人を幸せにする人になろう

サッカー女子ワールドカップ

◆ドイツ戦はBSではやってたのかもしれないが、うちはBSが入らないので(集合住宅だけどほんまかな)、新聞で放送をさがしたが地上波ではやってなかった。なんでせーへんのやろ。
◆準決勝3:50とかいうもんで、うだうだ起きていたが寝てしまい、5時頃目が開き、後半から見る。けっこうやるもんですよね。昔のイメージは、キック力がないし、スローだし、といったものだったが、ずいぶん進化したのとちゃいますか。キック力はあるし、スピーディだし、ちゃんとパスはつながるし、けっこう見れます。
◆おかげで、やや眠いが、木曜日、交野に写真を撮りに行く。決勝が楽しみですね。アメリカがFIFAランキング1位だそうだが、もちろん優勝をめざしてほしい。

大阪市美で国分茶臼山の鏡に対面

◆7月13日、あれれ930の会議は?。おかげで2限の準備を1時間ながらバタバタとやる時間ができ、準備不十分のためやっぱり時間が余ってしまったが、なんとか授業をこなす。授業は来週のあと1回。
◆そのあと、大阪市美に行く。国分神社3面と、八尾矢作神社の1面、所蔵者に承諾をもらっていて、今日、寄託先で撮影となる。大阪市美に生まれて初めて行った。かんかん照りだが、美術館には、そこそこ人が入っている。撮影はほとんどフリー。そそくさと撮影。まあまあか。
◆実は堺市の塔塚の鏡2点もあるのだが、これは「後期古墳研究会」森浩一となんとかさんの連名で預けてあるものという。森先生の了解が必要で、学芸の方がコンタクトを取ると言ってくださっている。了解がとれれば、改めて出向く。あと、鳥取県旧社村の三角縁神獣鏡がここにあるのを知る。椿井と同笵のはずだ(かすかな記憶)。出してくれそうな雰囲気だったが、機材を片付けたあとなので「また塔塚の時に」といって辞す。帰りに、工芸室で鏡をならべているから見ていってくださいと言われ、展示を見る。
◆天王寺公園に立ち入ったのもはじめてか。前に茶臼山の料亭に一度行ったことがあるが・・・。

今日は徹夜かな

◆先週も何曜日だったか、久しぶりに完全に徹夜した。今日もいまから、あすの会議の資料作りと、2限の授業の準備で、たぶん寝られないだろう。この科目、明日の13週目はネタが乏しく、今日一日準備せなと思っていたが、昼間はトンとやれなかった。
◆新納論文について、昨日はあれこれメモをとったり図を作ったりしていたが、時間がないのでしばらくストップですな。昨日、考えたところを、ひとつ前の記事にメモをしておいた。
◆カミさんが、いつものことながら倒れて寝ている。オレよりかはよっぽど働かされている。ボーナスも、労使交渉が決着しておらずマダだって。カミさんの最近の口癖、「奥さんがほしい!」。

新納論文について

◆新納さんの指摘は、高さが基準で、それが第1。そして、甘粕先生が指摘していたとおり、高さ1に対16783e88.jpgして水平距離2の斜面がおよそ基本で、これで基本設計ができると。新納さんの話はさらに、少なくとも論文で取り扱っている巨大古墳については、盛り土が厚いため、崩壊しないように、いくぶん緩斜面にするので、その分、水平距離はやや長くなる。上石津ニサンザイは、造山と基本同じなのだが、斜面が緩い分、長くなる。おおむねそんなだ。
◆で、高さ1に対して水平距離2で作られたモデルで、墳頂4単位で、計16単位。これが造山やミサンザイだと。宮川先生らの8分割と共鳴する話になる。西村さんは、下段径・中段径・上段径が5:4:3と言っていたが、おおむねそうなる。
◆で、造山は単位長が4.5歩だから、直径144歩(半径72歩)となるというもので、これまでの6分割、8分割、10分割、12分割、それぞれ案はあれ、モジュール論として共通するもの。つまり、後円部直径は、この後円部半径16単位のグループでいえば、単位決定してやれば自動的に算出されることになる。造山で言えば、145歩とか150歩といったように大枠のきりのいい数字で定めるのではなく、積み上げだと(ただし造山の直径が200mは?)。だが、一方では墳丘長は、決められているように書いていますね。その調整のために基壇を付加するとか(墳丘規模規定は、誰も評価してくれませんね。5歩刻みで墳丘規模が細かくランキングされている、ってオレのオリジナルで、けっこう重要だと思うんですけどね~)。
◆わたしは、王墓は墳丘長・後円部直径・前方部幅とも、10歩単位で決めているとみてきたわけだが、今回の新納論文をうけて後円部径について見直す必要がある。だが、たとえば誉田御廟山であれば、新納さんでいえば、5歩×18×2=180歩だ。結果だといわれたらそのとおりか。まあ、もうすこし考えてみる。
◆新納さんは、いまのところ墳丘長については、ランキング結果による決定事項として認めているようだ。それは一致するのだろう。そのなかで、伝統的な土木技術(複数系統があってよい)のなかで、いかに割り付けるか、というところで考え方が分かれてくる。とはいえ、新納さんの議論をたたき台に追求していくことで、正しい結論に達すればよい。いつもながら、あの人はパイオニアである。
◆いまだに出ない青木書店の古墳時代本のなかで、実は古墳の築造を書いた。そのなかでは、古墳の設計原理はいまだよくわからんと書いた。オレ自身はやっていないのである。ひとつだけいうと、新納さんは傾斜論で(傾斜分布は示されていないけど・・・)平面は結果に過ぎないみたいな言い方ではあるが、やはり単位長があり、中心点間距離があり、16単位とか18単位があることで、やはり王墓の設計「型」は定義されるのであり、それをモデルとする複製は、やっぱりあるんだろう。

今井町など

◆翌日の日曜日、カミさんと朝早くからどこか歩きに行き、風呂屋へ行こうと話をしていたのだが、むこうは土曜日に、昨年度の京8718bb92.JPG都大学時代の助教の人らとの飲み会で、帰ってこれず朝帰りで頓挫。
◆朝から、1人、しこしこと部屋の片付けやら、洗濯物、ゴミ出しなどにいそしむ。で、虹の湯に行こうとでかけるが、せっかくやからというので、橿原の今井町に行く。
◆暑くて1時間ほどしかいなかったが、けっこう、このPカンにもかかわらず、観光客は多い。町並みはさすがによく残っている。「氷」の旗に導かれて、店に入る。
◆それから、かもきみの湯に行くことにする。どこだがはっきり知らなかったのだが、風森峠のところ、ほぼ五條のところまで南下する。ここは公共が作ったのかな、プールと併設された風呂屋で、500円。今日もまたサウナで汗を1㎏分をほど絞り出す。
◆子供の時のプール帰りのように、ダルイ感じ。そのあと、初めて水越峠を千早赤阪へ抜ける。峠付近のダイヤモンドトレイル沿いの駐車場にはハイカーたちの車。それから湧き出る水を汲みに来ている人たちも目立つ。
◆羽曳野のコーナンに行き、ダイニングリビングの敷物を新しくする。テーブル下には30㎝四方のコルクを表面に貼ったマットを45枚分、それとこたつテーブルの下の夏用の敷物を買う。イズミヤで晩20d146c4.JPG飯の食材を買って、呑みながら敷物を入れ替える。子供らは2人とも出かけていたが、それぞれ戻ってくる。映画ハリーポッターをやっていたが、すでにオレはグダグダ・・・。23時に起きてイ・サンを見る。
◆そんなことで、土日は終わる。7月上旬を経過し、授業があと2回になってうれしいのではあるが、もう前期が終わるとなると、あれもこれもできていないと愕然とする。

豊中歴史同好会2011年7月9日

◆テーマは〈考古学からみた4・5世紀の政権交替〉、むこうが決めたか、こっちで決めたか、あんまりよく覚えてい70f4b8af.jpgない。14時から16時、豊中市蛍池。
◆直前にばたばた準備した割にはマアマアか。佐紀は政権交替か。実質そういうことかとは思うが、東アジア情勢に対する遷都であって、そのへんはあいまい。河内政権の登場は明らかな政権交替。そして允恭即位も政権交替と同じことだ。そして河内政権が弱体化しつつ存続するなかでの継体擁立は政権交替に相当する。そして継体を擁立した勢力に対する、欽明を立てて対抗した側の巻き返し、いわゆる「辛亥の変」も政権交替である。
◆古墳時代は卑弥呼擁立によって国家の枠組みを作り上げた、それは平和をもたらしたものだし、早熟ともいえるが、政治的にはきわめて不安定で、勢力争いが繰り返された、そんな時代ですよというのが、今日の結論。
◆津堂城山の最新の測量図を資料に出し、共和さんに作ってもらった動画を途中で流す。動画はわかりやすくていい。そして下の図は、岸本道昭さんが作った播磨の首長墳の編年。これ太子町の講演会の時に作ったものだが、そのあと、よく使う。古墳時代がどう推移したのか、すべてここに現れているといっていい。(1)みんなのオオヤマト時代、(2)半島派兵のため特定首長優遇の始まる佐紀時代、(3)ホムダワケのクーデタ39ae5f31.jpgによる古市・百舌鳥時代、(4)允恭・雄略による一定の中央集権化と前方後円墳築造規制、(5)雄略没後の混乱、(6)継体擁立にともなう前方後円墳の復活、その後・・・。地域の首長は翻弄されたことだろう。
◆そのあと、反省会と称する飲み会、そのあとの2次会も含めて、みなさん方と楽しく話をする。こういうのは、あんまりないことだ。例会発表中も、誉田御廟山は反正墓で、大仙は允恭墓だ、「どうですか?」、「信じられませ~ん」といったビビッドな反応が返ってきて、楽しかった。

またまた千足

◆朝日新聞に、千足について「石室みすみす解体」、「高松塚横目に劣化放置」という記事が掲載されている。チョッコモン彫刻のある石材の劣化進行を見逃してきたことをタタク記事である。
◆むろん、より早い段階で気づくべきだったと言われればそれまでであるが、世の文化財保護部局が、管下の史跡なりの指定物件が大丈夫かどうか、常に点検に廻っていられるほどの余裕はない。高松塚はぜんぜんそれとは違う。国宝で保存施設を作り、定期点検が行われるなかでの見逃しだ。九州の装飾古墳についても、以前から退色などが注意されていたから、公開をやめるとか、年に何度か点検するなどルール化されている。チョッコモン彫刻も装飾古墳の1種で、千足は注目されていたことは確かだが、ペインティングではなく、石である。石もむろん劣化はする。横穴墓の劣化などの問題も知っている。だが、そんなにも非難されねばならないんだろうか。
◆行政を非難するのも仕事だろうが、そりゃ簡単な話だ。しかし、根来のこととか、遺跡を壊す壊さないといった、もっと新聞に期待したいことはあるのだが、こうした問題をどこまで熱意をもって書いてくれるのだろうか。あんまり、最近、見ないように思う。ベースとして遺跡を文化財をいかに守っていくか、そうした意識の裾野を広げていくために書いて欲しい。行政を叩くことを目的とするのではなく。

考古学研究会

◆総会報告の部分をパラパラと見る。会員が4000人を切ったんだ。委員をやってたころは5000といってたはずだ。大阪歴史学会は、規模は考古学研究にまったくおよばないが、ほとんど横ばいだが微増。
◆ある程度、しゃーないでしょうね。どこともそうである。学生・院生全体が少なくなっている、そのなかで学会誌を定期購読しようという人も。いまの学生は本を買ったり雑誌を取ったりしない。まあ、コピーですよ。
◆学会誌の内容自体、学問も深化し、それゆえ細分化し、学術雑誌の求めるオリジナリティのある研究とは、どんどん先端的な特定部分にならざるをえない。それはいたしかたないだろう。『考古学研究』に載っている論文で、自分が関心をもつもの以外も目を通しているかといわれれば、かつても怪しいし、いまはなおさら・・・。そんなんだから、学生、院生にしても、研究室にある大学が定期購読している各種雑誌から、関心あるものをコピーすればいいのである。買っても、役に立つ部分はごく限られているわけだ。
◆また、査読体制も、学術雑誌がきちんとした学術雑誌たるためには必然なんだろうし、かつての気安く読める同人誌的なものであり続けるわけにはいかない。そうすると、やっぱりある層は脱落し、一定の落ち着きどころに至るまで下がるんだろう。
◆大阪歴史学会もそうだが、学会運営はどことも厳しいですね。

考古学研究が来た

◆6月号が届き、まず自分のを点検、いろいろと不備が見つかる、が、まあどうでもいい。あとは反応を楽しみに待つのみ(新納さんからメールをいただきました、ありがとうございます)。で、問題は新納論文。掲載されることは知っていた。
◆まず一読。フンフン・・・。もっとじっくりと読まないと、正式なコメントはしがたい。むろん、さすがの内容ではあり、勉強になる。基本的にモジュール論に近いんだろう。
◆で、王墓と相似墳といった関係を認めるのかどうか言及はない。こっちは、王墓が規範となって相似墳・類似墳が造られると考えているわけだが、もしかして全否定されているのか!。それともからんで、まして2系列あるなんて、言及に値しないと無視されているのかもしれない。仲津山と大仙で、造山・ミサンザイ・御廟山をはさんでいるのが、これらが連続するものと理解しているのだとすれば。
◆まあ、新納さんの実証に比べると、オレの研究なんて空想かもしれないが、この20年を全否定されるわけにはいかない。それなりに取り組んできての経験でしかないが、まず王墓と相似墳といった模倣の関係は必ずあると考えるし、少なくとも5世紀の2系列は大丈夫。前も書いたと思うが、御廟山→大仙ではないのであって、仲津山→大仙でよいと思っている。
◆平面なのはしゃーない。立体で比べたり、傾斜を算出したり、GISに通じた新納さんに及ぶべくもない。が、だからペケではないはず。立体構造物だから、立体で検討したいのはヤマヤマだが、こっちはそんな技術はない。結果としての平面での検討しかできていないわけだ。平面的には似ているようで、立面的には違うという事例は了解しているが、図面を見ての判断ではあるが、全体としてもほぼ同じように仕上がった類似墳はゼッタイある。で、それは偶然に生じるはずはないのであって、設計原理がどんなものかはともかく、そうした王墓築造に投入された約束事が伝達され、それにしたがって造られたものがある、という関係は動かないと思うのだが。
◆これくらいで。再度、じっくり味わってみよう。

ゲンパツのこと

◆朝日の記事で、周縁部に押しつける点で、沖縄の基地と同じだという指摘を見る。
◆報道ステーションで、発電に要するコストが、いちばん安いというイカサマを、例えば交付金や、今回の事故の賠償を積み上げ、六ヶ所村の再処理費用を積んで試算し、こんなにもカカルという数字を出していた。しかし、最終処分場のことは未算入のように聞こえた。北欧のある国のように、地下に巨大な最終処分場を作り、未来永劫、管理していく費用はまだ積み上げられていないと思う。
◆さて、ブログを書こうと思ったのは、玄海ゲンパツの再開を海江田が認めたのに、なんたらテストを実施して合格しないと再開しないという突如とした提案に、政府方針の不統一だとの批判がニュースで流れていた。
◆まあ、不細工な話である。が、田中角栄による推進路線から30年、これを大転換するには、それなりにたいへんなことだろうとも思う。むろん、脱原発を支持してきたので、いまの世論の盛り上がり、諸外国の見直しも追い風となり、この機会をつかまえて日本も転換してほしいと思う。事故が起こらなければこうはならなかったのは日本的風景だが、ここでやるしかない。
◆で、そうするにしても移行期の電力はどうするのかなど、政治家もどうすりゃいいのというところなのだから、国会でゴタゴタと議論することは悪いことではないと思う。国策を転換するには、けっこうな労力がかかるだろう。それがいまなんだから、大いに議論すべし、ゴタゴタが生じても、ある意味、致し方なしとも思う、ということが言いたいのである。でたらめな交付金とか、電力会社のウソとか、この際、政治家諸君はとことん議論すればよろしい。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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