人を幸せにする人になろう

福山城博物館

◆天守の博物館。数年前にリニューアルしたとのこと。丹青社だ。最新の展示はとてもいいですね。各階に動画もあり、学べる。
◆水野勝成という家康のいとこが初代藩主。鬼日向といわれたらしい(明智光秀が日向守で、嫌われた官職だが、勝成は喜んで受けたとのこと)。この男が破天荒で、父親に勘当され放浪、15年後に家康のとりなしで復帰し、刈谷城主。そして、おそらく秀長のあとの大和郡山城主となり、そのあと福山に転封。そもそも福山は新たに名付けた新地名とのことだ。
◆立派な城郭と城下町を3か年で作り上げたという。いま福山市は人口46万人、その基礎を水野勝成が作ったわけだ。イグサや木綿の特産品の創設、近世最初の藩札の発行、5番目の上水道整備などの説明がある。

大手

◆後ろから入ったので、福山駅側に出て大手を撮影する。この門と、左側の伏見櫓は空襲による焼失を免れたわけだ。

伏見櫓

◆本丸西南に重文の伏見櫓(三重)がある。これ、伏見城松ノ丸にあったものである。1ヶ月前くらいに、いま修理事業をやっている会社からコンタクトがあり、伏見城立入調査報告書の図を使わせてほしいとの連絡があり、やりとりをした。報告書を書いていた段階では福山城に行ったことがなく、ネットで拾った平面図・立面図を使い、現地との対比を行なった。
◆徳川伏見城の建物はいまいくつ残っているのだろうか。廃城の時に何をどこに移したのかは、ある程度わかっていたように思うが、現存するのは少ないのだろう。
◆福山城には、伏見櫓以外にも月見櫓(明治に解体)、御殿の一部も伏見城からの移築であったことを知る。
◆明治のはじめに多くの櫓は解体されたが、天守も残されていた。が、8月8日だったか、の空襲で焼失。そのなかで大手の門と伏見櫓と、もう1棟のみが焼けずに残った。1945年3月に降伏してくれていれば、多くの人名も、そして多くの文化財も残ったのだが。

2026年3月7日(日)福山・神辺

◆いつものように、出勤すべく、関学三田キャンパスに向かう中国道で、この日はさぼり、でかけることが決まる。デンケンの竹原に行くことにする。
◆しかし吉備SAであることが生じ、福山に行くことに変更する。広島県立歴史博物館は何度か訪れたが、福山城にはこれまで行ってなかった。城跡公園の西側に駐車場がある。搦め手なんでしょうね。そこから本丸に上がる。
◆広い。ここには20を超える櫓が建っていたという。搦め手口から見た復元天守。

2026年3月7日(土)豊臣大坂城シンポ

◆この日は3つど行事がかぶっている。そのなかで森ノ宮キャンパス3階の講堂で開催される博学連携の豊臣大坂城シンポに出る。来年からはわたしが大学側の責任者だって。5月に講演会をやろうとしており、会場を見ておきたかったこともある。
◆4人が40分ずつしゃべり、最後は40分のシンポ。ちょうどいいですね。

2026年3月5日(木)形象埴輪入れ替え

◆箱17・22・23・24・25・30・33・34・35・36・37・38・39・40・41・42・44、17箱返却。
◆新たに、50~61の12箱を搬入した。

気持ちの張りが弛緩

◆2026年2月28日(土)、採点続き。
◆2026年3月1日(日)。あることだけはやろうと思っていたが、1日出勤せず家でダラダラと過ごす。別にさぼったわけでなく休日で休んだわけだが、それとは別の理由もあって、気持ちの張りがなくなる。
◆2026年3月2日(月)は、普通に出勤して仕事をする。11時に久津川報告書打ち合わせ。14時から科目等履修生の面談。15時以降、Yさんからレボポイントのデータを受け取る。試験の採点も終わって3月に入り稼ぎ時なのだが、上記のようなことをこなしつつ、多聞城のメモを作りながら終始する。流している感じで、バリバリ感がない。いやそんなバリバリはもはやないのであるが、やることを粛々とこなす精神力が緩んでしまった。今日は3日(火)なのだが、日・月のサボリで溜まったメールの処理がまた気が重い。なんとか再び、粛々感を取り戻そう。
◆今日はめいいっぱい仕事をした充実感は得られた。が、やってもやっても終わりませんわ。

ほぼ同じ高さですね

◆所見をまとめようとするが、なかなかどう考えていいか整理がつかないような気がする。

写真の整理

◆記憶の新しいうちに写真カットの位置を記入した。見ての通り、聖武陵から時計まわりに、外構柵の外を北にまわる。光明陵の背後の境界に沿って多聞城の曲輪に上がり、南縁まで見て引き返す。最後は2つの丘陵の間の掘割を南に抜けて出てきた。

2026年2月27日(金)多聞城

◆車。朝820に研究室。会計処理の仕事の続き。930から博学の会議。11時までいて奈良市にでかける。出発時カメラを研究室に忘れ、1115になる。奈良女南辺の駐車場に到着したのが1215。なんとか1230の集合時間に遅れず、聖武・光明陵の入り口に到達。
◆13時から立入り観察。14時過ぎには出てきた。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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