人を幸せにする人になろう

平城遷都1300年仕様の車両

◆平城遷都1300年、こないだ、コナベに行ったとき、近鉄から大極殿を見た。周辺は工事9b62082d.jpg現場だ。
◆月曜日、12月14日に城陽市の整備委員会に行ったとき、1300年仕様の近鉄電車を見た。びっくりした。
◆この会議の時、奈文研の小野さんと一緒になり、西大寺まで一緒に帰る。整備としては大極殿院をつくるらしいが、いまやっているのは会場整備らしく、来年4月末の1300年事業スタートまでぎりぎりのスケジュールだそうだ。
◆それと朱雀門から大極殿に行けるよう、間に近鉄線が通っているわけだが、踏切をつけるのだとか。

法学部棟11階からの風景

◆文学部の横に11階建ての法学部棟があり、月1回、教授会がある。エレベーターホールから二方に窓があり、天気の良い日はながめがよい。73e06bef.jpg8a2a7d18.jpg
◆右が北をながめたところ。むこうは高槻か。左は真東というよりやや南を振ったところ。大和川の地狭部が左端にあり、二上山は高いマンションで邪魔されているが、右には葛城山・金剛山、間の水越峠がよく見える。

インデザイン

◆きのう、たまった仕事をこなそうとしたが、玉1ですべてつぶれた。前半は、学生の部屋のパソコンの修復。
◆和文と欧文の間にカーニング処理をする。印刷屋に指示されたようにやるのだが、半角数字の両側があく。どうしてだろうと思っていたが、やっと解決した。和欧間を0%にするのだ。これ指示をもらっていて処理したつもりだったが、なってなかった。これで、半角数字もきれいに1マスにおさまる。あとは、いろんな記号など、文字間が空いている、逆に詰まっているという、目立つところは、原則をもちつつも、それは文字によって印象が違うので、違和感があるところは一個一個処理するほかはない。
◆それと柱、セクションに分けるというのをやって、これで柱もきれいに出た。そんなこんなで、第1章から第6章まで、新規に打ち出して終わってしまった。
◆原稿をそろえるだけでは本がでない。インデザインでぜんぶこっちがやるとなると、たいへんな労力だが、これはこれから生きてくる技術なので無駄ではない。

テレビ3題

◆NHKのグランジュデ、時々見ている。女性だから、ではない。いろんな分野でのプロ、こんな世界があるのかという驚き、その人の信念や根性、成功譚であるが、功なり名を遂げたというのでなく、信念をもってやってきた人の言葉は勉強になる。見たのは和紙を新たな装飾や建築材として再生した、という方だった。
◆知っとこ。前にも紹介したが、いろいろ職人の紹介がある。土曜日にやってたのは、革の鞄作り、そして紙の沓、なんとか織り(これ和泉市にあるらしい)。あんな鞄ほしいよな。頑張って高いけど買ったら一生モンなんだろうが・・・。
◆河村名古屋市長。住民税減税、議員のボランティア化、予算配分を決める住民から選ばれた委員会を作ること。市長と議員が対立し、議員があくまでも反対するなら、議会解散の住民の署名を集めようという動きもあるようだ。その志、よし。これができれば火葬場へ行く、という信念。言葉はアラっぽいように聞こえるが、めざすことは、国民主権の理にかなっている地方自治である。市民分権というのだそうだ。
【追記】その後、住民税減税可決へというニュースが流れた。気になるのは、テレビの影響力。報道系番組を見方につけた市長に、議会は抗しきれなかった、ということではないのか。よかったのではあるが、報道で取り上げられなかったらどうだったのか、ほかのところの例もあろう。テレビの影響力が大きかったのでは?と思う反面、結局、住民運動みたいなものも、うまくニュースリリースをするかどうかで決まる、みたいなのは嫌だ、と思う。

無題

◆夕刊で自殺のシリーズが始まった。『完全自殺マニュアル』の著者が取り上げられていた。最近では「自死」というそうだが、本人の主張としては、自殺を奨励しているわけでは無論ないのだが、「生きよ」、「頑張れ」、だけでなく、死ぬことを選ぶ権利が尊重されてもいい、ということにあるようだ。
◆今日、12月17日だが、遺品片づけ業者の特集第なん弾かで、春に離婚し、秋に自殺した年配の男性が取り上げられていた。分かれた妻、その子ども(実の子でない)が、結局は後始末をするのだが、以前住んでいた家の荒れ果てように驚いたという。1人残された男の生活力のなさ、をよく示す。そこの業者の社長は孤独でなく「孤立」という言葉を使うのだとか。

朝日新聞の社説

◆12月16日の朝日新聞。1面は「普天間先送り 米に伝達」とあり、社説「鳩山外交に募る不安」、「展望欠いた政府方針」、「同盟の重要性認識を」だって。傲慢な社説である。何も決められず、先送りしたみたいな言い方で、無責任だと。
◆まったく反対だ。よくやった、と言いたい。年内くらいに返事せなあかん、別の手段は無理、辺野古移設を飲む、といった筋書きが十分ありえたなかで、圧力に屈せず、つっぱね、時間をかけて検討することを公式にアメリカに伝えることを実現させた、これ立派な態度だと思う。評価してやれよ。

真矢みき「あきらめないで」

◆タイトルは遊び。昨晩、職場から帰るとき、誤ってUSBメモリのデータを消した。やっちまった。前も・・・。今回は削除の途中で気付いてキャンセルしたが、一部失われ、そこには玉1の第3章のファイルもあった。パソコン上のデータなら、ごみ箱があるので助かるが、USBメモリはだめだった。
◆もう慣れっこになっていて、しゃーない。打ち出しからOCRで読み取ってやれば復旧できる。奥田さんの表だけはメンドウだな。そうか墳丘復元のイラレのデータも飛んだか・・・、しゃーない、また作ろう。あんまり落ち込まないのである。
◆帰ったら、カミさんが「たいがい復旧するよ」と。「USBでも?」、「たぶん」。本日12/16、復旧の無料ソフトをダウンロードした。100%でなかったが、ほぼ旧データを復旧できた。なによりだ。第3章のインデザインも無事立ち上がった。めでたし、めでたし。

年をとると

◆この年になると冬になると活動がにぶる。むかしは冬が大好きだった。1~3月くらいがいちばん元気だった。が、いまは、出かけるのがおっくうになる。年や。
◆年を取ると朝型になるというが、そこはまだ完全な夜型だ。2時3時まで、1人起きている。で、朝はカミさんや子供がでかける時間には寝ている。朝早く出勤すれば、午前がながければ、ずいぶん仕事がすすむ。カミさんの場合は、忙しすぎて、それをこなし自分の時間を確保するために、始発でいくことがざらで、自然に朝型になる。昼間は人の出入りがあり会議やらでつぶれるので。
◆昨日、日本史で集中講義に来ていただいている人との懇親会があり、そんな話になった。S先生はいまだ夜型、T先生は朝早くに目が覚めて寝れないようになってきたといい、N先生は完全な朝型で、22時には寝て、4時には起きるそうだ。人それぞれのスタイルですね。

この業界

◆学問は遊びだ、みたいなことを書いたが、むろん極論であって、業務(研究・教育・社会的貢献)があり、境目ははっきりしないが、トータルの労働時間は少なくないのです。研究が基礎であり、むろん給料をもらっているのだから、仕事をしなきゃならんが、研究の世界は、仕事だからやるだけのことではないわけです。
◆とはいえ、昨日届いたメールで、過労で40歳でなくなった埋文業界の人の存在を知ると、あまり不謹慎な発言はできない。しかし、奈文研にいたときは奈文研の、文化庁にいたときは記念物行政の仕事を、まあ一所懸命やってきたわけで、わたしはわたしで今の職場の仕事をする、それが大学ということ。
◆埋文業界が、いまだ趣味でやっていると思われているなら、教育委員会内部でさえ、そういう目で見られているのだとしたら、それはそうでない、ということをはっきりさせなければならない。行政にいたことがない自分にとって、市町村の担当者として、発掘業務その他に携わる方々のたいへんさは「わかってない」のだろうが。
◆とはいえ、教育委員会や役所のなかで、自分のところの文化財を守る守護神として、立派に職責を果たしている、と思われるようにしなければならない。上司を味方につけ、発掘から帰ってきて夜遅くまで整理している、場合によっては展示業務もやっているという大変さを、まずはちゃんと理解してもらわなければならない。そして、役所のなかで市長やら開発部局とも。文化財が元気のない過疎化の進む地方行政の中で、地道ながら町の特質を訴える効果的な素材であって、町としても重視する、市民にも調査して環境整備をして看板をひとつ立てる、ということを通じて理解をえる、そうした努力が必要だ。
◆市長・町長は交代し考え方もかわるが、役所の中で確固たる位置をしめること、そしてなによりも市民の指示を集めることだろう。文化財の仕事は大事で、こんな遺跡があるのか、街道や町並みや古い石像物には、こんな歴史や由来があるのか、という仲間をえなければならない。どこでも、一定の年齢の方々や教育熱心なお母さん方は、文化財がんばれ、もっと情報発信せよ、わかりやすい看板やパンフレットを出してくれ、という要望は強い。確実にそこを仲間に引き込み、さらに増やしていく。そうした地道な理解を、基盤を形成していけば、予算的に厳しくとも、「やめてまえ、いらん、文化財?趣味でやってるのやろ」ということではなくなるはずだ。
◆みんな、もっと適当にやってるのだろうが、人一倍、熱心な故に過労が積み重なり、倒れたに違いない。それにしても1人はつらいだろう。業界のなかでの地域の会合なんか、やっぱり必要だろう。孤立しないしくみが。

皇南大塚は訥祇麻立干

◆今回の資料で、皇南大塚の炭素資料(なんなんだろう)のC14年代で、ほぼ458没のトツギマリツカンが確定した、みたいなことになっているのを知った。
◆これは毛利光さんが正しく比定し、その後の研究でもほぼ支持されてきたので、驚きはしないが、もう確定として先に進んでよい、となったことを知った。あの遺物が458没の内容というのは、いろんな意味で定点になるからだ。
◆また、新羅トツギマリツカンに対比できるのは允恭、允恭没時に新羅弔問使が確かやってきたのではなかったか。場合によっては、履中系の旧勢力=親百済、允恭系は親新羅(むろん一辺倒ではないが)という図式も考えられる。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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