人を幸せにする人になろう

今年度の修論・卒論試問

◆大学院入試の合格発表までのスケジュールの関係でしょうか、院試が2月13・14日(水・木)なので(14・15でないという意味)、試問が8日(金)と12(火)と3連休をまたぐ。わたしの場合、8日がメインなので、それまでになんとか読まなければならない。それが終われば3連休があり、自分が主査でない卒論3本を読めばよい。
◆8日(金)は、終わってから大歴の編集委員会もありました。

2019年2月6日の懇親会

◆インフルエンザで定期試験に出席できなかった者1名の追試をせよと。で、この日やる。カミさんのと ころでは、事務が対応してくれるとのことです。
◆この日、院生の都合の関係で設定された修論の試問が1本あった。そのあと、集中講義に来ていただいている愛知県立大学の丸山裕美子さんとの懇親会がありました。昭和町の旨魯。日本酒のメニューを見て、丸山さんと2人、日本酒を呑んでいました。

テジョヨン

◆このところ、秋から韓流ドラマのテジョヨンをGYAOで見続けている。130話もあるもんで。テジョヨンとは渤海の建国者です。はじまりのあたりは見てません、途中からです。唐の太宗李成民の高句麗遠征、それを退けたヤンマンチュン。しかしついに7世紀後半、唐は新羅と結び、百済を滅ぼし、ついには高句麗も滅亡する。
◆2月2日は加古川。夕方出て泊。
◆3日、朝ごはんを父親と食べ、大阪に向かい、研究室10:40.ひたすら先手打ちの仕事。研究費の残額処理も1月中にほとんどできず、この日にやったのだったか。修論・卒論読みの計画とか、も。
◆4日は研究室に行かず、ひたすら国分周辺で修論2本を読んでいた。

白石先生の論文集

◆1月31日〆切。なんとか前日の30日に送信する。あまり量は書けないので、ちゃんとした反論になっていないが、墳丘・石室の記載を重視した。
◆次は中尾さんの論文集。この間、1月31日に大学で泊まり、途中3時間ほど寝たのだったか、仕事を続け、そこで少しこの論集に書く予定の作業をした。が、これは苦戦しそうです。3月末〆切。
◆難波宮本も、ほぼ残り作業をすませ、あとは、もう1人の原稿待ち、にこぎつける。
◆そうこうするうちに、市大日本史の原稿も届き始めている・・・。こんな仕事ばっかりですな。

1月26日は和歌山

◆土日のどっちかは、和歌山か加古川に行く。この日は和歌山。岳父は、サービス付きなんたらの 施設に入っている。お母さんは家で闘病生活。車に乗せて施設に様子を見に行き、買い物をして帰ってくる。日帰りが多かったが、このところ2月は、前日夜に入り、泊まって、翌日午前くらいで大阪に戻るようにしている。
◆この日は、カミサンの職場からだったので、近畿道から阪和道に入り、和泉岸和田で降りて父鬼経由でかつらぎ町に入る。道の駅ができていて、そこで食事をし、地元産品をいろいろ買う。あんまり高いものでなく、ちょこっとしたもの。かみきし屋の焼き餅、干し柿、などなど。この日、黒江まで行き、黒牛を購入。
◆翌日27日の文化財専門職説明会は、大学博物館の仕事などで、諸々こなせておらず、連絡もせず欠席することとなる。すいませんでした。

富雄丸山古墳の見学

◆1月24日に富雄丸山古墳の発掘現場を見学させていただきました。もう忘れかけてますが、帰ってきてから復元図を書いた覚えがある。
◆翌25日は考古の修論1本・卒論2本の打ち上げ!。3人ともよく頑張ってくれました。

喜界島から黒糖焼酎届く

◆照屋さんが送ってくれました。例のおみやげモノ屋で、お菓子類もつめてくれていました。感謝 です。お礼もいわず、ごめんな。おいしくいただいております。今度は奄美経由で喜界島へ行きたいのだけれど(カミさんも行きたいと)、なかなか行く余裕はありません。GW10連休は候補になるかも。

寺家町をぶ~らぶら

◆そのあと、昔懐かしの通学路だった(自転車です)寺家町商店街を歩く。そもそも駅前は大きく  様変わりしてしまっている。昔は、駅前通りにダイエーがあって、東側にジャスコができて、中学生くらいまでは、正月、お年玉をもらうとプラモデルを買いに行ってました。新興書房など、2軒ほど本屋があって、高校時代、よく通ってました。宝殿駅の東から、近世山陽道を東に向かい、国道2号線に出て、加古川をわたり、そのまま国道を東に向かい通ってました。最短記録は15分くらいだったか。
◆寺家町は帰りですね。シャッター街という面もあるが、まだ店舗もちらほら。駅前通りができる前の加古川の中心部だったが、まあさびれてはいるが、静かな住宅地でそれでよいのではないか。
◆駅前に、アナゴ屋があって、名物の店。子供の頃に自分で買うことはないわけだが、今回、立ち寄り、買ってみました。けっこうエエ値段ですが、それはまあ。

翁介のラーメン

◆1月19日、母親を見舞う。昼に着き、加古川駅前で腹ごしらえ。翁介の ラーメンを食べに行く。高 校時代、ここか、北海道ラーメンのアイヌという、2軒のラーメン屋に行ってました。
◆おいちゃん、おばちゃんは、昔のまま。高校時代は、1979・1980・1981年度だから、38年前。ラーメンをつくるおいちゃんは、まだ働いている!というくらいの老齢。80代前半くらいだろうか。だとすれば高校時代は45歳くらいだったということになる。むかしあった場所にサンライズビルができたのもだいぶ前、その地下に入っている。若い人というより、われわれ世代くらいの昔ながらの客が次々に入ってきて、繁盛してました。とはいえ、おいちゃんが体がもたなくなると、もう閉じるしかないのであろう。中華そば系列です。

2019年始

◆2日朝、生石神社に初詣。大吉連続記録は途絶える。今年は日生の旅館に行く。母は骨折入 院で行けず。浜国道を西へ。御津、七曲、相生、 赤穂、岡山に入って日生はすぐ。
◆思えば2018年は、1月2日の父親の脳梗塞に始まり、12月20日の母親の骨折に象徴される1年でした。
◆日生で ゆっくり。翌日、展望台に行き、解散。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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