人を幸せにする人になろう

久津川車塚2017年8月11日(祝)最高気温36度

【参加者】城陽市担当者、工藤さん、自分、大澤(市大M1)、園原・吉村(立命M1)、川北(京大M1)、 土井(奈良県庁)、安藤・木下(立命4)、泉・田口(奈良大4)、相馬(近大4)、前田・山口・山崎(立命3)、池口(同志社3)、上野(奈良大2)。
◆(1)周濠底の石出し→石外し、(2)後円部部裾の仕上げ、(3)陸橋裾部の仕上げ、(4)谷部の仕上げ、(5)葺石清掃、(6)礫出し、(7)全体清掃、が今日の仕事。
◆(1)周濠底の石出しについては、およそ状況は判明。石のないところは濠底まで出し、濠内の石は基本的に地山に乗らず堆積土中で除去可能と判断し、第2Qから周濠側からはずしていく。濠底は黄色砂質土だが、色は部分によって違うところもある。堆積土最下層のネチョネチョ粘土の下、サクサク気味の砂質の地山が出てくる。なお、調査区隅に近い土嚢の下からひとかたまりの埴輪片があり、写真を撮って取り上げる。
◆(2)後円部裾については、基底石およびその外にある取れない石をのぞき、だいたい昼までにすっきりした。谷部寄りの多重の基底石、そこから南への連続(途中抜けあり)、およそ理解できるものになっていると思う。
◆(3)陸橋側裾部については、礫が下、上に葺石が乗ること、葺石材は濠内堆積土中なので、取り除いていく。周濠中心部よりの西側に、礫にまじるように葺石石材(そう大きくはない)がいくつかあり、下を探りながら、基本的に取れると判断して除去する(いくつかはまだ残している が)。埴輪片が下から出てくるところもあり、間違ってはいない。西壁際から水鳥首部片が出土、写真を撮って取り上げた(昨日来の谷筋沿いの埴輪片は竹櫛をさしてそのまま置いてある)。
◆(4)谷部はいちばん難しいが、全体としては、谷筋に列石を一直線にならべておらず、後円部斜面に対しての基底石風に、順次、下から重ねていっている状況で、谷筋ラインとしては、谷筋を端部とするもの、陸橋にかかるように置いたものが、ジグザグ気味に上がっていく様相。石半個分のジグザグはあれ、全体としてはおおむね後円部斜面の葺石の三角が作り出され、そこから陸橋側面の礫を重ねている状況である。以上のような見立てからして、谷部にへんな格好で乗っている葺石材は転落石の可能性があるとみて、下をさぐりながらはずしている段階で、完全な仕上がりまでいかなかった。下から後円部斜面の葺石の重なりが出てきており、掘り切れば、より谷間の葺き分けが明瞭になるはず、である。
◆(5)葺石の清掃はほぼ基底石まで下りてきた。(6)礫の清掃は、やってもやってもキリがない。実際 上、埴輪の出土位置も参考に、浮いた高いものを取り、面として整ていくという作業と並行。とくに裾部は溜まりになっているので、ある程度重なりの一番上のものから取っていって整える必要があるが、理屈上は面として整うところで止めるということになるが、どこまでやるのが妥当かは、はっきりわかるわけではないだろう。面として整える作業をやって、ここまでと切りをつけるほかはないだろう。(7)写真撮影にむけての全体清掃には、以上のような作業の進捗で、到達しなかった。週明けに延期である。
◆土日の天気はよさそう。月曜日も大丈夫そうだが、火曜日はやや怪しい。なんとか、月曜日の午前中で、谷間および礫面のケリをつける作業を継続しながら、それ以外のメンバーで調査区全体の清掃を進め、午後、写真撮影とレーザー計測にもっていきたい。
〔来客〕増田さん(ビールありがとうございました)、久住さん、原田さん(アイスありがとうございました)

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性別:
男性
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1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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