人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
事業仕分への科学者・文化人の反応
◆事業仕分けに対して、科学技術予算を減らすなとノーベル賞受賞者の反論、文化予算を減らすなと、音楽家や演劇人の声。こっちも、そんな大げさではないが、大阪府の博物館問題の時に動いた者として、同質的な問題に感慨深いものがある。
◆例えば、文化、学術でも文系だったら、研究費はなくてもいい。そんなものは、国民の安定雇用の方が重要だと思うし、農業自給率の方が重要だと思う。ただしむろん、大学をなくしてしまう、といわれれば、それは困る。文系のわれわれは、別に年間の研究費が極端にいえば0が10年続いたって研究はできると思っている。なので、国家予算は、10年間、臥薪嘗胆じゃ、半額にする、でいいと思う。文系など思索の学問は。
◆理系は違うんだろうか。カミサンは、違うという。続けなきゃならんものがあるという。そうかもしれない。ただ、そうした研究を継続しておかなきゃならんものと、そうでもないもの、継続しなければならないとして、それにいくらかかるか、額の合理性はやっぱり問われるんだろうな。研究者は、ポストがあるだけありがたいと思う。
◆所詮、学問は遊びである(むろん医学とか実学もある)。給料をもらって遊ばしてもらえる、だから、仕事は思いっきり遊ぶことと思っている。理系も同じ、ただし、遊ぶのに金がかかるときている。ポストがあるんだから、研究費がなくても、実験ができなくても古い器財をなんとか使い回し、外国の学会なんかに行かなくても、外国の学術誌を購入する予算がなくても、国立国会図書館だけ1冊購入し、みんながそれをコピーしてでも、研究したらエエヤンと正直思う。恵まれすぎてやしませんか。所詮、国から金をもらって遊んでいる芸者、国の一大事となれば、優先順位は低いのはしゃーない、と思う。極論だが。でも、大阪府の博物館は、企画費用が0になっても、存続してほしいと思う。
◆むろん、この国が文化立国ではないという、その指摘は正しい。やせがまんをしても文化が大事、演劇や音楽や映画や言語やが大事というなら別。だが、日本はそんな国じゃないでしょ、国民性が。美しい自然など、なんぼ破壊しても高速道路や新幹線を作る方がいいという考えに賛成してきたのだから。それで作った借金を返済するため(民主党はもっとそういう意志をはっきり打ち出すべきですね。)、文化が削られるのはしゃーない、そんな高尚な国じゃないんだから。
◆例えば、文化、学術でも文系だったら、研究費はなくてもいい。そんなものは、国民の安定雇用の方が重要だと思うし、農業自給率の方が重要だと思う。ただしむろん、大学をなくしてしまう、といわれれば、それは困る。文系のわれわれは、別に年間の研究費が極端にいえば0が10年続いたって研究はできると思っている。なので、国家予算は、10年間、臥薪嘗胆じゃ、半額にする、でいいと思う。文系など思索の学問は。
◆理系は違うんだろうか。カミサンは、違うという。続けなきゃならんものがあるという。そうかもしれない。ただ、そうした研究を継続しておかなきゃならんものと、そうでもないもの、継続しなければならないとして、それにいくらかかるか、額の合理性はやっぱり問われるんだろうな。研究者は、ポストがあるだけありがたいと思う。
◆所詮、学問は遊びである(むろん医学とか実学もある)。給料をもらって遊ばしてもらえる、だから、仕事は思いっきり遊ぶことと思っている。理系も同じ、ただし、遊ぶのに金がかかるときている。ポストがあるんだから、研究費がなくても、実験ができなくても古い器財をなんとか使い回し、外国の学会なんかに行かなくても、外国の学術誌を購入する予算がなくても、国立国会図書館だけ1冊購入し、みんながそれをコピーしてでも、研究したらエエヤンと正直思う。恵まれすぎてやしませんか。所詮、国から金をもらって遊んでいる芸者、国の一大事となれば、優先順位は低いのはしゃーない、と思う。極論だが。でも、大阪府の博物館は、企画費用が0になっても、存続してほしいと思う。
◆むろん、この国が文化立国ではないという、その指摘は正しい。やせがまんをしても文化が大事、演劇や音楽や映画や言語やが大事というなら別。だが、日本はそんな国じゃないでしょ、国民性が。美しい自然など、なんぼ破壊しても高速道路や新幹線を作る方がいいという考えに賛成してきたのだから。それで作った借金を返済するため(民主党はもっとそういう意志をはっきり打ち出すべきですね。)、文化が削られるのはしゃーない、そんな高尚な国じゃないんだから。
民主党がホンモノになるために
◆鳩山兄弟が母ちゃんから月に1500万円もらってるって。国民は、鳩山由紀夫がどう弁明しようが、そうなんやろな、と思ってるって。別に兄弟は金に困っているわけでなく、相続税対策なんだろうな。すごいもんだ。でも、鳩山家の資産といえば、鳩山一郎が自由党を旗揚げするとき、資金提供をしたのは児玉誉士雄であって、もとは児玉機関への対中国戦争遂行予算ということになる。民主党がホンモノになるには、小沢一郎も鳩山由紀夫も退場する必要がある。旧自民党出身、そうした体質から生まれてきた人材が退場し、菅直人はじめ、市民運動なり、従来型の政治屋家系でない、そういう議員の集団になってこそ、ホンモノになるだろう。
◆古館は言った。しかしこれは家族間の問題だ、賄賂性のある企業献金とは違うと。そりゃそうだ。月1500万円もらっているというのが、庶民感覚とはまったくかけはなれているということを不問にすれば。で二階。額が違う、と胸を張って、西松献金問題よりも、鳩山献金問題の方が大きいと・・・。しょーもな。二階って、どうしようもないよな。和歌山県、保守王国和歌山でも、1区は民主党が取った今回の選挙、なのに二階は通る・・・。鳩山が悪であることは間違いないが、二階よ、お前が免罪されることはない。この点、古館の言うことは正しいと思う。小沢を含め、利益供与を与えるかわりに求めた政治献金であることは疑いない。鳩山は金持ちのぼんぼん、お前はたかりのヤクザ。
◆古館は言った。しかしこれは家族間の問題だ、賄賂性のある企業献金とは違うと。そりゃそうだ。月1500万円もらっているというのが、庶民感覚とはまったくかけはなれているということを不問にすれば。で二階。額が違う、と胸を張って、西松献金問題よりも、鳩山献金問題の方が大きいと・・・。しょーもな。二階って、どうしようもないよな。和歌山県、保守王国和歌山でも、1区は民主党が取った今回の選挙、なのに二階は通る・・・。鳩山が悪であることは間違いないが、二階よ、お前が免罪されることはない。この点、古館の言うことは正しいと思う。小沢を含め、利益供与を与えるかわりに求めた政治献金であることは疑いない。鳩山は金持ちのぼんぼん、お前はたかりのヤクザ。
大阪府と大阪市の学校で
◆ともに国旗を常時掲揚せよという動きがある。府は自民党議員団がそういう条例を提出しようというのだったか。大阪市は市立学校へ要請することになったという。大阪はそういう文部省的規範から縁遠いと思っていたが、そうでもないのだ。大阪の、なんというか骨のあるところ、反体制的なところ、それが魅力なんだが・・・。
頭がいたい
◆宮川先生、小浜君も一緒だった。盛り土はあるが、古墳という確証もないという状況ではあるが、盛り土の様子や、6世紀の須恵器が出ていることなどから、古墳でよかろうということになった。一方の方では、気になる土層があったので、少し追究してもらうことになった。
◆堺市は、百舌鳥古墳群の群指定をめざし、これまで調査していない小規模墳を含め、必要な調査を重ね、指定にもっていこうとしている。御廟山の堀など、宮内庁の管理地外の部分も、可能なところは史跡にしようと頑張っている。頑張ってるところは応援せなあかん、文化庁さん。
◆先週の金曜日、コナベを見てきた。感激です。両くびれ部の遺構はすごい。関係記事を書かないといけないいんですが、頭がいたくて、やる気がしません。清喜さんの解説もよかったし、福尾さんもいつものように穏やかで、はたでは「いつから、こんなんに、なごやかな雰囲気になったんですかね・・・」、との声も。
◆また、いろいろ仕事をためて、あちこち迷惑をかけています。すいません。帰って寝ます。
和田先生と話をするのが楽しくて
◆今日は大阪府の会議で、いつものように会議前に府庁近くのベローチェにいると、和田先生が入ってこられ、また会議後、「コーヒーでも飲もか」とまたベローチェに。そこで、大阪府のことも話をするが、自然と古墳の話になる。わたしはここぞとばかりに、前期のことも、中期のことも、後期のことも、いろいろぶつけてみる。和田先生の考えているところを確かめたくなって。
◆今度、九博で、年代論のシンポがあるそうだ。和田先生が発表することになっていて、韓国からも2人、申先生と趙栄済先生がしゃべる。4・5世紀の、こっちの一番関心ある部分の年代論について、日韓の議論を聞けると思い、12日は福岡へ行こうと思う。で、和田先生が報告予定の古墳の年代論について言及し、いろいろと話がきけた。で、被葬者論は「やめとけ」と、わたしは「そろそろやってもいいんでは」、と。
◆それから、12月20日には、古墳文化研究会で、中国の焦南峰氏(わたし奈文研で古墳の講義をした・・・、あの人だと思うんだけど)、金ドチョル氏(釜山大、立命館に留学中)、これまた2人とも面識があるので、行ってみるかな~。
◆で、18:30頃、大学に戻り、帰るときの読み物として、飛鳥資料館の例の三燕の図録と、今尾さんにいただいた抜き刷りを読む。不満はあるが。
【追記】この日から、和田先生、調子を崩されたらしい。心配です。12月12日で九博でお目に掛かり、「会った人間が悪かった」と・・・。すいません。
◆今度、九博で、年代論のシンポがあるそうだ。和田先生が発表することになっていて、韓国からも2人、申先生と趙栄済先生がしゃべる。4・5世紀の、こっちの一番関心ある部分の年代論について、日韓の議論を聞けると思い、12日は福岡へ行こうと思う。で、和田先生が報告予定の古墳の年代論について言及し、いろいろと話がきけた。で、被葬者論は「やめとけ」と、わたしは「そろそろやってもいいんでは」、と。
◆それから、12月20日には、古墳文化研究会で、中国の焦南峰氏(わたし奈文研で古墳の講義をした・・・、あの人だと思うんだけど)、金ドチョル氏(釜山大、立命館に留学中)、これまた2人とも面識があるので、行ってみるかな~。
◆で、18:30頃、大学に戻り、帰るときの読み物として、飛鳥資料館の例の三燕の図録と、今尾さんにいただいた抜き刷りを読む。不満はあるが。
【追記】この日から、和田先生、調子を崩されたらしい。心配です。12月12日で九博でお目に掛かり、「会った人間が悪かった」と・・・。すいません。
ビラ配りが有罪
◆集合住宅の入り口に「チラシ・パンフレット等広告の投函は固く禁じます」と貼り紙があったうえで、各戸のドアポストにチラシ等を入れることは、管理組合の意に反することで、住居侵入罪で逮捕され、有罪になるのだという。おお~こわ~。いやな世の中だ。
◆これ「葛飾政党ビラ事件」というのだそうだが、その前には立川事件というのがあり、これは週刊金曜日などで、よく知っていたが、防衛庁官舎で自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った3人について、有罪となったものだ。葛飾では、住民が通報したらしく、その場で逮捕、起訴まで23日間拘留されたという。立川事件は、以前から苦情が出ていたようで、条件が違うらしいが、いずれにしても、この最高裁判決では、ありとあらゆる勝手なチラシ配布は有罪に処せられなければならない。
◆こういう事件が、いずれも東京というのも面白い。チラシを配るのは、地方都市でもそんなにかわりはないと思うが、受け流す地方、人間がピリピリして余裕のない東京人とでも言えようか。
◆最高裁は、なんで、こんなポストにチラシを入れる程度のことが私生活の侵害と言うのだろうか。それならば、右翼をなんで有罪にしないのか、またそれを放置している警察をなぜ有罪にしないのか。アメリカのジェット戦闘機が住宅地の上空を飛び、なんとかデシベル以上の耐え難い衝撃波を轟かすことが、なぜ私生活の侵害にならないのか。
◆こんど、自民党や民主党やらの政党のビラが入っていたら、後援会組織の責任者を逮捕してもらうよう、大阪府警に言ってみよう。ピンクビラもまたしかり。
◆どう考えたって、西欧先進国で、政治的主張をビラにして配る行為について、とくだんの迷惑をかけないものである限り、罰するなんてことはありえないだろう。それは市民の権利として当然のことと意識されているにちがいない。つまりこれは最高裁の人権侵害である。自由民権運動を弾圧した明治政府とかわりない。
◆これ「葛飾政党ビラ事件」というのだそうだが、その前には立川事件というのがあり、これは週刊金曜日などで、よく知っていたが、防衛庁官舎で自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った3人について、有罪となったものだ。葛飾では、住民が通報したらしく、その場で逮捕、起訴まで23日間拘留されたという。立川事件は、以前から苦情が出ていたようで、条件が違うらしいが、いずれにしても、この最高裁判決では、ありとあらゆる勝手なチラシ配布は有罪に処せられなければならない。
◆こういう事件が、いずれも東京というのも面白い。チラシを配るのは、地方都市でもそんなにかわりはないと思うが、受け流す地方、人間がピリピリして余裕のない東京人とでも言えようか。
◆最高裁は、なんで、こんなポストにチラシを入れる程度のことが私生活の侵害と言うのだろうか。それならば、右翼をなんで有罪にしないのか、またそれを放置している警察をなぜ有罪にしないのか。アメリカのジェット戦闘機が住宅地の上空を飛び、なんとかデシベル以上の耐え難い衝撃波を轟かすことが、なぜ私生活の侵害にならないのか。
◆こんど、自民党や民主党やらの政党のビラが入っていたら、後援会組織の責任者を逮捕してもらうよう、大阪府警に言ってみよう。ピンクビラもまたしかり。
◆どう考えたって、西欧先進国で、政治的主張をビラにして配る行為について、とくだんの迷惑をかけないものである限り、罰するなんてことはありえないだろう。それは市民の権利として当然のことと意識されているにちがいない。つまりこれは最高裁の人権侵害である。自由民権運動を弾圧した明治政府とかわりない。
雪野山古墳の想い出
◆いま2009年11月28日午前2時、ようやっと、今日、竜王町でしゃべる資料の目処がついた。今日は守田めぐみさんの結婚式で、披露宴に出たかったが、春先にすでに竜王町での講座が決まっていた。ごめんな。
◆で、雪野山古墳の発掘20周年で、3市町(八日市市(現在・東近江市)・近江八幡市・竜王町にまたがる)で記念事業をやるそうで、竜王町の講座のお鉢がまわってきた。いつものことながら、前日に準備をはじめ、ようやく目処がついたが、明日、プリントアウトして110部コピーしてホッチキスで綴じて、あ~あ。まあ、しゃ~ない。でもまあ、けっこうエエ資料だ。それと火事場のクソ力でなんとかなるもんやね。なんとかなるから直らんのや。
◆さてと、明日、前半20分程度、想い出話をしようと思ってます。その概略を記したい。
◆今は昔、話せば長い事ながら、時は平成元年、わたしは大学院修士課程のことでした。1987年春に姫路市丁瓢塚の測量調査をやった(この話も長くなるので、やめとく)。その延長で、権現山51号墳の測量を、澤田さんと企画し、揖保川町に電話すると、「近藤先生が発掘する計画で進んでいる、先生に連絡をとれ」ということだった(これ長石さんと電話したのかな)。今でもうっすら覚えているが、竹野(兵庫県)から電話した記憶がある。おそるおそる先生に電話すると、いや~なんだか、横から割って入って失礼なヤツみたいな雰囲気があったので、「岡大の調査のことはぜんぜん知りませんでした。こうこうこういうわけで」と。「来ればいい!」。で、わたしの権現山行きが決まった。時は、吉野ヶ里フィーバーでした。![bf78b8bb.jpg](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/9b81cb9acec3d207b2fd2f606e86b648/1259344835?w=150&h=76)
◆実は、1989年3月は、京大の1981年の周山以来の研究室発掘、滋賀県竜王町雪野寺跡の調査(第1次)が計画されていました。が、わたしは「権現山に行くと」菱田さんに断り岡山へ。4月はじめだったか、京大の新歓談話会に京都に戻り、懇親会に行くときに、吉井君から、「福勢さんが結婚するの知ってますか」に始まる、驚くべき話を聞いたのでした。
◆で、1989年8月、雪野寺跡の第2次調査。春の不義理から、8月8日から
参加
しました。8月末、終盤に入り、修論をかかえているので、「このへんで」と現場を上がらせてもらいました。
◆9月はじめ、電話1本「奈良の田中です。あのな、滋賀県でな・・・」。それは奈文研の田中ミガクという偉い先生からでした。どうやら滋賀県で三角縁神獣鏡が出たらしい・・・。大津駅で待ち合わせ、滋賀県庁へ。近藤さんマター(係長?)で、この時、机に座っている丸山竜平さんを見ました(センター長(田中氏)が「リューヘイチャン」とよぶのがおかしくて・・・)。黒塗りの公用車で名神へ、いったいどこへ・・・。
◆なんと、1週間前くらいまで麓で発掘していた雪野山でした。
◆田中琢氏の視察後、協議に入りました。末席に座っていました。そこでは、「八日市も
次の現場を抱えている。このまま埋めるわけにはいかない、どこか大学に掘ってもらうのがよい」と田中さん。「どこがええかな・・・、都出とこかな、お前トコはどないや」、と振られました。これが、もしかすると、けっこうな分かれ目だった、かもしれません。この時、わたしが「京大でやらしてください。大阪は遠いですし(なんやそれ)」、とでも言って、通っていたら・・・。
◆やめときましょう。そんなことは後から思うことで、その場では、田中琢さんに逆らえない雰囲気で、「いいんじゃないですかと、掘れる人もそろってますし」みたいなことを言ったような気がする。これで決まり。そのあとの、阪大のたいへんさは、いろいろ聞いてますが、しかしまた阪大の世が来たわけでもあります。
◆もし、京大でやったなら(O先生が受けるかどうかは?)、わたしは貼り付きで修論は先送り、運命も変わっていたのではないでしょうか。当時の助手の岡村秀典さんに「なんで阪大なんや」と言われたことを覚えています。
◆で、都出先生のお誘いで、雪野山の調査に行くことになりました。当時のファイルを見ると、初日は9月13日でした。自分の日誌は10月はじめで途切れているけれど、10月中旬か下旬まではいて、先生から「一段落したし、修論を書け」と言われ、京都に戻りました。あの年、わたしと北條さんの2人は、春と秋、二つの前期古墳の埋葬施設の調査に携わったわけです。
◆チャンチャン。そういう話。
◆で、雪野山古墳の発掘20周年で、3市町(八日市市(現在・東近江市)・近江八幡市・竜王町にまたがる)で記念事業をやるそうで、竜王町の講座のお鉢がまわってきた。いつものことながら、前日に準備をはじめ、ようやく目処がついたが、明日、プリントアウトして110部コピーしてホッチキスで綴じて、あ~あ。まあ、しゃ~ない。でもまあ、けっこうエエ資料だ。それと火事場のクソ力でなんとかなるもんやね。なんとかなるから直らんのや。
◆さてと、明日、前半20分程度、想い出話をしようと思ってます。その概略を記したい。
◆今は昔、話せば長い事ながら、時は平成元年、わたしは大学院修士課程のことでした。1987年春に姫路市丁瓢塚の測量調査をやった(この話も長くなるので、やめとく)。その延長で、権現山51号墳の測量を、澤田さんと企画し、揖保川町に電話すると、「近藤先生が発掘する計画で進んでいる、先生に連絡をとれ」ということだった(これ長石さんと電話したのかな)。今でもうっすら覚えているが、竹野(兵庫県)から電話した記憶がある。おそるおそる先生に電話すると、いや~なんだか、横から割って入って失礼なヤツみたいな雰囲気があったので、「岡大の調査のことはぜんぜん知りませんでした。こうこうこういうわけで」と。「来ればいい!」。で、わたしの権現山行きが決まった。時は、吉野ヶ里フィーバーでした。
◆実は、1989年3月は、京大の1981年の周山以来の研究室発掘、滋賀県竜王町雪野寺跡の調査(第1次)が計画されていました。が、わたしは「権現山に行くと」菱田さんに断り岡山へ。4月はじめだったか、京大の新歓談話会に京都に戻り、懇親会に行くときに、吉井君から、「福勢さんが結婚するの知ってますか」に始まる、驚くべき話を聞いたのでした。
◆で、1989年8月、雪野寺跡の第2次調査。春の不義理から、8月8日から
◆9月はじめ、電話1本「奈良の田中です。あのな、滋賀県でな・・・」。それは奈文研の田中ミガクという偉い先生からでした。どうやら滋賀県で三角縁神獣鏡が出たらしい・・・。大津駅で待ち合わせ、滋賀県庁へ。近藤さんマター(係長?)で、この時、机に座っている丸山竜平さんを見ました(センター長(田中氏)が「リューヘイチャン」とよぶのがおかしくて・・・)。黒塗りの公用車で名神へ、いったいどこへ・・・。
◆なんと、1週間前くらいまで麓で発掘していた雪野山でした。
◆田中琢氏の視察後、協議に入りました。末席に座っていました。そこでは、「八日市も
◆やめときましょう。そんなことは後から思うことで、その場では、田中琢さんに逆らえない雰囲気で、「いいんじゃないですかと、掘れる人もそろってますし」みたいなことを言ったような気がする。これで決まり。そのあとの、阪大のたいへんさは、いろいろ聞いてますが、しかしまた阪大の世が来たわけでもあります。
◆もし、京大でやったなら(O先生が受けるかどうかは?)、わたしは貼り付きで修論は先送り、運命も変わっていたのではないでしょうか。当時の助手の岡村秀典さんに「なんで阪大なんや」と言われたことを覚えています。
◆で、都出先生のお誘いで、雪野山の調査に行くことになりました。当時のファイルを見ると、初日は9月13日でした。自分の日誌は10月はじめで途切れているけれど、10月中旬か下旬まではいて、先生から「一段落したし、修論を書け」と言われ、京都に戻りました。あの年、わたしと北條さんの2人は、春と秋、二つの前期古墳の埋葬施設の調査に携わったわけです。
◆チャンチャン。そういう話。
大阪市大と大阪府大
◆大阪府大の話題が新聞に載っている。以前から府の財政悪化から、府立大の運営費はかなり削減されてきた。橋下はさらに努力せよ、市大もあるなか府大はいるのか、と投げかける。民間売却もほのめかし、実際、買い手が名乗りをあげている。府立大幹部は、生き残りのために、学部を整理し、工学部を中心とした大学に再編しようという案をまとめ、知事に提案し、承認をえようとしているのだが、大学内部での反対が大きく、まとめられない、というのが記事の内容だ。9とか10ある学部を4学部に再編しようというんだから、そりゃ、簡単な話ではない。
◆ここで言いたいのは、市大と府大の統合の話だ。市大の工学部はきわめて弱く、理学部は強い。一方、府大は、工学部がウリである。われわれが受験した時代は、東大や京大の2次試験と試験日がずれていて、けっこう、京大工学部をめざしつつ府大も受験し、優秀な学生を集めていた。データはもちあわせないが、いまでも工学系では偏差値は高いのだろう。
◆世間から見れば、京大があり阪大もある関西で、公立大が生き残るためには、この両者を合体したらと考えるよ。世間ではというのは間違いか、オレはそう思う。杉本と府大のある中百舌鳥、南北にキャンパスは分かれるがバスを走らせればロケーションも問題ない。市大の弱い工学部、府大の弱い工学部以外の学部(失礼、よく知りません)、互いに補い合えて、弱点を補強し合って、大阪の公立の一大総合大学になる。そのメリットは大きいと思う。
◆なのに。阪大も大阪外大と合併するなど、努力を重ねているというのに、この市大と府大は、そうした実利よりも、はなから合併に反対している。府・市の幹部はそういう発想をするが、大学の学長レベルでは、そんなことをまったく考えないのだ。なんでだろう。大阪府と大阪市の以前からの関係、だいたいどこでも県庁所在地の市と仲が悪いというのはきくが、大学としては、あんまり競合することなく住み分けてきたのではとも思うが。
◆むろん、府は売却も念頭に置いているなかで、市が抱え込むのは控えると思う。が、普通に考えれば、文系でダブル学部など、このご時世、整理できるのではないか。運営交付金をどれだけ出し合うか、それは政治的なかけひきだが、大学としては、統合による軋轢は生じざるをえないだろうが、将来を見据えれば、メリットはあると思うのだが。
◆いままで通りというわけにはいかない。学生も減っていく時代、それでも市大や府大は当面、大丈夫だろうが、関関同立という関西私学が小学校を作って学生を確保している時代、市大と府大が統合することは、阪大に匹敵する総合大学の地位を確立することにつながると思うが、大阪ってのは・・・
【追記】同僚の話では、大阪市がまったくその気がないらしい。
◆ここで言いたいのは、市大と府大の統合の話だ。市大の工学部はきわめて弱く、理学部は強い。一方、府大は、工学部がウリである。われわれが受験した時代は、東大や京大の2次試験と試験日がずれていて、けっこう、京大工学部をめざしつつ府大も受験し、優秀な学生を集めていた。データはもちあわせないが、いまでも工学系では偏差値は高いのだろう。
◆世間から見れば、京大があり阪大もある関西で、公立大が生き残るためには、この両者を合体したらと考えるよ。世間ではというのは間違いか、オレはそう思う。杉本と府大のある中百舌鳥、南北にキャンパスは分かれるがバスを走らせればロケーションも問題ない。市大の弱い工学部、府大の弱い工学部以外の学部(失礼、よく知りません)、互いに補い合えて、弱点を補強し合って、大阪の公立の一大総合大学になる。そのメリットは大きいと思う。
◆なのに。阪大も大阪外大と合併するなど、努力を重ねているというのに、この市大と府大は、そうした実利よりも、はなから合併に反対している。府・市の幹部はそういう発想をするが、大学の学長レベルでは、そんなことをまったく考えないのだ。なんでだろう。大阪府と大阪市の以前からの関係、だいたいどこでも県庁所在地の市と仲が悪いというのはきくが、大学としては、あんまり競合することなく住み分けてきたのではとも思うが。
◆むろん、府は売却も念頭に置いているなかで、市が抱え込むのは控えると思う。が、普通に考えれば、文系でダブル学部など、このご時世、整理できるのではないか。運営交付金をどれだけ出し合うか、それは政治的なかけひきだが、大学としては、統合による軋轢は生じざるをえないだろうが、将来を見据えれば、メリットはあると思うのだが。
◆いままで通りというわけにはいかない。学生も減っていく時代、それでも市大や府大は当面、大丈夫だろうが、関関同立という関西私学が小学校を作って学生を確保している時代、市大と府大が統合することは、阪大に匹敵する総合大学の地位を確立することにつながると思うが、大阪ってのは・・・
【追記】同僚の話では、大阪市がまったくその気がないらしい。
釜山大学考古学科開設20周年論文集
◆シンギョンチョル先生から論文集になんか書けと。締め切りは年末だそうだ。喜んで書くと返事はした。3~4世紀を中心に日韓のことを書こうと思っている。大成洞以後、ずいぶんと研究は進んだ。だが、やはり日韓を見渡せる研究者は多くはない。わたしも40日間、韓国へ在外研究に行かしてもらう以前は、な~にんも知らなかった。
◆わたしが韓国の動向に詳しいとは思っていないが、なんとなく、相互の関係はまだ関連づけが十分でないように感じている。東アジア・伽耶・倭、むろんこっちが論じたいのは倭であるのだが、そこのところの脈絡付けを、かじった程度の素人ながら、こうではないのか、ということを提言してみたいと思う。
◆年代論的に言えば、佐紀陵山型の五色塚や網野銚子山は350年代だと思うが、それは埋葬年代であって、大阪湾や丹後半島から倭軍が渡海したのは340年代にさかのぼると思う。紫金山はその直前くらいで、畿内人が330年代くらいに伽耶に渡っていておかしくない。つまりは金官伽耶が成立してほどなく、北部九州伊都国に任されていた交易は、国家間の取引になり、かつ倭軍が渡海する。それは金官伽耶の傭兵としてではなかったか、と考えている。
◆佐紀陵山型の存在にうかがえる倭軍渡海は、けっして百済関係でなく、伽耶である。これはシンギョンチョル先生にはっきり教えられたことだ。金官伽耶の成立について、シンギョンチョル先生は3世紀末にさかのぼらせるが、そこから倭軍渡海まですこし間があくと思っていたが、けっこう「直に」に近いかも知れない、と思うようになった。傭兵というのは、鉄の見返りに、金官伽耶の守備兵として行っているのではないか、ということだ。
◆シンギョンチョル先生は、金官伽耶は南下した扶余族が打ち立てたものとする。その理屈は通っているように思うが、反論も少なくないらしい。そのあたりの現状がどうなのか、ちょっと詳しいヤツにきかなあかん。
◆わたしが韓国の動向に詳しいとは思っていないが、なんとなく、相互の関係はまだ関連づけが十分でないように感じている。東アジア・伽耶・倭、むろんこっちが論じたいのは倭であるのだが、そこのところの脈絡付けを、かじった程度の素人ながら、こうではないのか、ということを提言してみたいと思う。
◆年代論的に言えば、佐紀陵山型の五色塚や網野銚子山は350年代だと思うが、それは埋葬年代であって、大阪湾や丹後半島から倭軍が渡海したのは340年代にさかのぼると思う。紫金山はその直前くらいで、畿内人が330年代くらいに伽耶に渡っていておかしくない。つまりは金官伽耶が成立してほどなく、北部九州伊都国に任されていた交易は、国家間の取引になり、かつ倭軍が渡海する。それは金官伽耶の傭兵としてではなかったか、と考えている。
◆佐紀陵山型の存在にうかがえる倭軍渡海は、けっして百済関係でなく、伽耶である。これはシンギョンチョル先生にはっきり教えられたことだ。金官伽耶の成立について、シンギョンチョル先生は3世紀末にさかのぼらせるが、そこから倭軍渡海まですこし間があくと思っていたが、けっこう「直に」に近いかも知れない、と思うようになった。傭兵というのは、鉄の見返りに、金官伽耶の守備兵として行っているのではないか、ということだ。
◆シンギョンチョル先生は、金官伽耶は南下した扶余族が打ち立てたものとする。その理屈は通っているように思うが、反論も少なくないらしい。そのあたりの現状がどうなのか、ちょっと詳しいヤツにきかなあかん。
たま1
◆玉1、ようやっと、埴輪の考察原稿も出て、渋谷向山の宮内庁A氏の原稿も出て、全体の形が整ってきた。完全なインデザイン入稿で、校正を重ねている。とはいえ、まだ未完の部分も多い。
◆目標は、うしろにずれっぱなしであるが、12月24日刊行はあきらめたが、12月入稿、1月刊行というところ。頑張ればこれでいきそうだ。渋谷向山の埴輪の原稿が出れば、ラストスパート。
◆いや、自分の原稿が残りそうだな。(1)玉1の墳丘復元は2年前にできているんだから、4頁ほどの原稿を書くだけで半分書いてもいるが、あとひといき。(2)渋谷の原稿、向山の位置づけは自分のなかではできているので、書くだけなんだけど、これがいちばん荷が重い。でもこれは書きがいのある原稿だ。(3)それとまとめのところで、7号墳→1号墳の確定の話。若杉は埴輪からそうだという、青木君もそうだという。自分もそうは思っているのだが、気になるのは、朝顔形埴輪。あの胴のふくらんだ古相の朝顔は、そんなには下がらんよな。そこんところの結論をどうまとめるかだ。
◆目標は、うしろにずれっぱなしであるが、12月24日刊行はあきらめたが、12月入稿、1月刊行というところ。頑張ればこれでいきそうだ。渋谷向山の埴輪の原稿が出れば、ラストスパート。
◆いや、自分の原稿が残りそうだな。(1)玉1の墳丘復元は2年前にできているんだから、4頁ほどの原稿を書くだけで半分書いてもいるが、あとひといき。(2)渋谷の原稿、向山の位置づけは自分のなかではできているので、書くだけなんだけど、これがいちばん荷が重い。でもこれは書きがいのある原稿だ。(3)それとまとめのところで、7号墳→1号墳の確定の話。若杉は埴輪からそうだという、青木君もそうだという。自分もそうは思っているのだが、気になるのは、朝顔形埴輪。あの胴のふくらんだ古相の朝顔は、そんなには下がらんよな。そこんところの結論をどうまとめるかだ。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。