人を幸せにする人になろう

八戸研究会(29)県博のその他の話題

◆県立博物館の展示で、あとふたつ。ひとつは江釣子古墳群。末期古墳として著名。北上市だそう である。今回は行けなかったが、次の機会には是非行きたい。
◆もうひとつ。二戸市にある九戸城。二戸にあるのに九戸とは、ヘンですね。
◆これが天下統一の最後の合戦なんだとか。蒲生氏郷、そう松阪城を築いたやつ。

八戸研究会(28)岩手県博

◆まあ立派。けっこう自然史が強い。が、あんまり子供がいなは寂しい。すこし専門性が強い のではと思う。じっくりと見ていたら、2時間ほど経ってしまい、新幹線 に乗り遅れては困る。近世以降の展示はすっとばさざるをえなかった。本当は、盛岡でも、盛岡城にも行き、そこにも展示施設があることを調べていたので行きたかったのだが、時間切れとなる。
◆忘れたが、花巻空港から伊丹の便もあったのかな。けれども高く・・・。早割が取れていたら、レンタカーで花巻乗り捨てにすれば、滞在時間が長く取れたのに、やめた記憶がある。

八戸研究会(27)現場案内

◆ここの展示の一画に、いまある収蔵庫をガラス貼りで見せるところがあるのだが、いちばん良 かったのは、写真に示すボード。いま盛岡市で動いている現場を紹介し、やってますよ、見れますよ、と案内していることだ。
◆が、残念ながら客は多くはない。文化施設を集めている一画にあり、遊び場もあって、家族連れは多いのに。子供を2人連れた家族連れが、この建物に近づいたが、結局入らなかった。有料だったからではないだろうか。
◆入場無料で開放した方がいいんではないか。せっかくのよくできた施設で、企画展も力が入っている。1回来たらもうええわ、というものにならないためには、とにかく無料で気軽に入ってもらうことではないのか、と思った。

八戸研究会(26)盛岡市 遺跡の学び館

◆あたらしくできた施設。これも埋蔵文化財センター機能兼用ある。受付奧の机がならん でいて、日曜日だったが何人かいてる様子。
◆展示もよくできている。時期区分が明確で、メリハリが効いていて、遺跡そのものの解説も適度にあって、ふさわしい遺跡を紹介して時代を語っている具合。

八戸研究会(25)岩手山

◆この日、岩手山は初冠雪。やや薄寒い。風もきつく、岩手山の頂上にあった雲も次第になくなっ ていく。写真は志波城跡から撮影したもの。9世紀に志波城の建設にあたった労働者たちも、変わらぬ姿の岩手山を望んだに違いない。

八戸研究会(24)志波城

◆今回の盛岡行きの最大の目的はココ。けっこう城柵も見てきたが、盛岡はゆっくりまわったこと がなく、志波城に是非行ってみたかったのである。
◆史跡公園の入り口には、コンテナハウスがあり、地元のみなさんによる運営に任されているよう。入り口のところのものはチャチだが、中に入ったところに新しくできた復元建物のなかの展示はよかった。むろんガイダンス施設があればいいのではあろうが、これで十分かもしれない。10分程度のビデオは手っ取り早く概要を知る上で便利だ。
◆とにかく1㎞四方ほどあって平城宮に匹敵する。存続期間は10年?ほどだったか。それでも、律令国家が北の最前線に、力を入れて建設し たことがよくわかる。南面する外郭の門構え、築地塀、櫓が林立するさま、そして正庁部と、調査はともかく、ポイントの整備でよい思う
◆南門を抜け正庁へ至る両側は畑地で、お百姓さんたちが働いている。これでいいと思った次第。こんな広大な敷地を公有化しても芝貼って広大な空き地ができるだけだ。それよりも整備は要所にとどめ、生活空間のなかに史跡がある姿でよいと思う。最初はオヤと思ったが、駐車場に戻る頃には、なるほどとそう思っていた。正庁の内部だけでも広大なのだ。

八戸研究会(23)藤沢狄森古墳群

◆矢巾にも、藤沢狄森古墳群というのと、もうひとつあるらしい。数も多い。でもなんで、この種 の末期古墳の多くが、狄森(エゾモリ)とよばれるんでしょうか。不思議です。
◆展示には、勾玉類、刀など、すでに青森で見てきたようなものがならぶ。現地に行ってみようかと思ったが、ほとんど地上でわかるものはないようなので、盛岡に引き返す途中、4号線からこの辺かと思って通過した。

八戸研究会(22)徳丹城

◆最後の城柵。盛岡の志波城から南に移った。木製の冑というが展示してあ。遺跡は国道4   号線で分断されており、正庁は小学校のグラウ  ンドの脇。よく知らなかったが、平行四辺形の区画が東にあって、そこが古いのだとか。前に来たときがどんな段階で、その後の調査でどう進展したのか把握できないが、地道な調査で、解明が続いている
のだろう

八戸研究会(21)矢巾町歴史民俗資料館

◆朝起き、レンタカーを借り、岩手県博に向かうも9:30開館というので、時間がもったいないの で、南に転じて徳丹城に行く。ここには文化庁時代に一度行ったのです。 調査の委員会。岡田茂弘氏とご一緒した。
◆矢巾町の歴史民俗博物館。なかなか見応えはある。とはいえ、ちょっと言いたいこともあるが、そこは我慢しよう。盛岡市などと異なり、小さな町で、職員が、一生懸命、調査をし、史跡整備をし、資料館の展示もやっているのだ。よくやっている、とほんとうに思う。現場をやる人間とは別に、大学で歴史をやったとか、学芸員資格をもっているとか、という若い人を、なかなか正職とはいかないとしても雇用できれば、そして展示をまかせれば、だいぶ違うと思うが。

八戸研究会(21)盛岡そしてじゃじゃ麺

◆盛岡まで新幹線で30分。駅に降り立ったはいいが、困った。まるところがわない・・・。地図を見 る。東横インに違いないとフロントに行くも名前なしあれれ、スーパー ホテルかと電話したが違う。メモには、明日のレンタカーとか、もろもろの番号が控えてあるが、盛岡のホテルの名前がなし。今回の旅程であちこち手配するのに、けっこう時間を要した記憶がある。盛岡のホテルは、いつでも取れると思って、そのままだったのだろう。
◆しゃーない、カプセルだ。いまから考えると、駅の観光案内所にもどって探してもらえばよかったのだが、そこにあったので入る。飯を食いに出かけ、じゃじゃ麺の晩酌セットを頼む。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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