人を幸せにする人になろう

大山崎歴史資料館

◆16時過ぎにすべりこんだか。館長Fさんがいて、実に丁寧に説明をいただいた。これ、館長の思い 入れのある展示のようで、熱がすごかった。いまサントリーの醸造所になっているところに江戸時代まで寺院があったこと、その前身は古代までさかのぼることなど、とても勉強になった。

鳥居前古墳

◆これが驚き。前に来たときは(連れて行ってもらった)、山のなかを入って行ったのだが、いま やそこまで宅地開発され、その一角に残された形になっているではないか。で入れない。
◆乙訓古墳群は史跡となるも、公開していくには、安全対策なども含めた一定の整備が求められ、それが整うまでは、自由に立ち入れない、ということなのだろう。

いげの山古墳

◆子供らが、たくさん遊んでいて、それがよかった。都市部の住宅地の中に、よい緑地公園ができ た、というところ。そのへん、網野銚子山は同じようには行かないが、日常使いの遺跡になることを願う。

勝龍寺城跡

◆2回目か。内部の展示は変わっていないのかな。細川藤孝・忠興、ガラシャを学ぶことができる。この城跡、保存問題があっ たのかどうかはよく知らないが、よくぞ残してくれましたね。

長岡京大極殿

◆中心部に東西の生活道路が通っており、なかなかこれをなんとかするのは難しいのでしょう。大 極殿院の北西部方向の追加指定が進み、史跡整備され、看板も充実し、以前よりも全容がわかるようになっている。
◆住宅地に化したなかで、時間をかけて追加指定し、整備を進めている向日市さんに敬意を表したい。すぐ横を調査しているようで、この部分も追加指定に進むようである。

元稲荷古墳

◆向日神社に入る。参拝。古墳に向かう。気になるのは、封土がむき出しで、流出を止めないとい けないのではないか、ということ。写真は前方部だが、後方部もそうで、肩のあたりは封土が露呈している。

五塚原古墳

◆前に向日市が掘っている時に見学させてもらったが、行き方はすっかり忘れている。市役所に車を止めて案内されて歩いて行ったので。住宅地の街路から近いので、入口になっている公園のところまで車で行くことはできる。今回はやはり歩きましたが。
◆公園から歩いていくと(これも封鎖している形なのだが・・・)、前方部にたどりつき、そこから後円部に向かう。調査時の風景は覚えていないが、調査区のあたりは当然伐採して開けていたんだと思う。しかし、しばらく経つと、山なんで草木がかなり繁茂している。写真は後円部から低い前方部を望んだものだが、ようわかりませんよね。

寺戸大塚古墳

◆向日市の資料館で、出土遺物を堪能する。写真もバチバチ撮らせていた だきました。そのあと 現地。いま後円部の崖面をさわっているのかブルーシートがかけてあり、柵が閉じられていて、おとなしく外から概観しました(ほんとです)。

物集女車塚古墳

◆前にも学生らとの見学会で寄りました。いま、乙訓古墳群の構成資産と して、国史跡になってい  ます。羨道部を解体して組み直している。横穴式石室は、年1回、公開しているのだろう。
◆1983年夏の発掘から40年。浪人して19歳だったんだ。なつかしい写真はいろいろあるが、アルバムが見当たらないので、見当たった1冊から。自分がどこのトレンチを掘っていたのか、正確に覚えていないのだが、北くびれ部だったような。N先生とのおつきあいも、ここに始まる。またこの時、みなで長法寺南原古墳の発掘を見学に行った。そこで初めてT先生をお見かけした。

樫原廃寺

◆八角形の塔の北側も史跡地となり、フェンスで囲むが、間に民有地があるためか、まだ、基壇を  整備している塔跡からひとつづきのものとして整備はなされていない。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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