人を幸せにする人になろう

国が沖縄県知事を訴える!

◆正確に把握しているわけではない。しかし沖縄県が一度認めても、それを覆すことがあっていいではないか。民意の反映であり、変化していくのはこの世の習いである。決めたことも、間違ったと思ったら撤回したり、引き返す勇気も必要である。決めたからやめられないと、途中でまずいと思っても突っ走って、ろくなことはない。八甲田山で何人死んだ。1941に明確な覚悟なく米英開戦したばっかりに、やめられず、沖縄はとんでもないことになり、列島の主要都市が大空襲を受け、多くの人命が失われたわけです。
◆行政は粛々と、合意の上に施策を重ねていく。それだって、間違っていたらやめたり、引き返せばよい。沖縄が認めたのはいつの話か。どうせ政府寄りの知事でしょ。地域振興の金と引き換えに呑ませた。いまの知事もまた県民に選ばれた知事です。それが権限を行使することが悪いのか。そして、前回の承認の時と違って、民意をより背景とし、県民の意思を背負っているということだ。それで国が投入した金、工事請負業者への違約金が発生しても、それはそれで仕方がない。諫早だって、後始末を続けているのではないか。
◆なんでもかんでも、勝手に変えても仕方がないといっているわけでない。だからこそ、ひちめんどうくさい民主主義的合意形成に時間をかける必要があり、かつそうして議会で可決されればコトは決着というのでなく、反対が多かったらそれだけ、その後も対策や繰り返しの説明をすべきなのであろう。それを怠っていたツケでもあるのではないか。政治屋の間だけで物事を決める時代ではもはやない。

仕事に終わりなし

◆昨日、娘が京都に行くというので、いろいろ伝達したが、結局は、京都の友達1人と会う話が3人となり、お茶してしゃべっていた、とのこと。帰り、大和八木で呑んだとか。
◆今朝、とてもええ天気やし、そんなんやったら、一緒に京都廻りをと、家を出た後でふと思った。が、仕事が頭をよぎり、そのまま職場へ。大歴の仕事、やり始めたら、終わりやしない。
◆かつ、いろんなことが起こり、入れ子で、ああ、昨日の委員会の後始末をさばくだけで終わりそう・・・。まあでも、ひとつひとつ、こなすしかない。今日もまた14時間労働でした(8:30~22:30)。

宇治で呑む

◆大歴の大会準備の仕事をして15時に大学を引き揚げ、16時河内国分、16:35の大和路線で宇治にむ かう。雨。JR宇治で下り、会場までは近かった。既に始まっており、いきなり楽しく呑み始める。焼酎、最後はアツカン、とかなり呑みました。
◆二子山のシンポの打ち上げ、兼、Sさんの退職の会でした。宇治で育ち各地の文化財職に就いた人たちや、いま宇治で仕事をしている若い人たち、院生・学生さんらもおり、賑やかでした。
◆ひととおりみなしゃべり、最後にSさん。文化財の職と考古学とは、はっきり重なりが少ないこと、文化財の職とは何かを明確にすべし、というところか。そして、就職してから勉強すればいいということに否定的で、大学でいかに後身を育てるか、行政はそこにどう協力できるか、ということが課題だ、とも。むろん就職して当然のことながら勉強は続く。それはあたりまえだが、大学時代に、文化財の仕事がなんたるかをちゃんと学び、そこに関わりたいという熱意をもってもらう、そこのところがやれるかどうかが大事だ、と。市町村職員こそ、自分らの熱意で、文化財と今を生きる人たちをつなぐ、いろんなことができる、とてもやりがいのある職だと。
◆こうした場に、Yさんに呼んでいただき、ご一緒できたことを、とてもうれしく思った。

遣唐使はやはり大きい?

◆隋の開皇官尺がそのまま唐大尺になるのだそうです。なので、遣隋使以降はそれが入ってきて不自然ではないらしい。一方で、舒明朝の遣唐使がもたらした可能性は大きい、と。Oさんに教えていただきました。ありがとうございます。
◆だいたい同じイメージです。薄葬令原稿の現時点の文章を挙げておきます。「岩屋山古墳の石室は唐尺によるのであり、寺院における高麗尺から唐尺への転換に照らしても、七世紀前半とすべきであることを追記しておく。唐尺導入の時期については、より早くに入っていておかしくないが、六三〇年の遣唐使の派遣と六三二年の帰国は、正式な採用の契機になりうるように思われる。その特定は大きな課題である。この年代観を確立できれば、石室や石槨の構築年代を知る重要な手掛かりとなる。」

今年も始まりました

◆宇治に行く前に大歴の仕事を片づけてと思いきや、『市大日本史』です。ぜんぜん原稿がありま せんが、正倉院文書の論文1本を入れました。さて、第20回記念大会で配布する第20号、今年こそ危ないかもしれませんね。仕事をかかえている量が例年より大きいような・・・。山口さんに助けてもらい、なんとか乗り切りたいものです。GWに北海道に遊びに行こうと思っておりましたが、たぶんそうはいかないと思います。

クンツゥルワシ通信

 3月も終盤に入りましたが、新学期に向けて、いかがお過ごしですか?。Kくん、Tくんももう大学を出たでしょうか。次に大学へ寄る際は、少し寂しくなっているかもしれません。
 クントゥル・ワシは3月に入り、ますます豪雨の日々です。日本でも少しニュースになっていると思うのですが、今年はペルー海岸部でエルニーニョによる甚大な洪水被害が出ています。山岳地帯で降った多量の雨が、海岸部に流れ、河川の氾濫、家屋の浸水など多くの方が被災しています。クントゥル・ワシは幸い未だ大きな被害は出ておりませんが、この雨ですから、まだまだ油断を許 さない状況ですね。
 また、この洪水が各地の交通網にも影響し、首都圏では食料品の物価がだだ上がりしているようです。先週、私がリマへ行った際は、スーパーから水や日持ちのする食料(パンや缶詰、インスタントラーメンなど)がほとんど消えていました。給水システムにも影響が出ていて、首都圏では断水が1週間以上続いていると聞きます。水が無いリマ市民が困って、消化用の給水栓を引っこ抜いたり、消防車を給水車の代わりに呼んでいるなんて話も。ここまで大きな被害になるとは…びっくりです。クチンスキ大統領が特に対策をしているわけでもなさそうですが…。とにかく1日も早い復旧を願います。
 さて、最後に私事ですが、今年、後任にあたるボランティアが確保できず、悩んだ結果、私がもう1年、延長してこちらで活動させて頂くことになりました。2018年7月に本帰国となります。後任が決まらなかったことは非常に残念ですが、その分、現地スタッフと、より多くの時間を一緒に過ごせたらと思います。後任ボランティアは引き続き募集をかけておりますので、良い人がいたらぜひ紹介してください(笑)。
 しかし、高校浪人、大学留年、任期延長…、私の人生、とことん順調には進めないようです(笑)。ぜひまたペルーへいらしてくださいね!

松岳山古墳保存会

◆19日のシンポのあと、前から親しくさせていただいている国分本町のMさんが寄ってきて、松岳山古墳保存会を作った(作る?)とのこと。地元の人たちがその気になってくれたのはうれしい。いま後円部の一部である史跡をちゃんとした範囲にする追加指定ですね。われわれの作った図も活用してもらえるだろう。山に上がるのに、神社さんに断りを入れて、というのもなんとかしてくれるようだ。
◆測量調査概報を作らないといけませんね。9割りできてストップしている。いま作って、みなさんに300部とか寄贈したいものです。

宇治二子山シンポ

◆お誘いいただいているが、昼間は仕事をするつもり。呑み会に参加します。

日置荘の埴輪の生産年代は?

◆塚口先生への献呈論集に、Yさんが河内大塚山古墳が安閑未完墓とするのは「とうてい受け入れられない」とする。ご不満があったようで、申し訳ありません。ですが、日置荘のEF群と平行したであろう須恵器窯の年代はTK10からMT85ということだが、埴輪窯と須恵器窯は別で共伴はない。論理的には、埴輪は、TK10のなかかも知れないし、MT85かもしれないし、両期間にまたがるかもしれない。TK10のなかで埴輪生産の必要性を契機として窯場となったと理解されており、これはあまり異議はなさそう。日置荘の埴輪の年代を整理したSさんは、6世紀後半の前の須恵器生産のピークがMT85までで、併設された埴輪窯での埴輪生産もそこまで続けられたとみられる、というオーソドックスな見方。それを承けて、Yさんは、TK10からMT85まで続いているのだから第3四半期までとなるので、だから欽明だ、というもの。したがって、MT85まで続いたかどうかということが、理解の分かれ目となる。Sさんの文章を読む限り確定していない、と思います。
◆五条野丸山の前方部とはぜんぜん違うと思う。ぺっちゃんこです。継体没年を527年とみることにも「本末転倒」と批判された。まあ、あの頃はそうだったかもしれません。しかし、いまはやはり古事記崩年干支論からも、隅田八幡鏡からも、531や534ではないと思います。
◆とはいえ、日置荘西町の埴輪生産が、どこまで絞り込めるか、考古学的にはやはりそこ、ではある。また、勾大兄となり即位した安閑は、相応な王墓を築いたと思うが、安閑墓は現安閑墓で、初めからあの規模のものを造営したのであろうか。辛亥の変は慎重に考えるにせよ、王権内で大伴金村が排除され、蘇我稲目が台頭する大転換があり、こうした対抗関係自身は、文献史側でもあまり否定されていないのではなかろうか。そのなかで、宣化は蘇我の娘をもらって、そっち寄りだったらしいが。

論文1本おわり

◆いろんな方面の対応ができておらず、迷惑をかけたと思われますが、なんとか薄葬令の論文を最後まで書きました。前半の本論以前が長く、具体的分析が圧迫されているのが気に入りませんが、なかなか前半も落としがたく、しばらく寝かせておくことにします(土器の書き直しがあるな)。頁数制限があるので仕方がないのですが。なので、そんなこと気にせず、いまから科研の報告書として、好きなだけ書いていくのがいいのかな、と思います。
◆では大歴の仕事、ほかに着手することにします。
◆昨日は、昨年9月にノートPCがクラッシュして、バックアップを取っていなかったもので、データを吸い取れるものの復旧データが上がってきて、その格納をやってました。久津川の経費計算も、それでちょん切れていたのですが、それをいまやっている余裕はありません。デスクトップはマメにバックアップを取るようにしていますが、ノートもこれからはやっとかないといけません。
◆それとデスクトップがもう老人で、新しいのを2月に購入していたものを、昨夜、起動させようとやっ ていたのですが、???。ドクター院生のT氏も就職でいなくなり、困ったときに頼める人がいなくなりました。デスクトップの引っ越しはいつになるのか。新学期までには軌道に乗せないと、ややこしいことになるし。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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