人を幸せにする人になろう

2024年5月25日 姫路 播磨学講演会

◆西長堀から戻り、播磨学のパワポの作業をする。まあ20時まで。翌日、大阪駅と姫路のドトールで最後の作業を行う。
◆高校生の時以来、みゆき通りを北上し、会場であるイーグレひめじに、約束通り1310にたどりつく。
◆14時から1535分までしゃべる。ちょっと失敗かな。この全10回の講演は本になるのだとか。そう長い文章ではない。せっかくなので、播磨の前方後円墳をやっつけようか。
◆会場からは姫路城がバツグンによく見える。とくにこの日は雲ひとつない快晴でした。

なにかと

◆まあ学ぶことはなんでもある。紙座について知りたい。大阪の1960年代までは残っていた、江戸時代以来の、ここは材木座とか鰹座とか、瓦座とか、そういう商売別の集中地域の、わかりやすい図を作ってみたいな、とか。長堀とか大阪の町ができ上っていくプロセスはまとめたが、そういうのが失われていく経過ですね、川が埋め立てられ、橋が撤去されるプロセスをまとめてみたいとか、いろいろ思うところあり。

長堀にかかる橋

◆とにかく、かつての橋ひとつひとつに、その名前の由来があり、長堀を埋めたいまは中央分離帯となっている緑地を東に歩いていく上で、説明があった。
◆で、ここ富田屋橋の上で、間重富(長涯)が天文観測を行ったのだとか。寛政暦完成後、間は大阪に戻り、商売のかたわら天文観察を続けたわけである。面白い。

阿弥陀池

◆百済から伝えられた仏像を、物部おこし?が堀江に捨てた。それがここから見出され、それがいまの長野県善光寺の本尊という、これは著名な話。その阿弥陀仏が見つかった場所というのが、阿弥陀池なのだそうである。

西長堀アパート

◆以下、ウィキ。 竣工は1958年だそうです。

 東京都に造成された晴海団地に存在した晴海団地高層アパートと並び、日本住宅公団による都市型高層住宅の第1号 である。日本住宅公団は、当時、将来的に住宅の高層化が必要とされると考え、これから建設が進むであろう高層住宅の試金石として、晴海団地高層アパートとともにこの西長堀アパートを建設した。
 外壁には無数の小窓が整然と並び、オフィスビルを思わせる外観となっている。初期の家賃は2DKで16,500円であり、当時の大卒初任給の1.4倍であった。この住宅には著名人の居住も多く、作家の司馬遼太郎や女優の森光子、当時プロ野球選手だった野村克也や作詞家の石濱恒夫などが居住していた。

土佐稲荷神社 記事№6300

◆長堀に面して土佐藩蔵屋敷があった。土佐稲荷神社は、その当時からあったとのこと。夏の陣後の復興の木材需要に対し、土佐藩は土佐から木材を運び込む許可を得て、大阪に材木を運ぶ。このため、土佐藩蔵屋敷は中之島ではなく木津川に近い西長堀に設置されたのだという。セリ売りがここで行われ、長堀沿いに材木問屋が集中することになる。1960年代、おっちゃん・おばちゃんらのなかには、長堀でも西側がまだ埋め立てられておらず、木材が浮かべられていた景観を見た、ということである。
◆この蔵屋敷。有名な堺事件のあと、フランス兵を銃撃した土佐藩士が収容され、切腹する20人のくじ引きが行われたのだという。
◆この地は、後藤象二郎が早々に岩崎弥太郎に譲り、このため召し上げられず、三菱の屋敷が建てられたのだとか。三菱発祥の地なんだそうです。で、いまでも三菱グループの守護神だとか。
◆それで昭和9年といったか、まで行き、大阪市が学校用地として希望し、東半分を取得して女学校になり、西半分にこの土佐神社ができたんだろう。で、この学校が、いまの大阪公立大学生活科学部につながるわけだ。

西長堀沿いを調べた

◆いわゆる堀江は、大阪の南西の区画。西を木津川が流れ、それにそそぐ道頓堀と長堀が掘られ、また南北の西横堀川も開削され、17世紀前半までにフレームはできあがる。しかし、川沿いに町人地ができるが内部は畑地のままで17世紀終わりまで行く。そこで河村瑞賢に第2期工事が命じられる。堀江の区画、北の長堀、南の道頓堀の間に、もう1本堀江川を通し町割りがなされた。これが堀江新地の開発で、川船とか茶屋株とか、芝居地とか、相撲興行の免許が下され、町場となるインセンティブ政策が行われた。しかし、町人は移ってきたが、なかなかこの地での商売はうまくいかず、たびたび奉行所に嘆願書が出され、町場として埋まっていくには時間を要したとのこと。

2024年5月24日 西長堀を歩く

◆ガイドプラスセミナーで、おっちゃん・おばちゃんらとマチあるき。
◆今回は30分のしゃべりで、ちょっとまとまった話は準備できそうでないので、適当なよもやま話を。が、冒頭、せっかく西長堀を歩くので、調べてみた。そもそも誤解があって、長堀通り沿いを四ツ橋まで歩くプランだが、堀江の一帯を歩くのだと早とちり。

9月にイタリアへ行きます

◆カミサンのフィレンツェで開催される国際学会参加にあわせ、イタリアに行くことになりました。円安で、かなりの出費・・・、ですが。
◆今週は、金曜日のガイド+の会セミナー、土曜日の播磨学、翌月曜日の研究費のプレゼンと、なにかと準備がたいへん。そこを越えると、少し楽になるかな。
◆今朝の新聞から。

2024年5月18日 相生市塚森古墳の測量完了

◆朝8時天王寺集合。現地着10時。周囲の測量を担当。残っていた東側は17時完了。墳丘は18時完了。相生駅のホテルに入り、19時から打ち上げ。

プラグイン

カレンダー

03 2025/04 05
S M T W T F S
1 3 4
6 7 8 9 10 11 12
14 15 16 17 18
21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新記事

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索