人を幸せにする人になろう

増田重信さんのお仕事

◆高校の先生を務めながら、姫路周辺の遺跡の調査、近代遺跡、姫路城の石垣や、民俗的調査などを手がf1ebb32d.JPGけられた播磨の郷土史家。お名前は存じ上げていたが、具体的なお仕事はあまり知らなかったが、縄文の遺跡で有名な福本遺跡の発見者であり調査者であり、また古墳時代で言えば壇場山古墳の埴輪なども採集されていることを知る。
◆このブログで、難波宮第1号瓦について書き(『市大日本史』第14号に掲載)、そのなかで藤原光輝さんについても調べてみたいと記したが、実は藤原さんが増田さんと縁が深く、ブログを見た増田さんのご子息から連絡があり、7月16日(土曜日)にお会いした。
◆そこで右に示す、重信氏のお仕事をまとめた650頁におよぶ著作集が真陽社から発刊されているのだが、大阪市大にご恵与いただいた。調査日誌によると、1950年6月1日に、藤原さんが角田さんの紹介状をもって増田さんを訪ねられ、その後も長くつきあいが続く。そのなかでは福本遺跡出土の土器が押型文であることを藤原さんが指摘し、増田さんの業績の大きな柱である、この遺跡調査に大きな貢献をしたらしい。その後も、播磨での出土品や遺跡の調査で、藤原さんもたびたび姫路を訪れているし、逆に増田さんも大阪市大を訪ねていることがわかる。
◆藤原さんについては、末永先生との関係、角田さんとの関係、市大歴史学教室での直木先生との関係、そしてもちろん難波の宮、山根徳太郎との関係、大阪市立美術館でのお仕事など、いろいろな面がある。新沢千塚や丹生遺跡の調査にも深くかかわっている。35歳で亡くなったとき、『古代文化』に追悼特集が組まれ、また大阪市大考古学研究会の『史峯』にもあり、そして直木先生が書いたものがある。カシコーケンには藤原さんの図書が収められているという。
◆1965年になくなった藤原さんについて、あたりまえだが面識があるはずもない。わたしの関心は、大阪市大歴史学教室発足間もない時期、歴史学教室独自の調査を手がけ、そして難波宮の調査が入ってくる、そうした草創期の時期の考古学的調査を実質的に担っていた藤原光輝という人物に興味があるのである。『古代文化』を入手し読んでみないといけないが、藤原さんのお仕事については、上記のような記録、そして当時の関係者の記憶が材料となるが、どうもまだきちんとまとめられていないように感じている。増田さんのご子息とお会いし(わたしより少し上)、藤原さんに重信さんがお世話になったことを是非とも知っておいて欲しいという、真摯なお申し出を受けて、わたしなりに藤原さんについて調べてまとめることをやはりやってみたいと思った。
◆モチベーションとして、書いたものが発表される場が必要なので考えてみた。うちに大学史資料室というのがあり、そこが研究紀要を年1冊発行している。ある程度のボリュームのものを書かせてもらえる適切な場としてはここかなと、その日の帰りに考えていた。

またゲンパツ

◆モーニングバード、朝8時6チャン。車で出勤するときは、だいたいカーナビでモーニングバードを流している(もはや浜村淳は聞かないな~)。赤江さんが好き、というのもある。
◆で、菅直人が脱原発を発表したが、それについて、今日は取り上げられていた。だいたいが、独断、延命、エエカッコシイ、みたいな批判論調。だが、今日のモーニングバードでは、例の退職勧告を受けている通産官僚が出てきて、違う解釈をしていた。例えば、浜岡原発の停止も、それを決めた金曜日の夜おそくにただちに発表したが、これを翌週の月曜日にすると、土日の段階で巻き返されるのだという。日本の基幹産業である電力会社は、経済界に大きな影響力をもち、むろん通産官僚や、これまでの原発推進の政治家など、あっという間に根回しをしてねじ伏せられるのだという。マスコミのことも言っていた。「そんなことしたら、電気はどうなる、電力不足で企業は海外に出て行く、雇用は減る、そういう責任が取れるのか」、とまわりがすべて容認派で取り囲まれると。
◆なので、ああいう独断ででもやらないと(むろん、菅内閣後にそれが政府決定として継承されていく保障はどこにもないわけだが)、手段がないと。「早急に国民的議論を尽くし・・・」といっている間はダメだと、ゼッタイに容認せざるをえないという結論に導かれるのだ。
◆どだい、この問題は、いろいろデータを集めて試算をしたり、といった論理的帰結はもはや不要。まず原子力発電が安価という嘘、電気は足りないという嘘をあばき、そして未来永劫、放射性物質を管理し続けなければならないコストと、何よりも事故がひとたび起こればとんでもないことになること、こんなにも危険なものは、感覚的・生理的・情緒的に反対でいいのである。国民の多くもこうした事実を知り、「やめた方がいいんちゃう」という機運が高まっているいまこそ、財界・政界の既得権益者を国民の声で封じ込めなければならない。
◆エネルギー不足はなんとかなる、でよい。少なくとも、原子力予算につぎこんできたような開発費があれば、代替エネルギーなど、なんとでもなる。もっと極論をいえば、代替エネルギーが育つまで、節電でいきましょう、国民よ我慢してくれ、でいいのである。
◆菅内閣の支持率が高ければ、政治主導でグイグイと有無を言わせず、国民の支持をえている、と突き進むことができるのだが、そうでないのが残念だ。ともかく「原発やめる」と首相が打ち上げることそのものに意味がある(あった)というべきだろう。当然巻き返しがあるし、でかい敵に対してドンキホーテのような一言に過ぎないにしても、逆にいえば、脱原発は正しいしみなそう思っているとしても、「国民的議論を踏まえて」と言っている間はまず無理なわけで、ほっとけば続いていくのである。先の菅直人の意見表明は、そうしたほっといたら敵に封じられる世界で、そうするよりほかなかったと言うべきかもしれない。

かがみかがみかがみ

◆大学院演習の終了後、フリーとなる。どこぞの原稿を仕上げなきゃならん、大学の仕事もある、大歴の仕事もあるが、結局、鏡の図録のインデザインをいじって終わってしまう。
◆撮影から帰ってきて、パソコンに取り込み、画像をチェックするとともに、大阪府の通し番号を振り、要は画像ファイルに名前をつける作業をする。これが楽しいわけである。昔、玉田さんが、縄文土器の図を縮めて、トレースのレイアウトしながら、「これが醍醐味や」と言っていたのを思い出すが、ま、みんなそうでしょうね。資料調査に行ってデータが蓄積されファイリングされていくのは愉悦である。
◆で、画像のフォトショップでの処理は所さんにお任せである。写真に化粧を施しているわけである。オレのテキトーなデジカメ写真が、実に美しくなる。だがヒマのかかる作業で、これはフォトショップを駆使できないとやれない。オレは明暗とコントラストをざっといじる、汚れを消す、程度しかさわれず、あいかわらずピクチャーマネージャーの世界なのだが、暗すぎるところ、明るすぎるところを、部分を指定して調子をあわせたりしてくれている。
◆で、それをインデに組んであるわけだが、画像処理は追いついていないが(東博のやつがようやく終わった)、写真はかなり貯まったので、、下垣さんに提供してもらった出版物からのスキャン画像で仮レイアウトしてあるものを、画像処理前のスッピン画像ではあるがこれに置き換える作業をやっていたのである。こんなこと、やってる場合でないのだが、ひととおりやらなきゃ気が済まなくなり、やっちまった。で、それを眺めている。

岩屋山の3次元計測をやっているそうです

◆奈文研の小澤さんから電話が入り、ドコソコが(なんか計測みたいなものをする研究機関か、国?独法?)やるというので、奈文研と日文研(宇野さん?)が協力する形で、明日香村越岩屋山の計測をやっているという。で、どういうことかというと、牧野をやった時の当初のターゲットは石舞台だったのだが、明日香村の事情もあって、牧野にした次第。で、共和さんはすぐ仕事をしてくれるので、あっという間に画像はでき、リーフレットを作ったわけだ。で、できあがったものを明日香村に送り、やっぱり石舞台はやれませんかね~、岩屋山とかもあきませんかね~、みたいな手紙を出したのだが、反応はなし。それで、今回、オレも声を上げていたということで、明日香村さんに気にしてもらっているらしく、小澤さんの電話となった次第。
◆気にしていただくことはありません。岩屋山を正式にやりたいと名乗り出たわけではないし、構想としては、畿内の基準となる石室について3次元データをそろえていきたいとは思うが、こっちはまず石舞台ができるものならやりたい、ダメなら石舞台式の谷首をやりたいと考えている。今年の科研の挑戦的萌芽はこのテーマで、2~3基やりたかったんですがね~。もひとついうと、ああいう陰影図は自然石の表現にすこぶる優れているが、切石だとあんまり面白くないかも、というのもある。つまり、統一仕様でそろえたいのではあるが、切石はあと、自然石のものからまずやろうと思っていた。
◆昔のように縄張り意識はないし、地元の意向もあるからね。また、データを共有物にしてくれるそうだから、もし使いたいなら、それを使わせてもらったらいいのである。牧野のデータも死蔵したいとは思わないので、誰にでも使ってもらったらいいんだけど。奈文研で公開してくれればありがたいけどね。
◆横穴式石室のデータが整っていくことは、たいへんいいことである。

交野で

◆交野に行くので、カミさんを乗せていく。その前に、数日前から、テレビの液晶のバックライトが消えて見えなくなる。カミさんが調べたところ、東芝レグザについて同様の症状があるらしい。子供は「はよ直せ」とウルサイ。で、石切に持ち込みでも見てくれるところがあるらしく、テレビを積んで出る。
◆交野の資料館。ここは2回目。入り口に登録文化財のプレートが打ち付けてあった。古い建物を資料館として利用してる。枚方との境界に近く、このあたり、学研都市線沿線はまだのどかである。
◆東車塚の3面。対応してくださった原田さんは、保存畑の人なのかな。自分で型どりして鏡のレプリカも作ってしまうようで、その型も見せてくださった。撮影にあてていただいた部屋はクーラーがきかせてあったが、ほかは入れてないんでしょうね。上着に汗がしみ出している。どことも節電でたいへんである。
◆終了後、ちょっと話をしていると時間が過ぎ、午後の大学院演習の前にテレビの修理に出す時間が厳しくなる。結局、購入したミドリ電化に持ち込むが、持ち込み修理は28型?27型?までで、32型は出張修理になりますと断られる。ちょっと時間も気になっていたし、ミドリ電化の修理窓口でけっこう待たされたこともあり、腹が立ち「役に立たん!」と捨て台詞を吐いて引き上げる。さて、どうしたものか。

サッカー女子ワールドカップ

◆ドイツ戦はBSではやってたのかもしれないが、うちはBSが入らないので(集合住宅だけどほんまかな)、新聞で放送をさがしたが地上波ではやってなかった。なんでせーへんのやろ。
◆準決勝3:50とかいうもんで、うだうだ起きていたが寝てしまい、5時頃目が開き、後半から見る。けっこうやるもんですよね。昔のイメージは、キック力がないし、スローだし、といったものだったが、ずいぶん進化したのとちゃいますか。キック力はあるし、スピーディだし、ちゃんとパスはつながるし、けっこう見れます。
◆おかげで、やや眠いが、木曜日、交野に写真を撮りに行く。決勝が楽しみですね。アメリカがFIFAランキング1位だそうだが、もちろん優勝をめざしてほしい。

大阪市美で国分茶臼山の鏡に対面

◆7月13日、あれれ930の会議は?。おかげで2限の準備を1時間ながらバタバタとやる時間ができ、準備不十分のためやっぱり時間が余ってしまったが、なんとか授業をこなす。授業は来週のあと1回。
◆そのあと、大阪市美に行く。国分神社3面と、八尾矢作神社の1面、所蔵者に承諾をもらっていて、今日、寄託先で撮影となる。大阪市美に生まれて初めて行った。かんかん照りだが、美術館には、そこそこ人が入っている。撮影はほとんどフリー。そそくさと撮影。まあまあか。
◆実は堺市の塔塚の鏡2点もあるのだが、これは「後期古墳研究会」森浩一となんとかさんの連名で預けてあるものという。森先生の了解が必要で、学芸の方がコンタクトを取ると言ってくださっている。了解がとれれば、改めて出向く。あと、鳥取県旧社村の三角縁神獣鏡がここにあるのを知る。椿井と同笵のはずだ(かすかな記憶)。出してくれそうな雰囲気だったが、機材を片付けたあとなので「また塔塚の時に」といって辞す。帰りに、工芸室で鏡をならべているから見ていってくださいと言われ、展示を見る。
◆天王寺公園に立ち入ったのもはじめてか。前に茶臼山の料亭に一度行ったことがあるが・・・。

今日は徹夜かな

◆先週も何曜日だったか、久しぶりに完全に徹夜した。今日もいまから、あすの会議の資料作りと、2限の授業の準備で、たぶん寝られないだろう。この科目、明日の13週目はネタが乏しく、今日一日準備せなと思っていたが、昼間はトンとやれなかった。
◆新納論文について、昨日はあれこれメモをとったり図を作ったりしていたが、時間がないのでしばらくストップですな。昨日、考えたところを、ひとつ前の記事にメモをしておいた。
◆カミさんが、いつものことながら倒れて寝ている。オレよりかはよっぽど働かされている。ボーナスも、労使交渉が決着しておらずマダだって。カミさんの最近の口癖、「奥さんがほしい!」。

新納論文について

◆新納さんの指摘は、高さが基準で、それが第1。そして、甘粕先生が指摘していたとおり、高さ1に対16783e88.jpgして水平距離2の斜面がおよそ基本で、これで基本設計ができると。新納さんの話はさらに、少なくとも論文で取り扱っている巨大古墳については、盛り土が厚いため、崩壊しないように、いくぶん緩斜面にするので、その分、水平距離はやや長くなる。上石津ニサンザイは、造山と基本同じなのだが、斜面が緩い分、長くなる。おおむねそんなだ。
◆で、高さ1に対して水平距離2で作られたモデルで、墳頂4単位で、計16単位。これが造山やミサンザイだと。宮川先生らの8分割と共鳴する話になる。西村さんは、下段径・中段径・上段径が5:4:3と言っていたが、おおむねそうなる。
◆で、造山は単位長が4.5歩だから、直径144歩(半径72歩)となるというもので、これまでの6分割、8分割、10分割、12分割、それぞれ案はあれ、モジュール論として共通するもの。つまり、後円部直径は、この後円部半径16単位のグループでいえば、単位決定してやれば自動的に算出されることになる。造山で言えば、145歩とか150歩といったように大枠のきりのいい数字で定めるのではなく、積み上げだと(ただし造山の直径が200mは?)。だが、一方では墳丘長は、決められているように書いていますね。その調整のために基壇を付加するとか(墳丘規模規定は、誰も評価してくれませんね。5歩刻みで墳丘規模が細かくランキングされている、ってオレのオリジナルで、けっこう重要だと思うんですけどね~)。
◆わたしは、王墓は墳丘長・後円部直径・前方部幅とも、10歩単位で決めているとみてきたわけだが、今回の新納論文をうけて後円部径について見直す必要がある。だが、たとえば誉田御廟山であれば、新納さんでいえば、5歩×18×2=180歩だ。結果だといわれたらそのとおりか。まあ、もうすこし考えてみる。
◆新納さんは、いまのところ墳丘長については、ランキング結果による決定事項として認めているようだ。それは一致するのだろう。そのなかで、伝統的な土木技術(複数系統があってよい)のなかで、いかに割り付けるか、というところで考え方が分かれてくる。とはいえ、新納さんの議論をたたき台に追求していくことで、正しい結論に達すればよい。いつもながら、あの人はパイオニアである。
◆いまだに出ない青木書店の古墳時代本のなかで、実は古墳の築造を書いた。そのなかでは、古墳の設計原理はいまだよくわからんと書いた。オレ自身はやっていないのである。ひとつだけいうと、新納さんは傾斜論で(傾斜分布は示されていないけど・・・)平面は結果に過ぎないみたいな言い方ではあるが、やはり単位長があり、中心点間距離があり、16単位とか18単位があることで、やはり王墓の設計「型」は定義されるのであり、それをモデルとする複製は、やっぱりあるんだろう。

今井町など

◆翌日の日曜日、カミさんと朝早くからどこか歩きに行き、風呂屋へ行こうと話をしていたのだが、むこうは土曜日に、昨年度の京8718bb92.JPG都大学時代の助教の人らとの飲み会で、帰ってこれず朝帰りで頓挫。
◆朝から、1人、しこしこと部屋の片付けやら、洗濯物、ゴミ出しなどにいそしむ。で、虹の湯に行こうとでかけるが、せっかくやからというので、橿原の今井町に行く。
◆暑くて1時間ほどしかいなかったが、けっこう、このPカンにもかかわらず、観光客は多い。町並みはさすがによく残っている。「氷」の旗に導かれて、店に入る。
◆それから、かもきみの湯に行くことにする。どこだがはっきり知らなかったのだが、風森峠のところ、ほぼ五條のところまで南下する。ここは公共が作ったのかな、プールと併設された風呂屋で、500円。今日もまたサウナで汗を1㎏分をほど絞り出す。
◆子供の時のプール帰りのように、ダルイ感じ。そのあと、初めて水越峠を千早赤阪へ抜ける。峠付近のダイヤモンドトレイル沿いの駐車場にはハイカーたちの車。それから湧き出る水を汲みに来ている人たちも目立つ。
◆羽曳野のコーナンに行き、ダイニングリビングの敷物を新しくする。テーブル下には30㎝四方のコルクを表面に貼ったマットを45枚分、それとこたつテーブルの下の夏用の敷物を買う。イズミヤで晩20d146c4.JPG飯の食材を買って、呑みながら敷物を入れ替える。子供らは2人とも出かけていたが、それぞれ戻ってくる。映画ハリーポッターをやっていたが、すでにオレはグダグダ・・・。23時に起きてイ・サンを見る。
◆そんなことで、土日は終わる。7月上旬を経過し、授業があと2回になってうれしいのではあるが、もう前期が終わるとなると、あれもこれもできていないと愕然とする。

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プロフィール

HN:
雲楽
年齢:
60
性別:
男性
誕生日:
1964/03/22
職業:
大学教員
自己紹介:
兵庫県加古川市生まれ。高校時代に考古学を志す。京都大学に学び、その後、奈良国立文化財研究所勤務。文化庁記念物課を経て、現在、大阪の大学教員やってます。血液型A型。大阪府柏原市在住。

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