人を幸せにする人になろう

銚子に向かう

◆佐原の町にはあまり滞在しなかった。ごはんを食べるところを探し、鰻になったのだが、その店が駅に近いところで、そのまま佐原を辞する。
◆少し予定より早いので銚子に向かうことにする。途中、小見川駅を通過。城山1号墳という三角縁神獣鏡を出した後期古墳がある。こういうところか~、と。
◆銚子駅を降り、真北に歩き、利根川を見に行った。写真は東方の利根川河口部を見たものです。

伊能忠敬記念館

◆なかなかよかった。50歳から79歳で没するまで、地図作りに徹した人生は、やはり顕彰されるべき偉大なものですね。師匠は、大阪の麻田剛立門下の高橋至時。麻田本人は年齢を理由に、幕府の改暦を断り、高橋と間重富を送り込んだわけである。高橋は天文方の役人となり、伊能を支援した。が、実際に日本の地図を作り上げたのは年上の伊能だったわけだ。映画「大河への道」は面白かったですよ。
◆高橋至時は『ラランデ暦書管見』を入手し、その翻訳に全精力を注ぎ若くして没する。息子の景保は幕府天文方を継ぎ、伊能の地図完成を支えたのは景保であるが、そのあとシーボルト事件で捕まり獄中死する。
◆展示は撮影禁止なので残念。

佐原の町 記事№7100

◆佐原は利根川を介して、香取郡内の生産物を出し、また必要物資を得る、物流で栄えた町のようである。街並みはよく残っており、観光客で大いに賑わっている。

念願の佐原です

◆デンケンであるが、目的は伊能忠敬の資料館に行くこと。利根川を渡り千葉県に入り、終点の佐原に到達する。

鹿島神宮

◆終点の鹿島神宮で下りる。着は8:07。鹿島神宮へ行く。参道沿いの店はまだ開いていない。
◆佐原行きのJRが8:44、次が9:44。9:44までぷらぷらしようと思っていたが、参道沿いの店も開いていないし、8:44発に乗れそうなので、早々に引き上げる。

日本一長い駅名ではなくなったが

◆その後、より長いのが出てきて、「日本一」が「東日本一」に訂正されている。

インドネシア語とベトナム語

◆働き手としてインドネシアとベトナムの人たちが沿線沿いにそこそこ住んでいるのだろう。車中の注意書きが面白かった。さて高市内閣はどうする。

2026年2月23日(月)佐原に向かう

◆翌日、水戸647発、大洗鹿島線。鹿島神宮807着予定。
◆常澄駅では、ここが常住村かと。三角縁神獣鏡が出土している(祠から発見される)。NBK時代、所長経由で、茨木県教委の方が資料を持ってこられ、『考古学雑誌』に資料紹介するように指示され、書いたことがある。
◆大串貝塚のダイダラボッチ像も車中から見えた。
◆そして大洗。常陸鏡塚古墳がある。

水戸にむかう

◆22日は小峰城のあと、城下を車で通るが、歩いて見て回ることはしなかった。15時前に新白河駅でレンタカーを返却し、1536の新幹線で郡山まで10分だけ乗る。そこから水郡線で水戸に向かう。
◆1555発で水戸着は1907、3時間余りの車中である。水郡線、関西の者にはピンとこないでしょう。東京の役所勤めの時、女性の補佐員が茨木の出身で、水郡線のことを教えてもらったことがありました。

小峰城

◆いま門を復元しており、その工事中。足場を上がって本丸に入り、三重櫓に上り、元のルートで下りるようになっている。
◆東日本大震災で、けっこう石垣が崩壊し、その復旧の内容も歴史館のパネル展示で紹介されていた。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
62
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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