人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
2023年9月1日、発掘第2週終わり
◆残暑は厳しい。が、それでも1週前よりコーラの消費量はぐっと減る。秋めいてきました。
◆トレンチの仕上げは、R大N先生や城陽市の担当者と院生・学部生に任せ、31日・9月1日は、現場周りの掃除をしていました。9月1日は、職場の紀要編集委員会があったので午後から。朝8時に職場へ行き、大歴の仕事を1時間、そこから紀要編集委員会の準備を1時間で、会議に臨む。会議はだいたい70分くらいだったか。一応、この日の課題はこなす。残務をやって現場へ。
◆N県K町のK君が来てくれた。来週の火曜日や水曜日くらいには、完掘・清掃し、写真撮影というプラン。遅くとも次の週9月11日からは図面にかかりたい。疲労が蓄積しているのを感じる。
◆本日9月2日(土曜日)は、紀要論文の査読依頼と、科研の申請書書き、の予定。
◆トレンチの仕上げは、R大N先生や城陽市の担当者と院生・学部生に任せ、31日・9月1日は、現場周りの掃除をしていました。9月1日は、職場の紀要編集委員会があったので午後から。朝8時に職場へ行き、大歴の仕事を1時間、そこから紀要編集委員会の準備を1時間で、会議に臨む。会議はだいたい70分くらいだったか。一応、この日の課題はこなす。残務をやって現場へ。
◆N県K町のK君が来てくれた。来週の火曜日や水曜日くらいには、完掘・清掃し、写真撮影というプラン。遅くとも次の週9月11日からは図面にかかりたい。疲労が蓄積しているのを感じる。
◆本日9月2日(土曜日)は、紀要論文の査読依頼と、科研の申請書書き、の予定。
師匠である神原晶の言葉と発掘調査
◆神原晶の言葉。「外科医の手術力は最初のトレーニングで決まる。どれほどの熱意を持って手術を学ぶか。どれほどうまい外科医の手術を見るか。川の水が流れるように基本手技を反復し、美しい最終術野を作る。それが理想の手術。そして一番大事なのは、どんなに厳しいオペでも決して患者を見捨てないこと。」
◆発掘調査のトレーニングか。そんなん、なかったな~。3回生の時のタテツキでは、まったく何もかもがチンプンカンプンでした。石が地山の石なのか、墳丘にかかわる石なのか、なんぼ削ってもわからない。わからないまま手を動かしているだけ。大学院生時代になっても、ちゃんと土を見て判断できる仲間を見て、とてもそんなことはできなかった。埴輪を出したり、葺石を出したり、そういうのは器用にやれたような気がするが、それは発掘の本質ではない。そこは集落遺跡の現場で鍛えられた方がいい。あるいは古墳でも、葺石がなく、土で勝負する現場の方が鍛えられる。
◆「どれほどうまい発掘を見るか」。これはNBKの先輩Oさんの現場です。左京3条2坊?、排水溝で即座に3面の遺構面を見いだす、その把握の的確さに感銘。
◆とにかく遺構面を美しくして遺構検出し、柱穴等の掘形の輪郭を、わからなければ納得するまでガリで削り、外と思われる土を削り、内と思われる土を削り、違うことに確信をもち、その境を突き詰めていき、線を引く、というところまではできるようになる。これは就職してからですね。
◆発掘がうまいわけではない。研究所の、年3ヶ月の現場を5年やって、なんとか1人でもやれるかな~、という状態でした。そこは、都道府県や市町村で、現場が多いところであれば、3年とか5年とか現場をこなせば、だいたいのことができる一定のレベルに達し、あとは応用ということになるのでは。そこまでは行ってませんでした。
◆なので、大学に移ってから、さらに経験を重ねていくほかない。K学院のA君とか、W田のJ君は、たいへん現場がうまかった。現場を担当するこっちの方が未熟。まあそれでも、いろんな経験値の差や、発掘センスの差があれ、一緒に現場をやっていくことで、教えてもらい、経験を積んでもらう、そういう場は作れたというところ。
◆しかし考えてみれば、やはり教えるべき基本的トレーニングというのはあってしかるべき。そういうことをやれていない教員はダメですね。みな我流で身に着けていけ、というのはよくない。行政の現場に出て鍛えてもらえ、というのも無責任。発掘調査を教えるというのは、簡単なことでなく、実際のところは実践で鍛えるほかないとしても、しかし「そういう修行をみなせよ」でなく、実際的な教科書的なものが、この世界には必要ではないだろうか。
◆発掘調査のトレーニングか。そんなん、なかったな~。3回生の時のタテツキでは、まったく何もかもがチンプンカンプンでした。石が地山の石なのか、墳丘にかかわる石なのか、なんぼ削ってもわからない。わからないまま手を動かしているだけ。大学院生時代になっても、ちゃんと土を見て判断できる仲間を見て、とてもそんなことはできなかった。埴輪を出したり、葺石を出したり、そういうのは器用にやれたような気がするが、それは発掘の本質ではない。そこは集落遺跡の現場で鍛えられた方がいい。あるいは古墳でも、葺石がなく、土で勝負する現場の方が鍛えられる。
◆「どれほどうまい発掘を見るか」。これはNBKの先輩Oさんの現場です。左京3条2坊?、排水溝で即座に3面の遺構面を見いだす、その把握の的確さに感銘。
◆とにかく遺構面を美しくして遺構検出し、柱穴等の掘形の輪郭を、わからなければ納得するまでガリで削り、外と思われる土を削り、内と思われる土を削り、違うことに確信をもち、その境を突き詰めていき、線を引く、というところまではできるようになる。これは就職してからですね。
◆発掘がうまいわけではない。研究所の、年3ヶ月の現場を5年やって、なんとか1人でもやれるかな~、という状態でした。そこは、都道府県や市町村で、現場が多いところであれば、3年とか5年とか現場をこなせば、だいたいのことができる一定のレベルに達し、あとは応用ということになるのでは。そこまでは行ってませんでした。
◆なので、大学に移ってから、さらに経験を重ねていくほかない。K学院のA君とか、W田のJ君は、たいへん現場がうまかった。現場を担当するこっちの方が未熟。まあそれでも、いろんな経験値の差や、発掘センスの差があれ、一緒に現場をやっていくことで、教えてもらい、経験を積んでもらう、そういう場は作れたというところ。
◆しかし考えてみれば、やはり教えるべき基本的トレーニングというのはあってしかるべき。そういうことをやれていない教員はダメですね。みな我流で身に着けていけ、というのはよくない。行政の現場に出て鍛えてもらえ、というのも無責任。発掘調査を教えるというのは、簡単なことでなく、実際のところは実践で鍛えるほかないとしても、しかし「そういう修行をみなせよ」でなく、実際的な教科書的なものが、この世界には必要ではないだろうか。
2023年8月31日(木)、わたし失敗しないので
◆9月31日の木曜日。19時に現場から家に戻り、風呂に入り、洗濯ものを干し、レモンチューハイを呑んでいます。
◆昨日30日(水)は大学院入試の2日目。午後は面接なので、1130には現場を出て、職場に向かう。1330から、日本史は出願者9人の口述試験。この日は、そのあと教室会議もやる(9月8日の教授会の日に時間がとれないので)。終了後、雑用。9月1日(金)の紀要編集委員会の仕事もする(委員長をやってるもんで)。かなりの本数のエントリーがあって、〆切が8月31日。9月1日は査読者を決める委員会である。なので、9月1日は、午前は職場、午後から現場です。
◆今日31日に現場に行き、感動したのは1トレF石の基底石。「うっわ、すご」。1・2トレとも決着したので、あとは掘り上げ、仕上げですね。現場を美しく。検出遺構もむろん美しく。
◆このところ、現場でドクターXの話ばかりしている。叩き上げの卓越したスキルをもつ一匹狼のフリーランス発掘屋。いいね~。「わたし失敗しないので」。もともと、発掘初日は、手袋を両手に装着し「オペを始める」という儀式をやっていた。ウソ、ではないが、実際やったのはほんの少しだけ・・・。で、大門未知子の話というのは、「わたし失敗しないので」ではなく、基本的なところを徹底し、術野をなんとか、という、師匠の岸部一徳の教えがあり、それを未知子が言う。また調べます。とにかく術野を的確な範囲で美しく開く、これ発掘と同じだということ。
◆で、徹底した準備をする。どう掘るか、どうなったら次はどうするか、そういうイメージトレーニング。埋文職員は、全体スケジュールのなかでそれを考える必要がある。もとい、とにかく、いま見えているものをどう考えるか、その下をさぐるのに、どう進めるか、そういう準備、考えておくことが必要ということだ。その覚悟と準備によって、「わたし失敗しないので」が成り立つ。実際のわたしは失敗が多い。
◆脱線しました。カミサンが河内国分に到着するので、焼き鳥屋にむかいます。
◆昨日30日(水)は大学院入試の2日目。午後は面接なので、1130には現場を出て、職場に向かう。1330から、日本史は出願者9人の口述試験。この日は、そのあと教室会議もやる(9月8日の教授会の日に時間がとれないので)。終了後、雑用。9月1日(金)の紀要編集委員会の仕事もする(委員長をやってるもんで)。かなりの本数のエントリーがあって、〆切が8月31日。9月1日は査読者を決める委員会である。なので、9月1日は、午前は職場、午後から現場です。
◆今日31日に現場に行き、感動したのは1トレF石の基底石。「うっわ、すご」。1・2トレとも決着したので、あとは掘り上げ、仕上げですね。現場を美しく。検出遺構もむろん美しく。
◆このところ、現場でドクターXの話ばかりしている。叩き上げの卓越したスキルをもつ一匹狼のフリーランス発掘屋。いいね~。「わたし失敗しないので」。もともと、発掘初日は、手袋を両手に装着し「オペを始める」という儀式をやっていた。ウソ、ではないが、実際やったのはほんの少しだけ・・・。で、大門未知子の話というのは、「わたし失敗しないので」ではなく、基本的なところを徹底し、術野をなんとか、という、師匠の岸部一徳の教えがあり、それを未知子が言う。また調べます。とにかく術野を的確な範囲で美しく開く、これ発掘と同じだということ。
◆で、徹底した準備をする。どう掘るか、どうなったら次はどうするか、そういうイメージトレーニング。埋文職員は、全体スケジュールのなかでそれを考える必要がある。もとい、とにかく、いま見えているものをどう考えるか、その下をさぐるのに、どう進めるか、そういう準備、考えておくことが必要ということだ。その覚悟と準備によって、「わたし失敗しないので」が成り立つ。実際のわたしは失敗が多い。
◆脱線しました。カミサンが河内国分に到着するので、焼き鳥屋にむかいます。
2023年8月29・30日、大学院入試
◆現場を1440頃に出て職場に。本日からの大学院入試の仕事をする。17時、午後の専門の試験が終わり、答案が来て採点。終了し、明日の口述試験にむけて少し話をして解散。そのあと、やることをやっていると、本日の久津川の成果報告がラインで入ってくる。21時頃、職場を出る。
◆カミサンが、今日から、新潟大学松岡先生のイベントに参加するために新潟に出張したので、帰り、すき家で牛丼を食べて、帰宅。
◆このところ、和泉市史府中編の原稿のため、あれこれ本を読み、考えたりしている(〆切は・・・うっ)。葛城のソツヒコがいるとしたら巣山かな~、室宮山は玉田宿禰ちゃうんとか、西陵は紀角宿禰か、とか。まあ、こんなことだけを考えているわけではない。葛城氏や紀氏と、和泉の在地勢力との関係を考えている。古市さんの新書は大いに参考になる(海人)。
◆根使主のことを書け、ということになっている。が、大方のことは、『和泉市史信太編』に書いてしまっている。がその後、西陵の測量をし、川合大塚山も室宮山の測量もした。こないだ王寺町でしゃべる時に進展もあったし、そういう最新のデータをふまえ、前に書いたことではあるが、根使主について再度書かなければならない(信太編では府中遺跡にいたと書いた)。根使主の話は一定の史実とみられており、実在したとするなら、現実の遺跡や古墳と考えあわせないといけないわけです。時期の古そうな鍋塚ではないだろう。内容不明ながら玉塚なんだろうか、でも坂本に近いしな~、など。さて、原稿にできるでしょうか。
◆カミサンが、今日から、新潟大学松岡先生のイベントに参加するために新潟に出張したので、帰り、すき家で牛丼を食べて、帰宅。
◆このところ、和泉市史府中編の原稿のため、あれこれ本を読み、考えたりしている(〆切は・・・うっ)。葛城のソツヒコがいるとしたら巣山かな~、室宮山は玉田宿禰ちゃうんとか、西陵は紀角宿禰か、とか。まあ、こんなことだけを考えているわけではない。葛城氏や紀氏と、和泉の在地勢力との関係を考えている。古市さんの新書は大いに参考になる(海人)。
◆根使主のことを書け、ということになっている。が、大方のことは、『和泉市史信太編』に書いてしまっている。がその後、西陵の測量をし、川合大塚山も室宮山の測量もした。こないだ王寺町でしゃべる時に進展もあったし、そういう最新のデータをふまえ、前に書いたことではあるが、根使主について再度書かなければならない(信太編では府中遺跡にいたと書いた)。根使主の話は一定の史実とみられており、実在したとするなら、現実の遺跡や古墳と考えあわせないといけないわけです。時期の古そうな鍋塚ではないだろう。内容不明ながら玉塚なんだろうか、でも坂本に近いしな~、など。さて、原稿にできるでしょうか。
2023年8月28・29日、久津川
◆本日29日は、大学院入試のため、15時前に現場を出る。
◆28日の月曜日から、久津川第2週が始まる。先週の段階では、3トレと4トレを先に片づける話をしていたが、それは来週に回し、1トレと2トレを進めることにした。28日は、4つの調査区脇に測量用の基準杭を打設した。暑いっすわ。H県のS君が来てくれたのは、この日だったか。
◆2トレは、28日までに3段の法面の整形を終え、この日のうちに下段斜面裾(墳端)と濠底に到達する。ほぼ下段斜面の天端までF石が残るのだが、そこがいま調査区西端で、下段テラス面に及んでいない。いま犬走りとしている平坦面の下にある。29日はこの西側犬走部の洪水堆積層を下げて行き、ほぼテラス面近くに到達。そこで抜けたのだが、そのあとH列が検出されたとの報告を受ける。
◆1トレは、28日にテラス面上の黄色シルトを下げ、西端でF石だまりを検出。F石の転落石はある程度で途絶え、そのままシルト下げを東に進めていく。29日はF石の転落石が途絶えたところから、シルト層を除去し、その下の、テラス面直上のジャリジャリ層を出しながら東へ進む。現在の調査区東端は、後世の区画溝が通っていて、竹の根などがあって苦戦していたが、そこについてもほぼ同じくらいの高さまでシルト層を下げる。その上で、テラス面直上のジャリジャリ層検出を東に進めると、想定より西の位置でH列を検出した。ひとまず封をして、現在の調査区では下段テラス肩部が入らないと思われるので、東へ1.5mほど拡張することにする。拡張区の掘削を進めているところで、現場を後にした。明日には下段斜面の落ちを捉えることができるだろう。
◆また、西側で出ているF石は、密に出ている調査区西端くらいが中段基底部とみていたが、石出しの作業を見ていると、据わっているように見える石の下にも埴輪片が入っており、これらのF石だまりはおおむね転落石のように思われてきた。だとすると、中段裾の基底石はいま少し西なのだろう。西側のJR線側へいくぶん拡張が必要か。
◆あんまり書くとおこられるので、この辺にしておこう。
◆28日の月曜日から、久津川第2週が始まる。先週の段階では、3トレと4トレを先に片づける話をしていたが、それは来週に回し、1トレと2トレを進めることにした。28日は、4つの調査区脇に測量用の基準杭を打設した。暑いっすわ。H県のS君が来てくれたのは、この日だったか。
◆2トレは、28日までに3段の法面の整形を終え、この日のうちに下段斜面裾(墳端)と濠底に到達する。ほぼ下段斜面の天端までF石が残るのだが、そこがいま調査区西端で、下段テラス面に及んでいない。いま犬走りとしている平坦面の下にある。29日はこの西側犬走部の洪水堆積層を下げて行き、ほぼテラス面近くに到達。そこで抜けたのだが、そのあとH列が検出されたとの報告を受ける。
◆1トレは、28日にテラス面上の黄色シルトを下げ、西端でF石だまりを検出。F石の転落石はある程度で途絶え、そのままシルト下げを東に進めていく。29日はF石の転落石が途絶えたところから、シルト層を除去し、その下の、テラス面直上のジャリジャリ層を出しながら東へ進む。現在の調査区東端は、後世の区画溝が通っていて、竹の根などがあって苦戦していたが、そこについてもほぼ同じくらいの高さまでシルト層を下げる。その上で、テラス面直上のジャリジャリ層検出を東に進めると、想定より西の位置でH列を検出した。ひとまず封をして、現在の調査区では下段テラス肩部が入らないと思われるので、東へ1.5mほど拡張することにする。拡張区の掘削を進めているところで、現場を後にした。明日には下段斜面の落ちを捉えることができるだろう。
◆また、西側で出ているF石は、密に出ている調査区西端くらいが中段基底部とみていたが、石出しの作業を見ていると、据わっているように見える石の下にも埴輪片が入っており、これらのF石だまりはおおむね転落石のように思われてきた。だとすると、中段裾の基底石はいま少し西なのだろう。西側のJR線側へいくぶん拡張が必要か。
◆あんまり書くとおこられるので、この辺にしておこう。
2023年8月25日、発掘第1週終わる
◆21日から学生が参加。その21日は暑く、熱中症になる。帰宅して、駐車場で、車のハッチバックを開けていると目が回り、ごろんところがる。頭を動かすと気分が悪いので、家でじいっと横たわる。
◆重機掘削は19日土曜日も動いていて、その日は3トレの整形まで。21日は組み立てなおしで、新たに後円部斜面を出す調査区(2トレ)を設定する。1トレの掘削をやったのも、この日か。学生らは調査区周りの清掃。
◆重機は翌日の22日まで。掘削が4mになるので(線路沿いは客土もあり、さらに+)、2面の犬走りを設けて三段に掘削。23日からは人力で調査区の整形などを進めた。
◆重機掘削は19日土曜日も動いていて、その日は3トレの整形まで。21日は組み立てなおしで、新たに後円部斜面を出す調査区(2トレ)を設定する。1トレの掘削をやったのも、この日か。学生らは調査区周りの清掃。
◆重機は翌日の22日まで。掘削が4mになるので(線路沿いは客土もあり、さらに+)、2面の犬走りを設けて三段に掘削。23日からは人力で調査区の整形などを進めた。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。