人を幸せにする人になろう

17日の月曜日、長山さんインタビュー

◆博物館実習の山根徳太郎展で、学生が山根イズムを継承する人々、だったか、長山さんへのインタビューをしたいというので、1ヶ月以上前だったか、長山さんに話をすると、快く引き受けていただき、本日、大阪歴史博物館でインタビューとなる。引率というか、こっちも聞きたいことはあり、進行は学生に任せ、うしろの方に座っていたが、途中、いくつかは口を出した。
◆一所懸命メモを取ったが、これも早く文章にしておかねば忘れるんでしょうね。展示そのものは学生に任せるが、こっちはこっちで難波宮の初期の頃に興味があり、いつかはまとめてみたい取材メモとしてストックしておきたいところである。まあ、長山さんが大学に入り、難波宮の調査にかかわる1960年は、藤原光輝さんが調査から退き、澤村仁(この10月没?)さんに指揮官が変わり、初期の難波宮なんかどうかわからなかった段階から、内裏回廊に続き大極殿が当たり、難波宮の存在が確定していく時期にあたる。今日の話では、大学1年の年の明けた1961年冬の調査で大極殿があたったのだとか。いや2年の時という話もあり、少しあやふやなのだが、これはこれで確かめればよい。
◆第2合同庁舎建設の計画が明らかになるのが1962年、最初の保存問題となる。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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