人を幸せにする人になろう

もうひとつは祭り

◆あとの半分は、牛窓が木造船の町だったことを示す復元船とパネル、そして祭の山車のあるスペースです。
◆船造りのパネルを読んでいると、材木は大坂長堀で仕入れてストックしておくのだそうだ。
◆そして祭礼。ここの山車は船の形をしたもので、2台が展示してあるのだが、これは現役で、この展示空間が山車収蔵庫とのこと。この地域にはぜんぶで8台の船形山車があり、牛窓は5台だそうである。

ここの展示の柱は朝鮮通信使

◆牛窓、そして次の室津は、朝鮮通信使の寄港地。展示スペースの半分はは朝鮮通信使関係でした。絵本を買ったのですが室津で作られたものでした。

海遊文化館

◆最初、ここをカーナビに入れていたのだが、通り過ぎてしまった。改めて旧道を歩いてそこまで行く。この建物は、元警察署のようだ。

牛窓天神山古墳

◆天神社があり、古墳の看板もある。牛窓天神山古墳のことは前から知っていたが、はじめてである。牛窓湾をながめる意味もあり、神社参道を登る。
◆立派な前方後円墳でした。佐紀陵山型でしょうか。海が良く見え、屋島がぽっこり。

再度、町の中心部に

◆灯台のところから再び観光案内所のところに戻る。海に面した広い空間があり、祭礼時には山車が集結するところであり、フエリー発着場でもある。
◆車を置いて、背後の道に入ると、古いまちなみがのびる。

牛窓文化館

◆説明では、牛窓の人たちが金を出し合って作った銀行だそうです。その後は中国銀行の支店になったようだが、それが閉じられた後、この記念すべき建物を保存し、かつての廻船でさかえた牛窓の古い写真などを掲示する展示館となっている。

東町は造船所が多かったそうです

◆大きな寺があり、これが妙福寺(一方の西側が本蓮寺で。この2つの寺のお札が、家々に貼ってある)。東町は船を造っていた造船所の多いところだったようです。いま木造船を造ることはないが、「〇〇造船所」という看板をかかげた店舗がいくつかある。いまの漁船の修理などをやっているのかもしれませんが、なお操業中かどうかは、休日で不明。

灯台

◆灯籠台というのでしょうか。岡山池田藩が4つ造ったそうです。そのうち残っているのが2か所で、それがこのひとつだが、残っているというのは台の部分。上物は復元です。

2026年1月12日(祝)牛窓

◆土曜日・日曜日とも職場に行く。大歴編集関係のこと。それとある記事の原稿。これで丸2日かかってしまう。
◆月曜日の成人の日も、車で関学経由で出勤しようとするも、またいつものように出かけることにし、牛窓に向かいました。
◆備前ICで下り、ブルーライン。師楽に着き、塩田だった一帯がメガソーラー施設となっている。山越えで牛窓に入る。フェリー乗り場から目の前の前島に行ける(行かなかった)。そこの観光案内所でマップを手に入れ、近世の灯台があった岬に行く。そこから東町方向は歩きで。

修論出る

◆1月8日(木)が修論の締め切り。日本史は、考古2名を含む9人とも無事出した。やれやれです。が、うちの場合、修論は教員5人が全員読むのが慣例で、試問も全員でやる。9本読むのは、ほとほとしんどそうです。ま、とにかくめでたい。来週は卒論の締め切りです。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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