人を幸せにする人になろう

2019年4月26日は展示室の下見

◆週前半は授業に追われ、ミュージアムのことは考えられない。4月25日の研究会が終わり、久しぶ りに図書館6階に行き、調査員と打ち合わせ。
◆ぼ~としていると5月。定例の打ち合わせも決まらず始まっていないまま、4月が終わってしまうではないか!。急遽、展示室に改造するための設計を考えてもらう事務所の人に、明日空いているかと・・・。こんな調子ですすいません。あわせて施設課に電話をして旧ロースクールの下見を依頼。こうして26日金曜日15時からの下見が実現する。施設課の専門の人も2人来てくれる。今後、登録文化財である1号館のうち、講堂を中心に、文化庁補助金を得て旧に復する改造が予定されていて、大学としては、140周年展の会場として決定している旧ロースクール部屋の改造も組み込もうとしている。18年度までは院生がいたが引き払われ、いまはがらんとしている。
◆やっといてよかった。

柏原の資料館へ

◆国豊橋まで来て、予定通り16時、3時間を要している。ここで公式には解散す る。河内国分から近 鉄に乗るか、高井田駅に行き大和路線に乗るかは自由。
◆そのあと、資料館に行きたい人を連れて行く。次回は、高井田山古墳と高井田の横穴を見てもらうことを考えよう。「安宿郡の古墳と寺院」という企画展をやっていて、館長に図録をいただきました。片山廃寺、原山廃寺と五十村廃寺、円明廃寺の瓦を見る。原山廃寺と五十村廃寺もちゃんとした寺院だが、神社地になって残る片山廃寺に対し、宅地開発で姿を消した。古墳と古代寺院のどっちが大事とかはいえないが、寺院も、石田茂作の研究していた時期までは礎石や基壇が残っていても、高度成長期に、ほとんどは壊している(坂本寺の現状に驚いた記憶がある)。
◆考えてみれば、原山廃寺や五十村廃寺は、この原川沿いの関屋越えの陸上路沿いのランドマーク なんだろう。ということは、船では大和川さかのぼるが、陸路としては、大和川南岸や竹内峠よりも、関屋越の方が重要だったんとちゃうやろか。
◆それと見学会時に、南の玉手山丘陵先端に片山廃寺の塔があり、大和川の北には鳥坂寺の塔があって、ゲートになっていると説明したが、今回の企画展でそれを示す模型が作られていました。
◆こうした模型は業者によるものから比べればちゃちいが、資料館でのクラブ活動で作っているらしい。近年の柏原市資料館の展示では、必ずこうした作品が配列されている。これ、すばらしいですね。むちゃくちゃ高い模型ではないが、材料費くらいであとは熱意で作られる模型。これ市民とともに創る博物館に実にふさわしい。学ぶべきですね。

2019年4月27日は近鉄→見学会

◆近鉄文化サロンで12時までしゃべり、近鉄で河内国分に向かう。隔年の大阪の歴 史演習での、今日は玉 手・松岳山の見学会。
◆前回、玉手で時間が経過し、松岳山まで行けなかったので、今回は玉手を短めで切り上げて松岳に行こうと。で、安福寺側から入るのをやめ、直接、玉手山公園に入り、7号墳、夏の陣の石碑などを見て、3号墳へ。前方部南側の宗教団体が掃除をしていて、われわれ見学者を見て「埴輪」といって破片2をほおってよこす。福祉センターに抜け、河内嵐山を遠望し、2号墳を見下ろし、古市古墳群をながめ、1号墳をかすめて山を下り、松岳山に向かいました。
◆松岳、あらら、ここも樹木が倒れたのか、神社南斜面はうっそうとしていた木が皆伐に近いくらいすっきりしている。そして墳丘斜面もずいぶんと見通しがよいように感じる。前に撮った写真と比べてみようか。後円部墳頂で記念写真。

考古学研究会の研究発表は

◆統一テーマは「権力とは何か」。縄文の講演と発表が2本、権威はあるが権力はないのだそうです。そうすると比較対象にはなるが・・・。縄文の発表そのものはとても面白かった。が、後半になると変容するみたいな話だったかな。それは何を意味し、なんでそうなるのか、というツッコミがなかったような・・・。次がなんだっけ、青銅器か。鋳型の石材の話。結論はテキトーな生産みたいは話だったか。須玖坂本の話がどうしてないのだろう。長登の話はそれとして面白いんだが・・・。気になったのは、人名で、「日置」というやつ。議論は豊前だかに移動した者であったが、多くを占める「日置」とは誰で、どこからきたのか、というのがものすごく気になった。多治比と関係あるのではないか、とすぐに思い浮かんで、面白そうに思ったが。で、埴輪。
◆いつものように、カルチャーホテルでの懇親会後、駅前で2次会。大澤君も合流し。
◆最後は、あっさり帰ってきました。

4月20日の岡山

◆まず備前市の資料館、備前市埋蔵文化財管理セ ンター、伊部南大窯、鶴 山丸山古墳、新庄天神山 古墳、花光寺山古墳、浦間茶臼山古墳、赤磐市資料館、牟佐大塚、そして岡山大学に入りました。なんといっても南大窯ですね。
◆鶴山丸山も30年ぶりくらい?。以前に行った時のことはまったく覚えちゃいません。南側に登り口があるので、みなさん、行く時はそこから 入りましょうね。そして山を越え、南に行き、天神山と花光寺山の2基。天神山は前方後円墳ではないかもしれないとのこと。浦間、竹が皆伐され、すっきりとしました。最初、発掘を見学に行ったときは、うっそうとしていたんでしょう。墳頂部の樹木も皆伐され、盗掘穴のくぼみにほうり込まれています。牟佐大塚。なかなか集落内の細い道を入っていったところにあって・・・。
◆考古学研究会の会場で、金蔵山の報告書が800円で売っており、院生に買ってきてもらったが、その後、岡山市から送っていただきました。

一区切りついたので

◆雑用にかかる。こないだ岡山でもらったもの。 この姿に前方後円墳を造 営する過程を考える材料があると思うのですが、なかなかヘンテコリンで、そう簡単にはいかないですね。

2日前

◆片づけるべき仕事をやってます。そのひとつ。

楽しい10連勤

◆いえ、楽しくはない。
◆小和田雅子さん。同期です。63年12月生まれなので、数か月早い。皇太子に嫁ぐという特別なことではあるが、日本をある意味、象徴している。頭が良く、勉強し、外交官となり、将来を嘱望されながら、結婚してやめてしまう。そして男の子を産め、という圧力。

もひとつ

◆孤独だったんでしょう。支えになる人がいた方がいい。仲間でも。むろん、よき配偶者がいい。 が、いい人とめぐりあえるかどうかは難しいか。でも自死したらあかん。研究者をめざす娘は、さてどうなるか。今度、函館に行くことにしました。大学院生活の様子を見てきます。
【追記】4月19日の教授会後、東洋史・西洋史の新任の先生の歓迎会。その席で、東洋史の先生が、新聞記事で取り上げられたこの人と、東北大学大学院生時代に、一緒に塾講のアルバイトなどもして、親しかったとのこと。で、この記事に対し、もう1人の人と、抗議文を出したのだそうです。その趣旨は、博士号が増産されたが職がない→先がなく自死、という取り上げ方が、ますます研究者をめざす院生を躊躇させるのではないか、ということのよう。

遅れ過ぎている日本

◆あまりにもひどい。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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