人を幸せにする人になろう

念願の佐原です

◆デンケンであるが、目的は伊能忠敬の資料館に行くこと。利根川を渡り千葉県に入り、終点の佐原に到達する。

鹿島神宮

◆終点の鹿島神宮で下りる。着は8:07。鹿島神宮へ行く。参道沿いの店はまだ開いていない。
◆佐原行きのJRが8:44、次が9:44。9:44までぷらぷらしようと思っていたが、参道沿いの店も開いていないし、8:44発に乗れそうなので、早々に引き上げる。

日本一長い駅名ではなくなったが

◆その後、より長いのが出てきて、「日本一」が「東日本一」に訂正されている。

インドネシア語とベトナム語

◆働き手としてインドネシアとベトナムの人たちが沿線沿いにそこそこ住んでいるのだろう。車中の注意書きが面白かった。さて高市内閣はどうする。

2026年2月23日(月)佐原に向かう

◆翌日、水戸647発、大洗鹿島線。鹿島神宮807着予定。
◆常澄駅では、ここが常住村かと。三角縁神獣鏡が出土している(祠から発見される)。NBK時代、所長経由で、茨木県教委の方が資料を持ってこられ、『考古学雑誌』に資料紹介するように指示され、書いたことがある。
◆大串貝塚のダイダラボッチ像も車中から見えた。
◆そして大洗。常陸鏡塚古墳がある。

水戸にむかう

◆22日は小峰城のあと、城下を車で通るが、歩いて見て回ることはしなかった。15時前に新白河駅でレンタカーを返却し、1536の新幹線で郡山まで10分だけ乗る。そこから水郡線で水戸に向かう。
◆1555発で水戸着は1907、3時間余りの車中である。水郡線、関西の者にはピンとこないでしょう。東京の役所勤めの時、女性の補佐員が茨木の出身で、水郡線のことを教えてもらったことがありました。

小峰城

◆いま門を復元しており、その工事中。足場を上がって本丸に入り、三重櫓に上り、元のルートで下りるようになっている。
◆東日本大震災で、けっこう石垣が崩壊し、その復旧の内容も歴史館のパネル展示で紹介されていた。

小峰城歴史館の展示

◆城主はけっこう入れ替わっている。17世紀の前半のなかで城を作り変え、本丸と二ノ丸を総石垣化し、近世城郭へと整備したということらしい。
◆ここの歴史館の古文書の展示がとても面白かった。古文書概説では、このような内容を教えてくれるのかな。

小峰城歴史館

◆白河の関から、お城と城下に向かう。お城は峰城という。東北本線が東西に通り、JR白河駅があり、城はJRの北、城下はJRの南である。お城は、きれいに整備され、現在も城門の復元工事が進行中である。
◆まず小峰城歴史館に足をのばす。7年前にできたという。最初のところの壁のところは撮影禁止となっていた。なかなかよくできた展示でしたよ。写真の地図は、白川が交通の要衝であることを示すもの。

白河の関

◆そこから白河の関に向かう。知るも知らぬも、白河の関。いや、それは逢坂の関か。まあ、行ってみました。
◆松平定信が考証して、古代白河の関はここだということを明らかにしたんですね。その記念の碑文が現地に残る。で、福島県教委が調査して史跡指定?。最近の調査は、道の脇のところを整備するための事前調査で、白河市教委がやったようだ。しかし官衙風の整備はほぼない。現状の地形・植生そのままに遊歩道を整えているくらい。発掘調査で建物などがどこまで確認されているのだろうか。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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