整理がついてきて、あまり人が入れないの で、17-3トレに2人移動してもらう。昨日、表土のやや下までいったが、続きを下げていっても、上段斜面の裾が現れてこず、全体にフラットで、かつ埴輪の出土が止まり、黄色礫混じりの土(けっこう均質)に突入した。かなり浅いのでまだ下がるのでは
◆現状の見かけの裾部に限定的に入れたトレンチだが、テラス面の範囲のようであり、上方へ1.3m拡張した。これでなにがなんでも裾部は入るだろう、と。
2017年8月29日(火)最高気温33度
◆参加者。城陽市担当者。工藤さん、自分、長友さん、阿部(市大M2)、園原(立命M1)、山本(立命4)、合田・松井(市大3)、山崎(立命3)、池口(同志社3)、中谷(京都橘3)、上野(奈良大2)。
◆17-2トレンチ。埴輪の掘形や樹立埴輪の清掃にあたる者をのぞき、全員葺石にかかる。旧表土を突破すると、葺石材がバラバラと全体に出てくる。あいかわらず埴輪片は多い。上半部では、浮いている石をのぞき、前方部側でかみあった葺石かと思われるものもあるが、後円部側は遊離していて攪乱が大きいようである。まだ、どこまで本来の葺石が残るのか、全体像が明らかになっていない。が、昨日に比べ、確実にかなり遺構面に近くなった。、出てくる石材の判断をしながら、明日あたりには攪乱穴は穴で葺石なし、残っている葺石はこれと、おおよその遺存状況がわかるだろう。
◆17-1トレンチ。昨日の終わりに、拡張区隅部の黄色が、それなりの立体物と見
込まれたので、さらに精 査。そうすると、基底石に接する半円形の木質から柄のようなものがのび、隅部の黄色とくっつき一体化した。木製鐙か、ということになる。写真撮影、標定点打ち→フォトスキャン用写真。最初に竹竿、と言っていたものも、「鐙?」とよく似ているようにも思う。昨日までは、何かわからん残存物で、むろんモノはなんとか取り上げ、材質鑑定や年代測定をやってみるが、それくらいかと思われた。が、俄然、馬具かもしれないものがあるとなると、素人では取り上がらないし、元興寺の塚本さんに電話し、夕方に見に来てくれることになる。(摂南大による葺石再撮影)。
◆塚本さんの見立て。弓と鐙。そこの基底石2石が数㎝高くなっており、どういう仕掛けになっていたか考えなくてはならない(高まっていた?/なにか台状のものがあった?/etc)。陸橋のセンター付近で、最後、墳丘へ向けて器物を置き納めたような場所ではないのか、と。なR。取り上げ可能な日程調整はするが、陸橋基部にブツを置いたとすれば(続きがありうる)、こうした部位を調査した事例自体が少なく、まして器物の配置などおそらく初めての確認で、全容を解明しておくことは重要ではないか、と。つまりは、来年度、対岸の堤側で幅を決めようと思っていたが、今回の墳丘側について北側にさらに開けて追及すべきでは、という提案。とすれば、いま取り上げなくてもいい、との判断もあると(北壁側および葺石基底部側が切り取れないという取り上げの技術的な問題もあり)。→要相談。
◆17-3トレンチ。17-2トレの葺石に過密な人数が入っており、工藤さんに17-3トレを開け始めてもらう。
◆17-2トレンチ。埴輪の掘形や樹立埴輪の清掃にあたる者をのぞき、全員葺石にかかる。旧表土を突破すると、葺石材がバラバラと全体に出てくる。あいかわらず埴輪片は多い。上半部では、浮いている石をのぞき、前方部側でかみあった葺石かと思われるものもあるが、後円部側は遊離していて攪乱が大きいようである。まだ、どこまで本来の葺石が残るのか、全体像が明らかになっていない。が、昨日に比べ、確実にかなり遺構面に近くなった。、出てくる石材の判断をしながら、明日あたりには攪乱穴は穴で葺石なし、残っている葺石はこれと、おおよその遺存状況がわかるだろう。
◆17-1トレンチ。昨日の終わりに、拡張区隅部の黄色が、それなりの立体物と見
◆塚本さんの見立て。弓と鐙。そこの基底石2石が数㎝高くなっており、どういう仕掛けになっていたか考えなくてはならない(高まっていた?/なにか台状のものがあった?/etc)。陸橋のセンター付近で、最後、墳丘へ向けて器物を置き納めたような場所ではないのか、と。なR。取り上げ可能な日程調整はするが、陸橋基部にブツを置いたとすれば(続きがありうる)、こうした部位を調査した事例自体が少なく、まして器物の配置などおそらく初めての確認で、全容を解明しておくことは重要ではないか、と。つまりは、来年度、対岸の堤側で幅を決めようと思っていたが、今回の墳丘側について北側にさらに開けて追及すべきでは、という提案。とすれば、いま取り上げなくてもいい、との判断もあると(北壁側および葺石基底部側が切り取れないという取り上げの技術的な問題もあり)。→要相談。
◆17-3トレンチ。17-2トレの葺石に過密な人数が入っており、工藤さんに17-3トレを開け始めてもらう。
レーザー画像
◆レーザーの方が圧倒的な点群データが均質にあり、したがって正確。フォトスキャンも結構正確
(バックデータは少ないが)。撮影に大きく依存する。ソフト的にも向上するのだろう。いずれはレーザー不要になるのだろうか。いまのところは掘り上がりの記録としてレーザーを採用し、すべてやってきているので、当面はやっていくつもり。が、データを駆使するには、別ソフトを操らなければならないし、オジンには今は無理。
◆今回、図面はフォトスキャンでと思っているが、昨晩からの再チャレンジで、なんとか原因不明の問題がクリアできたと思ったが、減少でした。また画像がやはり飛び気味(写真が悪い)。いま3回目のチャレンジに入っています。あかんかったら、測量業者に立面も発注しないといけない・・・。へろへろです。
◆今回、図面はフォトスキャンでと思っているが、昨晩からの再チャレンジで、なんとか原因不明の問題がクリアできたと思ったが、減少でした。また画像がやはり飛び気味(写真が悪い)。いま3回目のチャレンジに入っています。あかんかったら、測量業者に立面も発注しないといけない・・・。へろへろです。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。