人を幸せにする人になろう
- 日々の雑多な感想や記録を書き留めていくことにします―2008年6月~―
土日は岡山なんですが
◆土日は歴博の共同研究で岡山。朝も早いらしく、みな前泊というが、オレはまったくなにもしていない。可能なら、土曜日の朝に動きたいのだが、そのへんの予定を立てる余裕なし。土曜日の泊も未定。まあ、どうとでもなろう。が、明日金曜日中に移動するのなら、朝には決めておかなければならないが、もう疲れ果てている。
◆もひとつ、陵墓の勉強会が開催されるのとバッティング。これ歴博の日程が決まってから、高木さんから連絡があったものだが、「行けません」とは返事をし、歴博にはこないだの佐倉の研究会の時に全日参加と改めて言ったのではあるが、陵墓のこの会、行ってないと取り残されるし、とも思う。これもまた、どうすべ~と思いつつ直前に至る。
◆今日、博物館実習Ⅰで、戦前の大阪商大の学生生活と、大阪の地震という、先週2つに絞った模擬展テーマの、さらに内容を詰めてもらった構想案を発表してもらい、どうするかを検討する。オレが1本に絞るか2本でいくか決めないから、みんなで話をして決めようとは言ったものの、なかなか難しい。しかし、2つの案とも準備され出てくると、二つともやってもらおうという気持ちに傾く。関大では5~6班で、それだけのテーマの展示をやっていた。30人の受講生がひとつのテーマでやるのがいいのか、15人でひとつを2組というのが適当かとも思うし、文系・理系の別もある。これに加えて、会場のスペースの問題もある。いまの情勢としては、12月の2週間ということで学術情報センターには了解をもらっているわけだが、1月にも使わせてもらえるなら、限られたスペースとはいえ、それをさらに半分に仕切るといったことをせず、時期を違えて二つやるか、という機運である。あとはオレの交渉ということになる。
◆まあ、なかなか楽しい。この先、展示までなんとか乗り切りたいものである。この後期の数回くらいを経験して、前期も、見学実習とか実務実習とかというより、ちょっと違う趣向で、実践的なもの、例えば、学舎のなかにパネルを設営するとか、なにかサインを作るとか、やっぱりそういうことをした方がいいのかな、とも思い出した。まあ、後期を終えてから、1月頃、来年度のシラバスに間に合う時間で考えてみたい。
◆もひとつ、陵墓の勉強会が開催されるのとバッティング。これ歴博の日程が決まってから、高木さんから連絡があったものだが、「行けません」とは返事をし、歴博にはこないだの佐倉の研究会の時に全日参加と改めて言ったのではあるが、陵墓のこの会、行ってないと取り残されるし、とも思う。これもまた、どうすべ~と思いつつ直前に至る。
◆今日、博物館実習Ⅰで、戦前の大阪商大の学生生活と、大阪の地震という、先週2つに絞った模擬展テーマの、さらに内容を詰めてもらった構想案を発表してもらい、どうするかを検討する。オレが1本に絞るか2本でいくか決めないから、みんなで話をして決めようとは言ったものの、なかなか難しい。しかし、2つの案とも準備され出てくると、二つともやってもらおうという気持ちに傾く。関大では5~6班で、それだけのテーマの展示をやっていた。30人の受講生がひとつのテーマでやるのがいいのか、15人でひとつを2組というのが適当かとも思うし、文系・理系の別もある。これに加えて、会場のスペースの問題もある。いまの情勢としては、12月の2週間ということで学術情報センターには了解をもらっているわけだが、1月にも使わせてもらえるなら、限られたスペースとはいえ、それをさらに半分に仕切るといったことをせず、時期を違えて二つやるか、という機運である。あとはオレの交渉ということになる。
◆まあ、なかなか楽しい。この先、展示までなんとか乗り切りたいものである。この後期の数回くらいを経験して、前期も、見学実習とか実務実習とかというより、ちょっと違う趣向で、実践的なもの、例えば、学舎のなかにパネルを設営するとか、なにかサインを作るとか、やっぱりそういうことをした方がいいのかな、とも思い出した。まあ、後期を終えてから、1月頃、来年度のシラバスに間に合う時間で考えてみたい。
大阪市の豊臣石垣の委員会
◆委嘱を受け、初会合に出る。写真は淀屋橋の地下鉄の駅から地上に出たら、あまりにも空がキレイで、かつ橋下城がで~んとしていたので撮影した。
◆中村先生、玉野先生、小竹森さん、跡部君、など、みなさんに「ごぶさたしております」と挨
拶。こういう会議に呼んでもらえて光栄である。
◆科研、月曜日の18時以降に書き始める。リミットは26日・・・。火曜日はほとんどできず、おまけに夜の市大日本史学会の委員会の頃には頭痛が激しくなり体調悪く、カミさんに風邪を移されたよう。帰って寝て、今日の水曜日、まだすこし頭はだるいが、さほどでもなく、風邪じゃなかったかな、と思いつつ、午前は科研の書類書き。が、午後は3コマの授業、そのあと大阪市の会議、戻ってきて18:30~2200まで卒論指導で、ようやく終わる。
◆明日も午前はやれるが、午後は授業ふたつ。研究の計画・方法の半分くらいまでは来た。なんとかなるか、というよりも、来年の研究費のために、でっちあげて出さねばならない。ネタはいいと思うので、書き様だ。ま、なんとか
【追記】オレにしては珍しく、ほぼ木曜日中に科研の申請書はできあがった。終了してもいいのだが、よりいいものにできるなら、ぎりぎりまでとも思う。ほぼ点検も終わったが、気になるところがひとつあり、そこんところだけなんとかして、明日金曜日、930位には終えて、同成社の原稿を、明日中には終わらせよう。
◆中村先生、玉野先生、小竹森さん、跡部君、など、みなさんに「ごぶさたしております」と挨
◆科研、月曜日の18時以降に書き始める。リミットは26日・・・。火曜日はほとんどできず、おまけに夜の市大日本史学会の委員会の頃には頭痛が激しくなり体調悪く、カミさんに風邪を移されたよう。帰って寝て、今日の水曜日、まだすこし頭はだるいが、さほどでもなく、風邪じゃなかったかな、と思いつつ、午前は科研の書類書き。が、午後は3コマの授業、そのあと大阪市の会議、戻ってきて18:30~2200まで卒論指導で、ようやく終わる。
◆明日も午前はやれるが、午後は授業ふたつ。研究の計画・方法の半分くらいまでは来た。なんとかなるか、というよりも、来年の研究費のために、でっちあげて出さねばならない。ネタはいいと思うので、書き様だ。ま、なんとか
【追記】オレにしては珍しく、ほぼ木曜日中に科研の申請書はできあがった。終了してもいいのだが、よりいいものにできるなら、ぎりぎりまでとも思う。ほぼ点検も終わったが、気になるところがひとつあり、そこんところだけなんとかして、明日金曜日、930位には終えて、同成社の原稿を、明日中には終わらせよう。
もひとつ岩倉2号墳
◆小野市の岩倉2号墳の石室の写真があった。なつかしい。市史編纂の考古を受けてしまい、奈文研時代、兵隊はいなかったが、考古第3のアルバイト学生に声をかけて実測した。オレは、ずうっと貼り付くこともできず、頭とお尻だったか?。最初とにか
く設定。トランシットで、まあ、なんとかなるやろと、適当なもんで、なんとかしたはず。
チョークだった。その後、文化庁の時に、九州で、クサビ形の小さな木片を打ち込み、それに小さな釘を打ち水糸を張っているのを見て「なるほどね~」と思った記憶がある。
◆最後は、学生の書いた図面を手直ししたのだったか?。石室を実測したのは、あとにも先にもこの1回だけだ。横穴式石室をトレースしたのもこれっきりだ(まだ老眼鏡はいらんかった)。まあ、そこそこ描けてますね。天井も描いてある。
◆市史の人が発電機や照明はやってくれ、宿の手配もしてくれたし。学生は何日泊まりだったんだろうか、一緒に貼り付けていたら楽しかっただろうが、そうもいかなかった。まあ、ほとんど記憶にない・・・。
◆最後は、学生の書いた図面を手直ししたのだったか?。石室を実測したのは、あとにも先にもこの1回だけだ。横穴式石室をトレースしたのもこれっきりだ(まだ老眼鏡はいらんかった)。まあ、そこそこ描けてますね。天井も描いてある。
◆市史の人が発電機や照明はやってくれ、宿の手配もしてくれたし。学生は何日泊まりだったんだろうか、一緒に貼り付けていたら楽しかっただろうが、そうもいかなかった。まあ、ほとんど記憶にない・・・。
葛城市歴史博物館(2000年開館)
◆大学に貼ってあるポスター(特別展《忍海と葛城》を見ていたので、立ち寄る。200円。3度目くらいか。のぞくと稲垣君がいた。
ウィキによれば、2000年に新庄町歴![d420174e.jpg](https://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/9b81cb9acec3d207b2fd2f606e86b648/1350878269?w=150&h=112)
史民俗資料館として開館、奈良県下13番目の登録博物館だったそうです(新庄町と當麻町の合併は2004年)。
◆なんで忍海郡が、あんな細い帯状なんか、ということ。大和の郡界を2週間くらい前に見て、だれでもそう思うだろうが、へんてこりんだと。きわめて政治的であると。なんで葛上と葛下の間に、オシミを突っ込むのか?と。
◆特別展の冒頭には、そういう話がイントロだったが、展示はほぼ考古で、渡来系やと。最後の方で、冒頭の提起に対する一定の答みたいなのは、パネル等ではなかったように思う。渡来人を配置して、南北を分断したとか、そういう落ち、なのだろうが。
◆なんで忍海郡が、あんな細い帯状なんか、ということ。大和の郡界を2週間くらい前に見て、だれでもそう思うだろうが、へんてこりんだと。きわめて政治的であると。なんで葛上と葛下の間に、オシミを突っ込むのか?と。
◆特別展の冒頭には、そういう話がイントロだったが、展示はほぼ考古で、渡来系やと。最後の方で、冒頭の提起に対する一定の答みたいなのは、パネル等ではなかったように思う。渡来人を配置して、南北を分断したとか、そういう落ち、なのだろうが。
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プロフィール
HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。