人を幸せにする人になろう

高梁の中心街

◆町の北の山の上に城があり、そのふもとが城下町で、武家屋敷群が残っている。で、少し南には町屋があって雰囲気がいい。が、これは旧市街。近代以降、駅が高梁川沿いのやや南にでき、そこが明治以降、町場化する。南北に長く町ができ、しかし高度経済成長まで活気があったのは、南の駅を基点としてできてきた新市街だろう。
◆しかし、町一番のにぎわいを見せたのだろうアーケード街はこの通りのさびれようでした。で、いまは備中松山城が有名になり、城下や町場が残る北側が観光地化して活気があるように見える。
◆結局はホテルの前の飲み屋さん。ジビエ料理がよかった。

2025年4月6日の備中高梁のことを書きます

◆高梁というのは明治になって改めさせられた地名なんだそうです。松山ですね。ホテルはほぼ1か所のようです。部屋から八雲が到着した写真を挙げておこう。土曜日に高梁入りした時のもの。
◆そこからプラプラと食事場所を探しに出て、新しい駅前などを通り飲み屋街があるらしい通りをめざす。

2025年4月20日 堺市・鉄砲鍛冶屋敷

◆2年前ほどに竣工したことは知っていたが、足を運べていなかった。膨大な古文書整理は関大・薮田先生のお仕事です。井上家という、堺を代表する5鍛冶ではなかった「平鍛冶」ながら、鉄砲作りをやって、古文書が2万点あって、江戸期後半の鉄砲の製造や修理に関する、一級の資料を残した家である。公開するための保存修理が行われ、公開したもの。単館券は500円。前に行ったのは堺鉄砲館でした。こっちはいま休館中。工事をやっているようでした。
◆ボランティアさんが5人くらいはいたかな。最新の映像などもあって、鉄砲づくりを学ぶことができる。長浜の国友の資料館にも行かないといけませんね。
◆立派な報告書が出ていて、2000円で買い求めてもいいのだが、これはこれで図書館にも入っているだろう。残念なのは、この展示おもしろかった勉強になったと思って、300円とか500円とか、屋内の展示物や展示パネルで構成したガイドブックがあればほしいのだが、ないんです。

2025年4月20日そのあと

◆10時過ぎに出て近つへ。今日は午後に講演会があり、けっこう人が入っていました。展示を見ていると、学芸員さんがやってこられ、図録をいただきました。で百済王氏の企画展を見る。なかなか面白かった。で、枚方の百済寺のところの町割りが気になった。このあと、少し作業をしてみようか。でもまあ、百済王氏が鶴橋・桃谷あたりから枚方へ移ったのが8世紀第3四半期というから、7世紀の世界じゃないですね。
◆だいたい110mあまりの方眼のようですが・・・。

亀ノ瀬のJRつけかえと亀ノ瀬トンネル

◆昨年の大阪の歴史演習で河内国分を案内した時の資料の一部です。いろいろ調べてはみたものの、わからなかったことが、展示ですべて理解できた。

2025年4月20日 柏原市・亀ノ瀬地すべり歴史資料館

◆国交省が実施している地すべり防止工事、その理解のための展示施設が昨年オープンした。そのことは、おいなーれ柏原のみなさんから聞いていたので、一度、行きたかった。この日、ある行事もさぼり、午後15時から仕事をすることにして出かける。
◆開館は930。無料。現地に9時につき早すぎるので信貴山朝護孫子寺までドライブし、引き返す。いや~、なかなか勉強になります。国は金がありますね。それとここでは、明治のトンネルを見るべきなのですが、ネットで予約をしないと入れません。この日の9時、なにやら車が2台あり、比較的若い人がうろうろしているな、と思ったら、トンネル内のプロジェクションマッピングの準備のよう。

最後は入来麓

◆鹿児島から出水に向かう道すがら、案内看板を見て、立ち寄ろうかと思うところがいくつかあったが、そうまわれなかった。熊本県境の出水はけっこう遠い。そこから鹿児島市内に戻りがてら、最後はこれもデンケンの入来麓を訪れて、今回はここまでとした。

鶴の飛来地

◆県立博物館で鶴の飛来地を知り、そこへ向かう。けっこうな力の入れようです。ガイダンス施設も立派。自家用車はそこで止めて、飛来地となっている収穫後の耕地にむやみに自動車を侵入させないようにしているよう。電気自動車が用意されていて、それを借りて、見て回り、また2か所ほどの観察用の簡易建物に行くことができる。

出水麓

◆藺牟田池にまず行くが省略。デンケンの出水麓から。麓とは何か。「本城の鹿児島城跡や,県内各地の山城跡の周辺に配置された麓と呼ばれる外城の武家屋敷群が数多く残っています。」だそうです。これをリライトすると、島津領を防衛するために、鹿児島城の城下町だけではなく、各地の要所に武士を配置する独自の体制により形成された武家屋敷地のこと、とでもなりましょうや。
◆ガイダンス施設は真新しくきれいでした。こじんまりとしてますが、展示もよかった。そのあとまちあるき。公開施設は3つくらい。石を積んで、それぞれの屋敷地ができあがっている。どのくらい、まだ住んでいる人がいるのかわかりませんが、建物は建て直されたものが多いだろうし、古い屋敷が残っていてもまだ居住していると公開施設にはならないし。で、税所邸というのがあり、名前も1文字目が篤で、税所篤との関係が気になるが、聞きそびれた。もとは同じ家筋でも、あっちゃこっちゃに税所さんがいるんでしょうね。

そのあとは桜島

◆洋館に立ち寄ってもいいのだが、桜島に向かうことにする。で、到着後、展望所をめざす。頂部の荒々しい岩山の様子がそこに見える。切り立ち、とんがる。建物内に物販があり、何か買ったように記憶するが、忘れた。
◆南に下り、南辺を垂水に向かう。途中、溶岩展望所に少し寄る。歴博共同研究の時に、K大H氏に案内してもらった。溶岩が固まった黒いゴツゴツしたものを間近に見ることができる。があまり長居せず、先を急ぐ。
◆昔、垂水市には、縄文の遺跡の調査指導ということで行った記憶がある。軽石製の加工品がたくさん出土していたことを記憶する。
◆引き返さず、湾を一周することに。これがまあ時間はかかる。国分で高速に乗ればよかったが、地道で行くことをよしとして進むが、鹿児島着がだいぶ遅くなると知らされ、隼人を過ぎたあたり?から高速に乗る。この日はここまで。

プラグイン

カレンダー

06 2025/07 08
S M T W T F S
1 3 4 5
6 9 11
13 15 19
20 24
28 29 30 31

カテゴリー

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
61
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

バーコード

ブログ内検索