人を幸せにする人になろう

久津川車塚2017年8月9日(水)最高気温36度

【参加者】城陽市担当者、工藤さん、自分、長友、道上(市D3)、園原・吉村(立命M1)、川北(京大 M1)、合田・松井(市大3)、林田・前田・山口・山崎(立命3)、上野(奈良大2)
◆依然として台風の雨で地下水位が上がっており、水は抜けることなくジワジワ湧いてくる。その水を絞りつつ、葺石の目地出しを全面展開。+陸橋側面の検出作業に従事した。+葺石より上の後円部斜面の仕上げをだいたいやった(自分)。
◆葺石は、拡張区を含めた陸橋の上のところは、だいたい仕上がったので、全力で南半分の葺石にかかる。どろどろになりながら、前線部隊は泥土をほじり石を出していき、その上にも人を配置して、石の目地土ほじりを進める。天候もよく、次第に上から石も乾いていき、葺石らしい姿が下に広がっていく。本日最終ラインはほぼ基底石に到達し、昨日まで顔を出していたものも、より大きく姿を現している。途中、抜けているところがあり、その下部は全体に下にズッ ている様相。基底石の上に同じくらい大きな石が重なるように乗ってるところもある。
◆問題は基底石外の石敷きである。基底石の下にかませたようなものはありそうだが、そうした組み方で、幅のある石敷きとなっているようには思えない。濠底にもそこそこの密度で石があるが、ほとんどは基底部から遊離し、堆積土内に点在しているものと思う。基底石寄りのところで、一定の石敷きがあると判断されるかどうか、にかかっている。
◆陸橋側面の斜面部は、暗灰+サビ層を除くと灰色粘土となり、それで一旦止めてもらったが、そのなかに石が含まれる。陸橋上面の白色粘土の純粋さではないので、なお削る必要があるか。ひとまず暗灰+サビ層を落としていくと、陸橋の堤側でも、斜面下半から礫が顔を出し、良好な 遺存状況となる。谷部については、後円部側の通常の葺石が谷線に沿ってラインがきれいに通るように並べられてはいないが、陸橋側面の礫との境界がおおむね通るように葺き分けられている。
◆礫が落下して陸橋側面下場のところにたまっているであろう。そういう状態のなかで、どの礫がはずせるのか、礫の基部にそれなりの基底石をならべることはしていないようなので、どのような仕上がりになっていたのか、どう創るのか・・・、難しいところである。全体を出し、浮いた石ははずし、並びがちゃんとしている礫たちがどのような姿を示すのか、慎重に見きわめていく 必要がある。

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前方後円墳が好き
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男性
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1964/03/22
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大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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